403電網捜査隊
上伊由毘男
第1話 幽霊との遭遇
雨がアスファルトを叩く音に包まれた夜の東京。
人気のない廃工場で、男は両手両足を縛られて、目にはガムテープを貼られ、立膝のような姿勢にさせられていた。その正面には、黒のレザージャケットとジーンズに身を包んだ女がいた。短く切りそろえた黒髪は濡れていた。元村凪。彼女の手には拳銃が握られ、銃口は男の頭部に狙いを付けていた。
男は闇市で臓器売買を仕切るブローカーだ。過去3か月で10人以上の若者が行方不明になり、その一部は臓器摘出の犠牲者と判明していた。
「最後の取引先、名前を言え」
元村は冷酷に言った。男は怯え、勘弁してくださいといったような意味の言葉を繰り返すばかりだった。元村は銃の安全装置をカチリの外した。
「もう一度聞く。最後の取引先は」
その時、彼女のイヤホンに連絡が入った。仲間からだ。
「警部、まずい。捜査一課が動いてる。すぐそっちへ着くぞ」
「面倒だな」
元村は舌打ちすると、男を蹴り飛ばし気絶させ、工場の外に停めておいたバンに押し込んだ。
バンの運転席に座ってる筋肉隆々の男・反町が元村に聞く。
「どうするんだ、警部」
「あとで吐かせる」
元村も乗り込み、バンはその場所を後にした。
捜査一課の刑事たちが到着したのは、その直後だった。
「もぬけの殻だな」
「クソッ、一足違いか」
刑事たちが口々に言う。その中の一人、新米刑事の林は先輩たちから聞いた“幽霊”の話が気になっていた。様々な事件で目撃されつつも、全く正体がつかめない。ただ確かなことは、“幽霊”が目撃された事件は早々に解決してるということだ。今回も、事件情報とともに“幽霊”が目撃されていたが、翌日に事件は解決していた。
上司に“幽霊”のことを聞いても取り合ってもらえない。「お前は気にするな」とそっけなく言われるだけだ。
「なんだってんだ、“幽霊”って」
林はぼやいた。
それから間もなく、林はある殺人事件を担当することになった。
繁華街の裏路地で殺人事件が起きた。東洋系のIT企業役員、王海(ワン・ハイ)。心臓を一突きされ、血溜まりの中に横たわっていた。周囲には争った形跡がなく、遺留品も極めて少ない。典型的なプロの犯行だ。
「林、ぼーっとしてないでやることやれ!」
上司の怒声が飛ぶ。焦燥感が募る林の視界の隅で、ふと、一台のバンが目に入った。そのバンは、現場規制線の外、しかし異様に近い場所に停車している。いかにも目立つ黒塗りのワンボックス。妙に落ち着いた雰囲気に、林はわずかな違和感を覚えた。
その日の夜遅く、捜査本部で林は頭を抱えていた。防犯カメラの映像には、被害者が路地裏に入るまでは確認できたものの、その後を追う人物の姿は一切映っていなかった。現場周辺のカメラはことごとく死角になっているか、あるいは映像が不自然に途切れている。
「まるで、最初から監視されていたかのように……」
林の呟きに、誰かが鼻で笑うのが聞こえた。その時、捜査本部の入口に、レザージャケットにジーンズ姿の女が立っていた。女にしては背が高い。年齢は30代後半だろうか。表情は読めないほどクールで、しかしその眼光は鋭く、林の視線を釘付けにした。彼女は捜査一課の面々を一瞥すると、何の挨拶もなく捜査資料の山に手を伸ばした。
「おい、君はどこの者だ!」
上司が訝しげに声を荒げる。女性は資料から目を離さず、淡々と、しかし抑揚のない声で言い放った。
「403の元村だ。本件、一部の管轄を移管する」
その言葉に、捜査本部は一瞬、静まり返った。林は戸惑った。一体どこの部署の人間なのか、なぜそんな上から目線なのか。
捜査本部の刑事たちが女とお偉方を代わる代わる見つめる中、お偉方は「あ、ああ」と力なくうなずいた。
「403……実在したのか」
先輩刑事がぼそりとつぶやくのが林に聞こえた。なんなんだ403って。
翌日、林は元村に呼び出された。場所は警視庁の地下深く。林は足を踏み入れたこともない。言われた通り汚いドアを開けると、まるで秘密基地のような空間が広がっていた。壁一面に広がる高精細ディスプレイには、地理情報、リアルタイムの交通量、そして被害者に関するあらゆる情報が立体的にマッピングされていた。
そこには元村の他、筋肉隆々の男、銃の手入れをする男、白衣姿のメガネ男、女子高生姿でパソコンを操作する女がいた。部屋の奥では、ハゲた男がひまそうに耳掃除をしていた。
「ようこそ。403へ」
元村は少しだけニヤリと笑い、驚いている林に声をかけた。
「君は、昨晩の王海事件の現場検証で、何か違和感を覚えたらしいな」
元村は林の報告書を指し、問いかけた。林は昨夜感じた、黒塗りのバンについて話した。元村はディスプレイを操作し、現場周辺の監視カメラ映像を呼び出す。昨日は見つけられなかった角度の映像が、次々と映し出されていく。林が指し示したバンが、確かに映っている。
「そのバンは、民間警備会社の車両に偽装されていますが、ナンバーは存在しません」
白衣姿の男がそう言った。葉加瀬と名乗った。
「バンに搭載された特殊な電波妨害装置により、周辺の通信は寸断されていました。これは一般的な警備会社の装備ではありませんね」
さらに、別のディスプレイには、王海のPCから解析されたデータが表示されていた。それは、暗号化された大量の機密情報だった。
「王海は、東洋系の犯罪組織の資金洗浄に関わっていた疑いがある。しかし同時に彼は、その組織の技術顧問として、最新のセキュリティシステム開発にも携わっていた」
元村の言葉に、隣にいた屈強な男が言葉を継いだ。反町と名乗った。
「そのセキュリティシステムは、国家レベルの情報機関でも導入を検討していた代物らしい。彼を殺害した目的は、そのシステムか、それとも隠された情報か……」
そこへ、部屋の隅でヘッドセットをつけた女子高生風の女が突然、声を上げた。速水だ。
「警部!王海の通信記録から、不可解なアクセスを発見しました。海外のIPアドレスから、数時間にわたり、彼のPCにアクセスが試みられていました。プロトコルから見て、これは一般的なハッキングではありません。むしろ、特殊な暗号解読アルゴリズムの実験に近い……」
林は呆然としていた。手詰まりだった捜査が、この場所では驚くべきスピードで進んでいる。
「林刑事、君にはこのシステムを使ってもらう」
元村が林に示したのは、スマートグラスだった。装着すると、瞬時に目の前に王海の行動履歴、周囲の防犯カメラのデータ、そして403のメンバーからの情報がARで表示される。
「これは……すごい」
林は驚きを隠せない。元村は淡々と続けた。
「我々403は、警察のどの部署にも属さない、非公式のチームだ。あらゆる部署にまたがる凶悪事件を、機動的に解決するための組織だ。常識に囚われない捜査手法を取る」
林は圧倒されていた。このチームの存在も、彼らの能力も、自分が知る警察の常識とはかけ離れていた。
「王海を殺害した犯人は、そのシステムを、もしくは隠された情報を手に入れようとしている。そして、そのシステムが完成すれば、国家のセキュリティさえも揺るがしかねない。我々には時間がない」
元村の言葉に、林は覚悟を決めた。この常識外れのチームで、この事件を解決する。それが、自分がこの場所にいる意味だと直感的に理解した。
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