異世界ランジェリー『異世界に転生したら下着職人だった件──プロボックスと共にランジェリー革命を起こします!』

常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天

第1章《異世界ランジェリー職人、村で布を広げる》

第1話『プロボックスと霧と異世界ランジェリー』

「下着ってのは、“第二の皮膚”なんだよ。

 だからこそ、妥協しちゃいけない」


そうつぶやいた男の車には、48セットのランジェリーが詰まっていた。


色も、形も、素材も。

細部まで計算され、こだわり抜かれた“勝負下着”たち。

──いや、“勝負に向かうための下着”たちだ。


車は、トヨタ・プロボックス。

その荷室いっぱいに夢を積み込んだ男──服部裕太(はっとり・ゆうた)、29歳。

元・下着メーカー勤務のパターン職人。

独立後、初の大口取引を目前に控えた、気合い十分の晴れ姿である。


「いやぁ……それにしても、完璧だ。

 カップラインも、ヒップのダーツも。何より、このレースの重なり具合……芸術だな……」


コンビニのコーヒーを啜りながら、裕太は助手席の“おとも”──極薄メッシュのノンワイヤーブラに視線を送り、思わず頬が緩んだ。


そんな彼の横顔は、真剣で、そして、少しだけ変態だった。


だが本人は本気である。

「布の力で人生を変える」。それが彼の信条なのだから。


プロボックスは、高速のICへと向かう長い坂道を登っていた。


だが、そのとき──


フロントガラスの向こうに、**白い靄(もや)**がふわりと浮かんだ。


「……ん? なんだこの霧?」


最初はほんの霞だったそれが、ものの数秒で視界を埋め尽くした。


「嘘だろ!? ちょ、まっ──」


ブレーキを踏む暇もなく、車は霧の中へ突っ込んでいく。

景色が、一瞬にして塗り潰された。


……いや、塗り替えられた。


 


──ガタン、と衝撃。

エンジンが止まり、世界が静まり返った。


 


「……え?」


裕太はシートベルトを外し、ぼんやりとフロントを見る。

あの長い坂道はもうない。

舗装されていたはずの道路も、見たこともない土の道に変わっている。


辺りには、丘陵と森と、鳥のさえずり。


頭が混乱する。だが、目の前の景色はあまりに現実だった。


「どこ……ここ……?」

「高速……じゃないよな。県道でもない。ていうか……」


プロボックスの四方を見回しながら、彼は声に出す。


「……異世界、じゃね?」


 


その直後だった。


「ひゃああああああっ!?!?」


突如、叫び声が響く。

裕太が振り返ると、腰に麻紐を巻いただけの少女が、草むらから顔を出していた。


「ひ、ひと……!? ひとが、馬なしで動く鉄の箱から……!?」


少女の視線は、プロボックスの開いた後部ドアに向けられていた。


そこには、裕太が見せびらかすように広げていた勝負用Tバックとレースブラが──風に舞っていた。


少女の頬が、茹でタコのように赤く染まる。


「こ、これは……まさか……神具!?」


「いやいや違う! あの、これは下着で、レディースの──!」


「きゃああああああっ!? し、神の……神の布が……あんなにもっ……!?」


少女は叫びながら駆け出し、村の方へ走っていってしまった。


「おい待て、誤解だって! これは決してエロ目的じゃなくて……!」


裕太の声は、鳥のさえずりに吸い込まれるように消えていった。


彼は思った。


──とりあえず、誤解を解く前に、俺はまず、この異世界で“変態認定”を解除しないといけないらしい。


 


その足元には、風に飛ばされたピンクのTバックが、ぽつんと草の上に横たわっていた。


 


異世界での新生活が、

そして“ランジェリーによる文化改革”が──静かに、しかし確実に幕を開けようとしていた。

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