瞼のうらの世界

sui

瞼のうらの世界


夜、灯りを消して目を閉じると、そこにはいつも知らない海があった。

光の粒がふわふわと浮かび、波は音もなく寄せては返す。水面には月がふたつ、揺れていた。


わたしは毎晩、その世界にそっと足を踏み入れる。足元は濡れず、風は言葉を持っていた。

「きょうのことは、きょうに置いていきなさい」

風がそう囁くと、胸の中の重たい石がすこしだけ透明になる。


ある夜、小さな魚が話しかけてきた。

「ここはあなたが流した涙のしずくでできた海なの。忘れたふりをしても、心はちゃんと覚えてる」


わたしは黙って、その魚を手に乗せた。ひんやりして、でもあたたかい。

気づけば、もう波の音さえ、眠りの音になっていた。


瞼をあけると朝。

けれど、目尻にはほんのり潮のにおいが残っていた。

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瞼のうらの世界 sui @uni003

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