浮気?留年?どんとこい!全部将来ネタにしてやる!
僕という男はつまらないんだろうか?
最近、スマホを使いだした時代遅れの強面師匠に相談したくて、僕は青空宿へ走る。
つまらないから彼女に浮気されたんだろうか?
大学の二人の待ち合わせ場所で、見せつけるようにほかの男とキスをしていた彼女。
あんな非常識な人間がいるんだなぁ、と思わせるほどの勢いの良さ。
それは俺だけの唇だぁぁぁ! と声をあげることもなく、ただただ、気持ちが冷えていくのを感じた。
冷えていく中で、僕はどう行動すれば面白い話になるかを考えてしまった。
僕は芸人になりたい。芸人になって、宮月町出身の最初の有名人になるのが夢だ。
なんでもネタに変えて、なんでも面白くする。
その素質がなければ芸人にはなれない。
どうする? 泣くか? 笑うか? それとも、男の尻にケリでも入れるか?
僕はショックより未来に目を向け始めていた。
すると、目が合った彼女が僕の方へ歩いてきた。
「止めないの?」
止めないの? ってどういうことだ?
え、付き合っているのにほかの男とキスしといて止めないの?って何?と怒り狂いたかったが、それを抑えてこれをコントだと思うことにした。
「止めてほしかったのか?」
あえて、冷たい彼氏を演じようとした。さあて、どう出る? と僕は内心ウキウキしていたが、彼女の返答はいたって冷たかった。
「つまんな」
そして僕はなぜか、右頬に軽いビンタを食らって彼女を奪いやがった男に汚い笑いを浴びせられながらぼーっとしていた。
しまった! ビンタを避ければよかった!
なんなら予測してビンタを受け止めればよかった!
いやそれより、彼女の唇を代わりに強引に奪って左頬にもう一発もらえば面白かったかも!
そう思っていたが、彼女のつまらない、という僕に向けられた一言が刃物のように突き刺さって抜けなかった。
誰かに、お前は面白いよ、素質あるよと言われなければ到底この傷と理不尽を向けられた怒りが収まりそうになかった。
だから僕は、大股歩きで強面師匠のところへ向かおうとした。
すると、僕の怒りを遮るようにスマホが大きく振動した。
僕はふと見てみると、それは大学からだった。
「あ、はい、あ、そうです、鈴木(すずき)ですぅ、はい、はい……はあ、あ、はい……」
電話を切る。
留年するかもしれない、という内容だった。
ぶっちゃけ、芸人を目指すから大学はこのまま中退してもいいやくらいに思っていた。
彼女も芸人になることには賛成していたし、あとは両親への説得だけだったのだが、このままいくと留年するよ、と大学に現実へ戻された。
僕なりにできるネタ集めに集中しすぎた。題して一人遊び、というものだった。
田舎ならではの一人遊びも含め、旅行、ショッピング、ちょっと下ネタ風味なものも一人遊びシリーズとして僕の中で集めていた。
それを大学二年生の時に、ふと思い立ってから始めていた。
大学からは、四年生の後期は講義を詰めてやるしかないと言われてしまった。
これを吉と捉えるか、凶と捉えるかは己次第……なのだが、留年したあげく今まで学んできた福祉の勉強は活かされずらい芸人の道を志すと言ったら家族は、まあうるさいだろうな。ということはわかる。
いっそのこと、けんか別れしたらネタになるんだろうか?
はたまた、お前とは縁を切るなんて言われたらネタになるんだろうか?
僕はそれも悪くないと思った。芸人になってネタが増えるなら、とそう思っていた、のに……。
「なんか、損してる気がするんだよなぁ……」
僕の瞳からは涙がこぼれた。僕はそれをゴシゴシ、と右腕で拭った。
さっきから、僕の心がうるさいのだ。
彼女への失望心、怒り、自分が何か悪かったのだろうか?という気持ち、留年に対する怖さ、家族に言う事の怖さ、そして……芸人に進むための勇気と覚悟が持てない自分に対する怒り。
こんなもんに負けていたら、僕は一生かかっても芸人になれない。
全部をネタにできるくらいじゃないと、芸人としてやっていけない。
わかっている。わかっているけど、それでも、それでも僕は、素質がないと思ってしまう。
「はあ……くっそ……っ」
僕は、自分の尻を叩いて師匠の下へと行く。
たくさんの選択肢がその間に浮かぶ。まずはお金をある程度溜めるのもいいんじゃないか? 三十歳になるまでに芸人を志せればいいんじゃないか?
そのどれもが、今じゃないと僕に伝えているようだった。
「……わかったよ」
僕は青空に向かって言う。
セミがうるさいくらい鳴き、僕は頬に涙と汗を垂らして決意した。
今は芸人にならない。
でも、周りから芸人になりたいことを認められるくらい頑張るから、その間ネタ集めもやめる気もないから。
とりあえず、一般的な生活から始めてみよう。
そして、芸人魂を自分の中で本気に育てていこう。
元カノに告ぐ。
俺という男は、俺という人生はつまらないかもしれない。
だけど、お前が羨むくらい面白く生きて見せるから。
僕は師匠の元へ駆け出した足を引き返して、家に帰った。
完
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