第2話 対策

 フローラベルに不時着し、リアーゼの邸宅に滞在するようになってから三日が経過していた。リアーゼはすでにヴィオラスたちの一員となっていた。

 部屋の一室をヴィオラスに貸してもらい、そこを拠点としていた。地元の住人から様々なものをもらっており、リアーゼの数少ない持ち物は埋もれそうだ。

 壁には青と黄色の宇宙服が掛けられており、収納棚の上には宇宙服と同じ色をした簡易な衣服が置かれている。これがリアーゼの衣服だが、今はヴィオラスの衣装を借りている。着心地が軽く、リアーゼはとても気に入っていた。白銀の髪を撫で付け、装飾のついた黄色い布で頭を包んでいた。それは客人であることの証らしい。リアーゼは丁寧にもてなされており、リアーゼは見返りも含め情報提供を惜しまなかった。

 

 リアーゼは、宇宙船からいくつか回収した小型コンソールに向かっていた。コンソールには画面は複雑な数式とデータで溢れていたが、それを軽々と操作している様子は、彼の才能と経験を如実に示していた。

 ヴィオラスが静かに部屋へと入ってくる。リアーゼの背後に立ち、画面を覗き込んだ。


「どう、何か見つけたか?」


 ヴィオラスは、リアーゼの持つ技術に対する理解が早かった。実際に使い方を学び始めており、簡単なデバイスなら操作できるようになっていた。


「まだ確定的なものはないけど、いくつか怪しい信号源をピックアップしているよ。これがゾルタックス帝国の仕業だとしたら……仮説が当たっているということになる」


 リアーゼの言葉は重い。予想が外れていて欲しい反面、すぐに取れる対策は全て行っておきたいがため、当たっていてくれとも思う心情だった。


「覚悟はしている。リアーゼがいてくれるだけで心強い」


 ヴィオラスは彼の肩に手を置いて、微笑んだ。今まで、《災厄の蝿》と呼ぶ異質の存在に対して破壊か撃退することしかしてこなかったが、リアーゼによって正体が明らかにされたのだ。ヴィオラスとしてはそれだけでも収穫だと考えていた。

 《三つの鐘》が鳴る。リアーゼの翻訳機が、リアーゼ向けに《午前十一時》を知らせた。


「この分なら、《五つの鐘》までに場所の割り出しは間に合うだろう」

「それなら、探索する戦士を集める」


 ヴィオラスは杖を軽く振るう。小さな光がいくつか湧いて、壁をすり抜けていった。


「さて。軽めの食事、用意した。戦士は皆、腹ごしらえが大事」


 ヴィオラスが明るく笑う。リアーゼは思案の渦の中にいたが、彼の笑顔にいくらか心が軽くなるのを感じていた。


 二人はコンソールから離れ、隣の部屋にある小さなテーブルと椅子に向かう。作業の合間での食事はそこでとるようになっていた。

 木の皿に載せた新鮮な果物とパンのようなものが置かれており、リアーゼは目を輝かせた。


「これはモリナという果物。こっちはセリュナ特有の薬草と穀物を練り込んで焼いたもの」


 リアーゼがパンに似たものへ手を伸ばし、一口かじった。驚くほど柔らかで、もっちりとした食感だった。薬草の風味が繊細に香る。


「これは素晴らしい。自然の恵みがこんなにも美味しい形で現れるなんて」

「よかった、気に入ってもらえて。モリナは高い栄養価がある。この焼いたものはお腹を持たせる効果があるはず」


 ヴィオラスはリアーゼが食べる様子を満足げに見つめた。


「リアーゼのライブラリ、興味深い。少しだけ参考にした」

「どうりで。僕の故郷のものに少し、似ているなと思ったんだ。嬉しいよ」


 用意した一皿ずつはすぐになくなったが、ヴィオラスの言うとおり腹に溜まる品だった。モリナのさっぱりとした口当たりのおかげか、爽快な気分でもあった。

 ヴィオラスがスイッと杖を振る。少し離れた棚から何かがこちらに浮遊して来る。そこには二つの綺麗に彫刻された木製のカップと、水筒のような形をしたものがやって来た。


「これは、セリュナどこでも生息している、グローバーブという植物から作った飲み物。少し甘くて、リラックス効果がある」


 とヴィオラスが説明しながら、カップに橙色の液体を注ぐ。


「ありがとう、ヴィオラス」


 リアーゼが宙に浮いたカップを手に取り、一口飲む。確かに甘く、ほんのりとした花の香りがする。リアーゼはすぐにその効果を感じ、身体が少しほぐれたように感じた。


「うん、これはいいね。何だか落ち着くよ」


 リアーゼはカップをテーブルに置き、ヴィオラスに感謝の意を示した。穏やかな食事の時間は二人にとって、最も楽しい時間である。互いの仲を深めていくのが刺激的でかつ面白いためだ。


「ところで、リアーゼ。どうして、高い技術を持っているか? きっと同世代より、ずっとすごいだろう」


 ヴィオラスが質問する。リアーゼは一瞬、何を答えるか考えたが、すぐに口を開いた。


「技術は父で、知識は母。……何度も繰り返されてきた教えのおかげだと思う」

「教えっていうのは?」


 ヴィオラスは興味津々で尋ね、リアーゼは少し考えを巡らせた後、言葉を選び始めた。宙に浮いた言葉を繋げるために、辺りを見回すようにも見えた。


「教え、と言っても、それは単独の指導者がいるわけではない。僕が育った船団では、技術と知識が最も重要な価値だとされていたんだ」

「船団、どんなところ?」ヴィオラスは興味津々で聞く。

「……僕たちは宇宙の中で母星の奪還を目指す一団なんだ。子どもはコミュニティ全体で育てられる。そして、それぞれの専門家から直接、またはシミュレーターを通じて技術や知識を身につける。訓練を積んで……実践へ飛び立つんだ」


 リアーゼの青い瞳に一瞬浮かんだものを、ヴィオラスは捉え切ることができなかった。郷愁、懐古、……複雑な感情。


「同世代の中で、一番多く経験を積んだのは僕だからね。ヴィオラスから見てそう思えるとしたら、そういう理由かな」


 生き残れた喜びと、深い後悔。

 くっきりと感じ取れたことで、リアーゼの心の中を占めている核が何であるか、ヴィオラスは感じ取れてしまった。

 ヴィオラスは、初めてリアーゼを見た時から、彼に危険がないことは分かっていた。天空に手を伸ばし、泣かんばかりの笑みを溢していた姿は、生きる喜び、苦しさに悶えていた。

ヴィオラスにとって、彼は庇護すべきものに見えていた。


「すごい。だから、君はあんなにも多くのことを知っているのか」


 ヴィオラスは、言葉を素直に受け取って、そう賞賛を送った。彼の真っ直ぐな言葉に、リアーゼは少しだけ気恥ずかしそうにした。


「教えは僕たち船団の口癖なんだ。つまり、これらが僕たちにとっての親みたいなもので、僕たちを形作ってきたんだ」


 リアーゼは再び表情をほんの少し曇らせたが、すぐにそれを消して微笑んだ。


「ヴィオラスは? フローラベルの中でも飛び抜けた才能があるのは分かるよ」

「私? 生まれた時から、あまり変わってない」


 思いがけない言葉に、リアーゼは驚いた。生粋の天才的才能を持つ者の台詞であると分かったからだ。


「生まれてすぐ、語り部の素質があると皆で育てられた。賢者――アゼムの子としての使命は、すぐに理解できた。皆とアゼムが親といえるし、色々な声を聞いて育った。それで、一番明るい空気をしているフローラベルを故郷とした」


 簡単に語られているが、彼は間違いなく神童であり、今でも人々を率いるために生まれてきた者であるとリアーゼは理解した。ヴィオラスの立ち位置であれば自身の利益を優先したとしても、社会的に許容されるだろう。けれど、そういったことはしない。《アゼムの声を聞く》ことで良い結果となる方向のみに集中し、自身をアゼムの化身や乗り物として扱っているようにさえ思えた。

 リアーゼにとって、自身よりも何かを優先する姿はとても美しく、好ましく思えた。目を細め、しみじみとした表情でうなずく。


「お互いに、少しだけ似ているね」


 リアーゼの言葉に、ヴィオラスはパッと表情を明るくして笑う。目元に引かれたフレッシュグリーンのラインが見えて、それがより一層、彼の笑顔を引き立てる。


「何を大切にするか、それが重要。リアーゼは、生きる力に溢れている。私にとって、それが全て」


 リアーゼは、ヴィオラスの台詞に少しだけ驚いて、苦笑を漏らした。

 

 二人は再び、共感と理解を深める時間を持った。それぞれの過去が今の彼らを形作っていることを改めて認識し、次なる一歩を踏み出す準備期間でもあった。


 ◆ ◆ ◆


 ヴィオラスは街から呼び寄せたメンバー――三人の研究好きな戦士を集めていた。彼らはフローラベルから少し外れに設営されたテントの中で、リアーゼを待っていた。皆、ハフス・グリーンとエル・イエローの衣服ではあったが、街のものよりも軽装であり、装飾品が多かった。


「リアーゼ、これは私たちの戦士。カイレン、シリア、トルヴァ」


 ヴィオラスは部屋にいる数人の戦士たちを紹介した。皆、若く活力に満ちている。


「カレインだ。よろしく。あなたの技術には興味津々だ」


 カイレンは筋骨隆々とした体つきで、短く整えられた髪と鋭い目つきが印象的だった。指が出るグローブには、多くの宝飾が縫い付けられていた。


「シリアです。賢者ヴィオラスからも、あなたの事はすでに聞いています。お会いできて嬉しいです」


 シリアは少しほっそりとしており、目が特に鋭い。エル・イエローの長い髪を靡かせながら、彼女はリアーゼに軽く微笑みを送った。アルーダ・レッドのアイラインがしなやかに弧を描く。


「あなたの力を借りられることを楽しみにしていました。どうぞ……よろしく」


 トルヴァは最も若く、一歩引いたところから何事も観察している様子だった。もじゃもじゃ頭が特徴的であり、小動物のように見える。しかし、彼の目は明らかに好奇心で輝いていた。

 ヴィオラスは皆を見渡し、その長い緑の髪を優雅に揺らした。


「力を合わせよう。リアーゼ、私もあなたの知識と技術、大いに期待している」


 彼は自室で見せた緩やかな彼ではなく、皆を率いるリーダーとしての空気を纏っていた。リアーゼは背筋を伸ばし、緊張感のある面持ちで頷いた。


「皆、よろしくお願いします。エルドリンに話は通してあるけれど、僕の技術で分かったことを伝えたい」


 リアーゼは短い自己紹介を済ませ、すぐに本題へと移った。

 

 リアーゼは持参した高精度センサーを改造した機器をセットアップし、そのデータをエリア・スクリーンに投影した。ヴィオラスと他の戦士たちも、目の前の複雑なグラフと数値に興味津々だ。


「これを見てほしい」


 指をスクリーンに向けて動かし始めた。彼の指の動きに合わせて、グラフの一部が拡大、詳細なデータが浮き出てきた。投影されたフローラベル周辺の地形と地図の上で、複数の点が明滅している。


「このエリアに微妙なエネルギーの波動を示している。ゾルタックス帝国が置いたビーコンが、この辺りに隠されている可能性が高い」

「ビーコンというのは?」トルヴァが問いかける。

「いわゆる……位置情報やその他のデータを送信することができる装置です。用途は多岐にわたり、私たちの船団でも航空、軍事、研究、救助活動などで使用されています。仮説が正しければ、……このような状況の場合は通信装置として、偵察や諜報活動に使われています」


 トルヴァはその返答に、顔を青くした。未知の存在だった奇妙な物体が、より驚異的であることが理解できたのかもしれない。


「このビーコンがアクティブな状態であれば、シャオデズモスが収集した情報を送り、セリュナに対する戦略的優位を提供する可能性があります。これに加え、シャオデズモスを呼び寄せる機能も有しているかもしれません」


 情報を吸われた上に、災厄の蝿を呼び寄せる。姿が見えない外部の侵略者の恐ろしさについて、全員が表情を固くした。


「一体いつから、このビーコンは置かれていたんでしょう。いや、そもそも、一体何のために?」


 トルヴァは続けて、リアーゼに疑問をぶつける。不安をもっとも身近に感じているようだ。


「頭上の恒星……これが上って沈むのを私の習慣では1日と呼びます。翻訳がうまくされていると良いのですが、20日前から置かれているようです。目的は確定的ではありませんが、ゾルタックス帝国は常に資源不足に苛まれています。資源を簒奪するか、星自体を支配するための事前調査段階かと思われます」


 全員に緊張が走る。不気味な存在であると思ってはいたが、まさか星を獲るための物だとは誰も想像していなかっただろう。 


「これを発見し、無効化する必要があります。無効化する方法は必ずあります」

「すぐに探しましょう。何に気をつければいい?」 と、シリアが尋ねた。


「エネルギーの変動、特に高い周波数のものを探します。僕のデバイスでスキャンできる範囲を広げて、探索します。皆さんの中で、例えば……空気の流れやエネルギーの感知が得意な方がいれば、力を合わせましょう」

「任せておけ」


 カイレンは胸を張って言った。彼の目には決意が輝いていた。リアーゼの目には、彼は最も戦場慣れしているように見えた。まさに敵に立ち向かう戦士の姿であり頼もしく感じる。

 ヴィオラスは大きく深呼吸をして、全員の目を引きつけた。


「これからの調査は危険が伴うかもしれない。だが、我々は戦士だ。セリュナを、フローラベルを必ず救う」


 カイレンはグローブをきっちりと手にはめ、シリアに合図を送った。シリアは頷き、彼女の耳飾りにアゼムが灯り、微かに輝き始めた。トルヴァはエリアスクリーン上に視線を漂わせて、「このルートで進めば、最も安全と思われる」と提案した。

 一同が集まり、リアーゼの元へと歩み寄った。リアーゼは皆に微笑みを向け、肯定の意を示した。


「さあ、出発だ!」


 リアーゼの力強い声が響き渡り、一同は目的地へと足を進め始めた。初めの一歩は軽やかで、前向きな気持ちが溢れていた。


 ◆ ◆ ◆

 

 リアーゼの指示に従い、一同は指定されたポイントへと足を進めた。途中の小道は、彼らの歩みを遅らせるかのような緻密な植生で覆われていたが、その障害も彼らの決意を揺るがせるものではなかった。

 シリアは、風の流れを読みながら先導し、カイレンは彼女の隣で、時折アゼムを使って周囲のエネルギーの流れを感知していた。トルヴァは後方から、アゼムでの探知範囲を広げる役割を担っており、彼の集中力何も逃さないように四方を警戒していた。ヴィオラスは一団の一番後ろで、リーダーとして全体の進行を見守る。

 

 リアーゼが指定したエリアに到着した。風が強く吹いており、地面は乾燥している。そこは一面の砂漠のような場所で、遠くの方には小高い丘が見えていた。輝線――セリュナでのみ強く放射される光――が強烈に地表を照らしており、皆、額に汗を浮かべている。


「ここだ。詳しい場所はまだ分からない。全員、探知を始めてくれ」


 リアーゼの指示を受け、シリアは手を広げ、彼女独特のアゼムの力で地中のエネルギーを感知し始めた。カイレンも瞑想のような姿勢を取り、地中の振動をキャッチする試みを始めた。トルヴァは、小さな水晶のような宝玉を浮かべ、その光が地面を照らし出しす。

 シリアが何かに反応し、確かめるような手つきで宙をかいた。


「ここ! 何かのエネルギーが感じられる!」と彼女が指摘すると、皆がその方向に注目した。

 リアーゼとヴィオラスは、シリアが指摘した場所に近づく。ヴィオラスは杖の先で軽く地面を叩いた。しばらくして、周辺の砂がまるで水のように左右に流れていく。

 やがて黒光りする物体が浮き上がってきた。それは平滑な表面を持つ立方体のような形をしていた。この星のものではない、明らかに異質な金属製の装置――ビーコンだった。


「これが……!」


 ヴィオラスが声を荒らげる。緑の瞳が怒りの火花を散らす。その表情は、この小さな装置が自分たちの星にもたらす潜在的な脅威を完全に理解していることを物語っていた。


「間違いない。……ゾルタックス帝国が保有するビーコンだ。……このビーコン自体に音声や映像を記録する機能は付いていないようだ」


 リアーゼは言うより早く、ビーコンに手を伸ばし、表面にあるいくつかの凹凸に触れる。手早く操作したかと思うと、ビーコンがわずかに光を放ち、不気味なほど静かになった。


「一旦、ここが危険地域であることを示すモードに切り替える。シャオデズモスの、危険地帯を避けて帰還する動きを逆手に取るんだ。これでしばらくは、あいつらがやってくることはないはず……。」


 リアーゼは大きく息を吐いて、ビーコンを抱き抱えるような体勢でへたり込む。戦士たちは、リアーゼの知識と判断の速さに目を見張ると同時に、ひどく安堵した姿に親近感のようなものを覚えた。


「よくやった、みんな。これで少なくとも、敵へ渡していた情報が減るはずだ」


 ヴィオラスが皆を労う。杖を振るい、リアーゼを支えるような優しい風を起こした。彼なりの気遣いと励ましに、リアーゼはほんの少し微笑んで、再び気を引き締め直した。


「でも、これが最初の一歩だ。他のエリアにビーコンはまだあるだろう。引き続き探そう」


 他のポイントでもそれぞれ、一つずつのビーコンを回収し、戦士たちは一時拠点のテントへと引き返すことにした。


 ◆ ◆ ◆


 テントの中央に設置されたテーブルの上に、ビーコンが置かれている。その姿は黒く光る小さな立方体で、機械的な冷たさを持っていた。

 リアーゼはテーブルに向かい、ビーコンを手に取った。


「このビーコンは、ただのワープポイントなどの通信装置以上のものだ。我々が想像する以上の情報がこの中に詰まっている」


 ヴィオラスは額にしわを寄せ、「具体的には?」と問いかけた。

 リアーゼは少し深呼吸をして、

「偵察機が情報を集め、ビーコンに転送する仕組みになっているようだ。つまり、偵察機がいちいちビーコン周辺に戻って来なくても、データをこのビーコンに送るだけで偵察機が広範囲の活動ができる、という仕組みだ。収集している情報には、セリュナの地形や気候、生態系に関するデータが詳細に含まれていることが確定した」


 と説明した。

 カイレンが拍子抜けした表情を浮かべ、

「それだけ?」と質問した。

 リアーゼは顔をしかめ、言葉を選びながら続ける。


「これにより、敵は我々の生活環境や、この星の弱点を知ることができる。未知の星に対し、着陸せずにこれだけの情報が収集できたとなれば……ゾルタックス帝国にとっては多大な収穫だろう」


 冷静に評価する際は、敵にとっての成果を目を逸らさず認めることだ。そうでなければ、自身たちが次に取る行動を誤ってしまう。リアーゼには、痛いほど理解していることだった。


「それに、それだけではない。セリュナの住民の移動や活動、さらにはアゼムのエネルギーの流れまでをもキャッチしている。これにより、敵は我々の行動パターンや戦術を予測し、攻撃を仕掛ける準備をしている可能性が高い」


 と付け加えた。

 シリアは一瞬の驚きを感じたが、それをすぐに押し込めて冷静に考える姿勢に切り替えた。鋭い目をさらに細めるのが、その素振りだった。


「このビーコンが存在する限り、我々は完全に見られている状態ということですか」


 リアーゼはうなずき、


「正確には、このビーコンを通じてワープしてくる偵察機によって収集された情報が、ゾルタックス帝国に送信されている。奴らはそのデータを解析し、次の作戦を立てるだろう。その上で我々の動きを精緻に予測しているんだ」


 と述べた。


「この情報を利用されたら、……とてもじゃないが不利な状況になる」


 トルヴァは、ビーコンからの情報を前に、その深刻さを肌で感じていた。彼の顔には、ことの重大さによる不安が浮かび上がっていた。彼の特徴的なもじゃもじゃの頭が、何度も手でかき混ぜられるたびに、その不安が増していくのが伝わってきた。

 彼はしばらく黙りこみ、指先でテーブルの端をなぞるようにして考えを深めていった。その指の動きには、彼の心の中で渦巻く様々な感情や思考の流れが映し出されていた。


「トルヴァ、何か思うところが?」シリアが優しく問いかける。


 彼は顔を上げ、彼女の方へと視線を移した。


「僕たちはどれほどの時間があるのか、それともすでに手遅れなのか。――この状況を利用して、敵の戦術を逆手に取る方法はないのだろうか」


 彼の発言は、彼の年齢を感じさせない成熟した考え方を示していた。リアーゼは彼の言葉に共感し、


「時間は限られているかもしれないが、一つ考えがある」


 と答えた。


「リアーゼ。君が持ち寄ってくれたこの技術は、敵のシャオデズモスにどう対応できるか?」


 ヴィオラスが深刻な表情で質問した。

 リアーゼは一瞬目を閉じ、深呼吸をした。皆で正しく共有し、理解できる説明を脳内で組み立てるための一拍だった。


「これらビーコンは現在、一時的に無効化しているに過ぎない。いきなり破壊してしまうと、こちらが存在に気付いたことを無防備に知らせることになる」


 リアーゼのエル・ブルーの瞳には、諦めや迷いはなかった。それを戦士たちは瞬時に感じ取り、彼の言葉にじっと聞き入る。


「侵攻してくる相手のワープポイントを検出し、その情報を我々も傍受すれば到着してすぐに叩くこともできる。しかし、それでは正に《蠅叩き》になる。予測するだけでは、後手に回ってしまう」


 思考の回転が上がっているのか、リアーゼにしては早口な説明だったが、戦士全員も同様の速度となり、瞳の中で回転する火花が咲く。


「アクティブにし続ける訳にもいかない。だが考えなしに破壊してもならない。無効化も長く続けば異変と見なされる……。なので、このビーコンの仕様を逆手にとって利用させてもらう。偽のデータを送りつつ、偵察機のワープポイント位置情報を上書きしてやろうと考えている」


 戦士たちには無い発想だった。皆がそれぞれ、感嘆の声をあげた。


「そんなことが可能なのですか」シリアが思わず尋ねたが、

「そのための作戦が必要なんだ」リアーゼは勝算を含んだ笑みで答えた。


 一瞬の沈黙が流れた後、部屋はわずかに明るくなったように感じられた。それはリアーゼの言葉が、戦士の心に微かな希望の光を灯したからだ。

 ヴィオラスは杖の先で地面を軽く突く。ビーコンがふわりと浮かび上がる。


「リアーゼの技術を使い、シャオデズモス対策として装置を……《蝿鳥》ビィモスルドを設置しよう」


 阻止するたための装置に名前が付けられる。これにより、戦士たちは同じ認識を持ちやすくなった。


「機能させるために、《蝿鳥》を設置する最適な場所を探す、必要ある。そうだな、リアーゼ」


 リアーゼは深く頷き、改めて皆に向かい合った。


「無事に設置し、動かす。たったそれだけだが、それには皆の協力が不可欠だ」


 緊張感は依然として残っていたが、それはもはや恐怖や不安ではなく、戦いの始まりに対する集中と期待へと変わっていた。各戦士は自分の装備に触れ、目の前の地図に目を落とす。それぞれ何をすべきか、どう動くべきかを具体的に考え始めた。


 ◆ ◆ ◆


 翌朝、早朝。再び戦士たちはテントに集合していた。


「では、各人の役割について」


 ヴィオラスは地図に目を落とし、落ち着いた声音で皆の注目を集めた。緑色の瞳が真剣な光を放つ。


「リアーゼ、ビーコンの設置と起動は君に任せたい。カイレンとトルヴァ、二人はリアーゼの護衛を」


 カイレンとトルヴァはすぐに頷き、リアーゼに目配せを送った。彼らの顔には信頼と覚悟が感じられた。


「シリア、我々の動きを敵に察知されないように警戒を。通信妨害とレーダーの調整を頼む。使い方、問題ないか」

「問題ありません」


 シリアは集中した面持ちで、特殊な装備――信号妨害機と高度なスキャナ――を確認した。リアーゼから使い方を学び、最も短時間で習得したのだ。《災厄の蝿》に対し、アゼムによる働きかけよりも、より直接的な影響を与えられる方法として採用された。


「私、全体の指揮を執る。それから、最後に皆を撤退させる道を作る。何か問題があれば、すぐに報告を。この作戦が成功するためには、絶対的な連携が必要。信頼しあい、助け合うこと」


 全員が力強く頷く。皆の顔には新たな決意が浮かんでいた。

 リアーゼは今回の作戦の鍵となる、小型のデコイパルス・エミッターを手に取り、それを皆に見せた。ありあわせの資材で作成したものだが、機能テストでは十分に動作した。


「この小型のエミッターが、《蝿鳥》です。これを設置することで、ビーコンに対し偽の情報を流し込むことができます。もちろん、偵察機のワープ先も。ワープ転送先は、皆で話し合ったポイント――コルエル・バンゼム。輝線が強い灼熱地帯にしてます」


 作戦内容を確認する中で、それぞれの役割を戦士たちは胸に刻む。


「皆さん、準備はよろしいですか?」


 一同が頷くと、リアーゼは深呼吸をして、朝焼けに広がる星々を一瞬眺めた。彼は目を閉じ、一言、静かにつぶやいた。


「……父と母を頼りに」


 緊張と期待が渦巻く中、作戦はついに動き出した。


 ビーコンが埋め込まれていた領域に再び足を踏み入れた。乾いた風は変わらずだが、輝線は緩やかだった。リアーゼはビーコンを元のポイントへと戻し、カレインとトルヴァは周囲の様子を警戒する。ヴィオラスは宙に浮き、ポイント全体を見渡せる上空で待機していた。


「ビーコンをアクティブにしてください」


 シリアが声が耳元で響く。アゼムを使って声を届けているため、すぐ真横で話しているような距離感だ。


「アクティブにした。確認を」


 リアーゼからの応答に対し、シリアはすぐさま次の行動に移る。高度なスキャナで周囲の状況を把握しながら、通信妨害のためのスター・メッシュを展開していった。


「何も特異な動きはありません、進めますか?」

「進めよう」


 リアーゼはゆっくりと立ち上がりビーコンの真横に貼り付けたエミッターの操作スイッチを取り出した。


「エミッターをアクティブにする」


 一瞬、皆の息が止まる。そして、その瞬間――


「敵機、接近中!」


 シリアの警戒が響くと同時に、視界の隅に光が閃いた。シャオデズモスがワープによって急接近してきたのだ。

「リアーゼ!」ヴィオラスの声が響き渡る。


 リアーゼはすぐにエミッターの起動ボタンを押した。一瞬、明るい光が放たれる。ほんの数秒の間、一同の息も止まった。リアーゼの持っていたデバイスが、短いビープ音を発して成功の合図を告げた。シャオデズモスは、偽のワープポイント情報に従って、セリュナ星の灼熱地帯へと姿を消した。

 しばらくの間、その成功を確認し合うようにお互いを見つめ合った。そして、トルヴァが緊張をほぐすように大きく息を吸い込んだ瞬間、場の空気が和らぎ、明るい声が響き渡った。


「やった!」カイレンが声を上げ、リアーゼの肩を叩いた。

「成功だ!」リアーゼの声は満ち足りていた。


 一同が安堵の息を吐き出し、リアーゼに感謝の眼差しを向けた。この瞬間までの緊張感が嘘のように、全員の顔に笑みが広がった。


「皆、引き上げよう。全員手を繋いで」


 ヴィオラスの言葉に、一同は頷く。ヴィオラスのアゼムによって、リアーゼたちが宙に浮く。三人は引き上げられ、上空で待機していたヴィオラスと合流した。全員で肩を抱く形で喜びを分かち合った。


「よくやった、皆! シリア、君もだ」


 ヴィオラスの弾む声に、一同は破顔する。リーダーからの労いは、戦士たちの心に沁みた。全員がその場で、互いの成功を祝い、一団としての仲が深まった瞬間であった。

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