第2話 タローのこだわり

 集落を後にしたタローは、ひとまず次なる目的地である遺跡の場所を確認することにした。

「さてさて、遺跡はどのあたりですかねー……魔法でぱぱっと探るのも手ではありますが、今はそういう気分じゃないんですよねー。」


 空を仰ぎつつ、タローは気怠げにそう呟いた。次の瞬間、彼は軽く膝を曲げ、ふわりと重力から解放されたかのように高く跳び上がった。まるで鳥のように空中を舞いながら、眼下の景色をじっくりと見渡す。


 遠くに見えるのは、森に囲まれた石造りの建造物。長い年月を経たせいか、屋根の一部は崩れ、周囲の木々が壁に根を這わせていた。間違いなく、あれが目指すべき遺跡だ。


「ふむふむ、あそこですねー。ワープでぴゅーっと飛ぶのもいいんですが……せっかく旅してるんですし、地面の感触を楽しみながら歩くのも大事ですよねー。」


 軽やかに地上へと降り立ったタローは、余程上機嫌なのか、口笛らしきものを吹き始める。だが、音はまったく鳴っていない。どうやら彼自身もそのことには気づいていない様子で、楽しげな足取りで森へと向かっていった。


 森の中はひんやりとしていて、昼間だというのに木々が陽光を遮っていた。薄暗い中、葉擦れの音と、時折どこからともなく響く鳥の鳴き声が静寂を切り裂く。地面には分厚い苔が生え、靴の裏にしっとりとした感触が伝わってくる。


「いやー、森の中ってのは空気が違いますねー。冷たい空気が肺に染みて、目も覚めるってもんです。」


 そう言いつつも、彼の顔に緊張の色はない。不気味な静けささえも、彼にとっては冒険のスパイスのようなものなのだろう。落ち葉を踏みしめる音が妙に大きく響く中、タローは森の奥へ奥へと分け入っていった。


「いやー、こんなに静かだと……さすがに何か出てきそうですねー。ま、出てきたら出てきたで、また軽く蹴散らせばいいだけの話ですけどねー。」


 冗談交じりにそう呟いたその時、木々の隙間から、ついに目的の遺跡が姿を現した。ひと目で年季の入った古代の建築物とわかる。表面にはびっしりと苔が這い、ひび割れた石壁には、未知の文字が刻まれている。


「おっ、ありましたありました。これはまた、いかにもって感じの遺跡じゃないですか。石がいい欠けっぷりですねー。あ、でも古代文字はまったく読めませんので、雰囲気だけいただいておきますねー。」


 多少の興味はありつつも、解読しようとは一切しない。あくまで雰囲気重視の姿勢だ。


 遺跡の入り口はぽっかりと口を開け、そこからひんやりとした空気が漏れ出している。中はほとんど光が入ってこないようで、漆黒の闇が奥へと続いていた。


「探検といえばやっぱりこれですねー。」


 タローはそう言うと、片手を軽く振り上げた。すると手のひらから魔力が湧き出し、頭上にふわりと黄色いライト付きヘルメットが出現。おまけに、前面にはかわいらしいにっこりマークが描かれていた。


「白や黒も悪くないんですが、やっぱり安全第一って感じがするのは黄色ですよねー。」


 どこか満足げにヘルメットを被ると、タローは遺跡の入り口に足を踏み入れた。ライトが照らし出すのは、湿った石の床と、壁に刻まれた奇妙な装飾。風が吹き抜ける音が、低く長く響き渡っている。


 しかし、そんな不気味な空気すらも、タローには新しい冒険の始まりを告げる合図にしか思えなかった。


「さてさて、この先には何が待ってるんでしょうかねー。」


 軽やかな口調でそう言いながら、彼は歩を進める。その姿に迷いは一切ない。まるで、既にすべてを知っている者のように。


 タローの旅は、まだ始まったばかり。だが、彼の目にはすでに次なる“面白さ”が映り始めていた。

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