あなたのお葬式をあげるのは私

 自宅で育てた野菜や、山からとってきた山菜を分けてくれる隣の家に料理に代えて持っていく。

 いつもこれが好評で、やぁだ悪いにぃ、と喜ばれる。


「お、美味しそう」


 隣の家の高校生のお孫ちゃんが毎週来るらしくて、お肉が好きな子だと言うので意識してお肉たっぷりの料理にしたりする。

 お孫ちゃんはこの地域の高校の野球部を見にいくらしく、私と行く方向が同じだったので散歩がてら一緒に歩いた。


「また、かずちゃんのところ行くの?」

「はい、毎週行こうかなと思って」

「すごいね、ぼたんさん」


 そんな会話をしながら、お孫ちゃんは高校に着いたのでそこで別れ、さらに十分上り坂を登った先にある高齢者の介護施設へと足を運んだ。

 受付を済ませて、私が三十年間片思いをしている彼の部屋へ行く。

 ちなみにこの恋心は誰にも言ったことがない。彼は恋愛体質だから、いつも好きな人がいたし、彼のタイプと私は全然違うし、何より私自身が叶わなくてもいいと望んでいる。

 彼のそばにいられればそれでいいと、思っているから。


「かずちゃん、こんにちは」


 彼の部屋に行くと、彼は弓道の構えをして部屋の真ん中で立っていた。腰は多少曲がっているが、長年趣味として嗜んできたそれは、体に染み付いているようだ。

 今年で七十歳になるかずちゃんは、顔は頬骨がこけてシワだらけだけど三十年前の面影は確かに残っている。

 介護施設の部屋にはないけど、彼には確かに見えている的を見据えるその瞳が鋭く、そして揺るぎない。

 私が見惚れてやまないかずちゃんの姿だった。


 かずちゃんは私に気づくと、首を傾げてこう言った。


「誰だい?」

「……、かずちゃんのお友達のぼたん、といいます」

「……わからねえなぁ……」

「いいんですよ、あんまりかずちゃんと会ってなかったですし」


 しゅん……と落ち込むかずちゃんに私は嘘をつく。

 彼は認知症だ。彼とは三十年付き合いがあるが、徐々に色んなことを忘れていくいっちーを間近で見ていた私は他人事のように感じなかった。


「だめだなぁ、生きたくねえや、いろんなもん忘れていくなんて……」


 まだ記憶があったころのかずちゃんはそうつぶやいていた。未来への不安、自分が何もかも忘れていく不安は大きかったのだろう。

 私はできるだけ彼の気持ちに寄り添うために、週に三回はかずちゃんの家に行っていた。

 みかんを持ってきたり、料理をおすそ分けしたりしていた。


「ありがとなぁ」

「いいんですよ、好きでやっていることなんだから」

「ん、なんかこれ甘いよ?」

「え、ああ! お砂糖とお塩間違えちゃった!」


 甘い野菜炒めを食べて、ボケてきたなぁなんて二人で笑っていた頃が懐かしかった。三十年前から作っている、かずちゃん日誌は徐々にページが増えるごとに思い出となりそして彼の症状の重さを表していた。

 かずちゃんの認知症は徐々に悪化して、徘徊が多くなった。私は何度も彼を探した。

 彼がよくいる場所は弓道場だった。

 彼は弓道を趣味で嗜んでいた人間だった。

 先ほど施設の部屋で弓道の構えをしていたのも、当時の記憶が本能として現れているのかもしれない。

 ただ、あまりにも徘徊がひどくなったことで独り身だったかずちゃんを心配した甥っ子さんが施設に入れることを決断したのだ。


「どうぞ、食べてくださいね~」


 優しい口調の介護職員さんが運んできたご飯は、ちょうど野菜炒めやら五目御飯やらとん汁があった。

 かずちゃんは、認知症なだけで体はしっかりしている。麻痺しているわけでもなければしっかり動くことができる。職員の方からは、トイレや歩行、お風呂や食事を自分でできるのはすごく助かると、言われたことがある。

 ただ、トイレに行ったこと、お風呂に入ったこと、食べたことを忘れてしまい職員さんを何度も呼ぶこともあるそうだ。

 かずちゃんは、器用に利き手じゃない方の左手で箸をもってちびちび、と食べていた。


「おいしいですか?」

 

 私が聞くと、かずちゃんは黙ってうなずいた。


 彼の右手に私は視線がいった。彼の右手は人差し指がないのだ。

 彼は工場で働いていたが、機械を誤って動かしてしまい人差し指をほぼ切ってしまったのだ。医師から、再びくっつくことは難しいと言われ切断を彼は決意した。

 利き手の人差し指がなくなったことで、字は書けなくなり食べ物は食べられなくなり、そして……彼が愛してやまなかった弓道ができなくなってしまった。

 かずちゃんは、人差し指を失った後、もう弓道ができないことを涙ながらに語り、仲間は全員涙した。私も号泣しながらも、かずちゃんは決断して弓道場に現れることはなかった。

 それでも、彼のことを放っておけなかった私は弓道仲間というより見学者という立場で、かずちゃんをずっと見ていたため、やめることにそこまで未練はなかった。


「弓道はじめないの?」

「ええ、力もないですし、するより見る方が好きなんです」

「じゃあ、俺のとこなんか来ないであいつらのとこ行ってきなよ」

「かずちゃんとお話ししたいんですよ」


 彼の心の傷は十年くらいかけてやっとかさぶた程度になっていった。

 彼に対して迷惑じゃないか? こんなに自分勝手に行動していていいんだろうか? と悩んでは五十代のころ頭を抱えていたが、六十代の頃になってかずちゃんから


「ぼたんちゃんがいなかったら、俺ダメだったかも」


と言われた時は正直泣いてしまった。迷惑じゃなかった、傍にいてよかったと思うことができたのだ。


 そんな過去を持っているかずちゃんが、自分が弓道をしていたことすら覚えていない彼が弓道場に足を運び、様々なところで弓矢を引く構えをしているのを見るたびに胸が痛んだ。

 指さえあれば、記憶さえ忘れなければ、彼は生涯弓道を愛していただろう。

 

「またきますね」


 かずちゃんに別れを告げて、介護施設から去ろうとしたとき職員さんが声をかけてきた。


「米沢(よねざわ)さん、最近……元気がないんです、何か彼が元気になるものがあればと思って」

「元気……ですか」


 私はいっちーがどれだけ弓道を愛してそしてできなくなったのかを、職員さんに語った。


「そんな過去があったんですね……」

「ええ、もう弓道のやり方も弓道自体も覚えていないとは思いますが……かずちゃんの心の奥底は覚えているんでしょうね」

「弓道をされている方とか見たら、少しは元気になれると思いますか?」

「うーん……、できなくなってしまったということもありますから一概には言えませんね」

「酷な言い方をするようですが……、いずれ忘れてしまうんですよ、それでもその瞬間だけでもいいから元気を取り戻してほしいんです」

「辛くなるかもしれないんですよ?」

「そうですね……」

 

 私はそんな会話を職員さんとして、施設を後にし家に帰る帰路で考えた。

 かずちゃんは、あんなに好きで、今でもきっと好きな弓道に触れないまま死んじゃうのかな?

 いくらでもいえる、天国で弓道楽しんでねとかは言える。

 でも、まだかずちゃんは生きている。辛いことを思い出すかもしれないけど、今でも本能が思い出すほど愛してやまない弓道だ。

 死ぬ前に一度くらい、触れさせてあげたい。


 でもどうやって?

 かずちゃんには人差し指がない。やり方を教えてもすぐに忘れてしまう。

 おもちゃのアーチェリーでさえ、指のおかげで楽しむことはできないだろう。


「……私が、かずちゃんの代わりに……弓道をもう一度触れてみようかな」


 弓道の話をしたら喜ぶかもしれない。

 的にあたった矢をみたら元気になるかもしれない。

 それくらいしかできない自分に無力感を感じながらも、私は弓道場の先生に電話をかけていた。


 

「お久しぶりですね、ぼたんさん」

 

 弓道の先生に出迎えられて、私はレンタルした弓道用の袴を着て弓道場にやってきた。


「かずちゃんと一緒にどこかに行ってしまったから、もう来ないかと思っていました」

「あはは、またお世話になります」


 先生は七十五歳だが、今でも現役で弓道の師範として小学生や高齢者に教えている。

 最初に姿勢を教えてもらい、順序立ててゆっくりと手取り足取り支えてもらいながら覚えていく。

 ずっと見学して三年間くらいみていて、それっぽくできると言えばできるが、初めて知ることの方が多くあった。


「私にできるかしら……」


 少し不安になって弱音をこぼす。


「継続は力なり、です、ゆっくり覚えましょう」


 私はその言葉を信じて、深呼吸をしながら初めて触れる弓と矢に触れる。

 先生に教えてもらいながら、的を前に弓を引く。

 しかし、うまく引くことができず弓がずれてしまったり引っ張っても保っていられなかったりする。


「はぁ……うまくできない……」

「最初はそんなもんです、慣れていきましょう」


 先生は再び手取り足取り、私に教えてくれた。

 やっと弓を放つことができたと思ったら数メートル付近でふらふらと落ちたり、力任せに引っ張ると先生に注意を受けたり、力加減の難しさを思い知った。


  私は先生に教えてもらった弓道に必要な筋肉を鍛えるための運動を少し取り入れた。


 体が痛くならない程度に、ストレッチや準備体操に時間をかけすぎて最初は運動にすらたどり着けなかったが、徐々に徐々にゆっくりと進めようと思った。


 かずちゃんに毎週一回は会いに行っていたが、疲労感が増えて二週に一回しか会いに行けなかった。


 彼は私に会うたびに


「俺の友人かい?」と言ったり


「ああ、佐藤先生じゃないか」と言ったり


「母ちゃん」と言ったりしている。


 それを聞く度に胸が痛くなりながら、「ええ、友人です」「お久しぶりですね、米沢くん」「元気にしてたかい?」と否定せずに彼の言葉を受け入れていた。




 ようやく一か月たって、的に当たるようになってきた。


 といってもまだ的に届かないときもあれば、飛びすぎて的の外に飛んで行ってしまうこともある。

 その度にため息をついては先生に励まされていた。

 

「ぼたんさんは、すごいですね……」


 先生がしみじみというように、水を飲んで休憩している私に言う。

 私が首をかしげると、先生は私を見てにこり、と笑った。


「人のことを想ってそこまで出来る人はいませんよ」

「やましい理由ですけどね」

「そんなことありません! それくらい想われているかずちゃんは幸せ者ですよ」


 そうだといい。かずちゃんは今までたくさん苦しんできた。

 奪われたものだって多い中で、懸命に生きてきた。

 何もかもを忘れてしまっても、幸せでいてほしい。それが私の願いだった。

 私はかずちゃんに、弓道を見せたい。弓道に視覚的でもいいからふれて元気になってほしい。

 それは私のエゴでもある。自分勝手な願いでもある。

 でもそこに焦点を当ててしまったら進めなくなりそうで、私はそれから逃げるように今日も姿勢から整えて的を見据えた。


「え⁉」


 ある日、いつものようにかずちゃんのいる介護施設に行くと驚愕的な出来事を聞いた。


「米沢さん、汚い話で申し訳ないのですがご自身の便をこねるようになっているんです」


 私は言葉を失った。そんな……。

 この前まで、食事も普通にできていたしトイレだって普通にできていた。


「便だと……理解できなくなっているということですか?」


 私がかすかに口に出すと、職員さんは苦しそうな顔をしてうなずいた。

 まさかあのかずちゃんが……彼が、そうなるなんて思わなかった。

 これ以上悪化することを、どこかで忘れてしまっていた。


 私は恐る恐るいっちーの部屋を覗いた。彼は虚ろな目をして、私を見たあとゆっくりと視線をそらした。

 ぼたんちゃん! と、家に行けば毎回笑って出迎えてくれていた彼はもうどこにもいない。

 私は目じりに涙が溜まってしまって彼から逃げるように部屋を後にした。


 とぼとぼ、と私は歩いた。

 頭の中はあの頃の記憶ばかり。

 きついことを言った後、申し訳なさそうに「ごめん……」とつぶやく彼。

 「おいしい!」と私が作った料理を食べながら白米を頬張る彼。

 「家庭菜園もたまにはいいねえ」と日光を浴びながら気持ちよさそうに背伸びをする彼。

 「ぼたんちゃん」と呼ぶ彼の声が頭の中に響く。

 私は歩きながら涙が決壊したかのように流れた。

 ああ、彼は自分の言葉がきつかったかなと思うこともできないし、料理の味もわからなくなるかもしれないし、日光を浴びても気持ちいいと思えないのかもしれない。

 そして、もう二度と私を呼んでくれないのかもしれない。


「はああ……」


 ため息に似た悲しい吐息が私の口から吐き出された。

 このまま悪化していく彼から逃げることだってできる。会わないでいることだってできる。自分がこれ以上辛い思いをする必要はない。

 わかっている。わかっているけど。

 弓道場で何かを探すように歩いていた彼が忘れられない。施設の中で弓矢を弾く動作をする彼が忘れられない。

 もう今は、その動作も弓道場のことも本能の記憶から奪われつつあるのかもしれない。

 それでも、それでも……。

 私は予約の日でもないのに、弓道場に足を運んだ。


「ぼたんさん、休みましょう」

「いえ、まだです」

 

 もう何十本、放ったか覚えていない。

 突然の来訪だったのに、先生は快く受け入れてくれた。

 私は早く、一刻も早くかずちゃんに的に矢を当てたところを見せたかった。時間がない。早くしなければ……

 そんな焦りが続いていく。

 姿勢を整うことすらおっくうに感じる。


「いっ…!」

「ぼたんさんっ!」


 弓が思いっきり弾いて、私の人差し指が少しだけ切れた。ああ、これだけでも痛いのに、かずちゃんは切断した時どれほど痛かったのだろうか。


 再び涙が出てきた。

 先生は救急箱を持ってきて、消毒しながら言った。

 

「ぼたんさん、焦る気持ちもわかります、かずちゃんは今も刻一刻とすべてを忘れていっている、でも……弓道をする上で焦りは一番禁物なんですよ」

「……意味、ないんじゃないかって……思うんです」


 私の本音がこぼれる。

 そう、どうせかずちゃんは忘れてしまう。私だけが覚えている。そんなことに意味なんてあるのか。結果的にかずちゃんのためなんかじゃない。自己満足じゃないか。

 そんな思いから逃げるように、かずちゃんの今の現状から逃げるように、私は逃げるために弓道をしている。

 そんな思いじゃ、的に当たるはずがない。

 

「意味……ですか、確かにないかもしれませんね」

 

 先生はそう断言したあと、続けた。


「でも、ぼたんさんがかずちゃんの代わりに弓道をしている、ぼたんさんが……かずちゃんを覚え続けている、これには意味があると思うんです、尊いほどの愛情が込められているのだから」


 先生の一言に私は涙が止まらない。

 

「ぼたんさん、あなたが弓道をされているところをカメラにとってもいいですか?」

「え……」

「かずちゃんに見せるんです、ぼたんちゃん、こんなに頑張っているよって」

「そんな……まだ、的にすらちゃんと当たったこともないんです」

「的に当てるあてない関係ないと思います、そりゃ当たった方がいいかもしれないけど、先ほども言った通りあなたが今、弓道をされていることに意味があるんですよ」


 私は、先生の熱意のこもった瞳に流されるように立ち上がって弓と矢を持った。

 先生は自身のアイパッドで、私を静かに撮影した。

 呼吸を整え、姿勢を整え……焦らず、ただ一点に集中する。体の使い方、力の使い方、すべてに集中する。

 一回目は的に当たらず、二回目は的の前で落ち、三回目は明後日の方へ飛んでいく。

 こんなんじゃだめだ……と思う心を無視して、私は先生と約束したように五回はカメラに収めようと思った。

 そして、四回目。

 初めて、的にあたった……! あたった……!!

 まぐれだったし、真ん中でもないが、初めて、人生初めて的にあたった。

 嬉しいという気持ちをすぐに声に出したくなったがそれを我慢して五回目を放った。

 五回目はそんなにうまくはいかないよ、と言いたげに的の前で落ちた。

 

「やりましたね!」


 私より先生の方が目をキラキラ輝かせて喜んでくれた。


「これ、かずちゃんに見せに行きましょう」

「……、はい!」


 かずちゃん、ごめんね。うまく上達できないけど、これが今の私だよ。そう気持ちを切り替えて、翌日かずちゃんの元へ向かった。


 かずちゃんは、再び便をこねていたらしく網戸の部屋にいた。涼しい風が吹く中、少しの便臭が漂った。


「今日はね、かずちゃんに見せたいものがあるんです」

「米沢さん、見せたいものがあるんだって!」


 かずちゃんは言葉の意味を理解しているのかわからないけど、首を傾げた。私は机の上に先生のアイパッドを置いた。


「かずちゃんはね、弓道がすごく好きだったんです、それを思い出してね……じゃじゃーん!私も弓道初めてみました!」


 そして再生ボタンを押す。かずちゃんは網戸の方を向いている。

 強制的に顔をこちらに向かせることもできず、私はいっちーをただ見つめていた。

 タンッ、と一回目の的に当たらず外に当たった音を聞いた時、いっちーが、ぴくっと動いてアイパッドの方を見た。

 私は息をのんだ。

 いっちーは、私が放った五回目まで映像をただじっと見ていたのだ。


「見てたね……」


 若い介護職員さんが目尻に涙を溜めていた。

 映像を見た後、かずちゃんはこう言った。


「……あんたぁ、誰だい?」

 

 わかっていた。響かないことは、わかっていた。

 それでも、何かが届けばと願ってしまった。

 でもかずちゃんは、瞳は虚ろのままでもあの映像をずっと見ていた。どうか彼の心の本の隅っこでいいから、あの映像が残されて居たらいいと思わずにはいられなかった。


 私は家に帰って、かずちゃん日記と題したノートを開いた。

 

「かずちゃんは、やっぱりかっこいい、弓を引く時の瞳がイケメンすぎ」

「今日かずちゃんにマカロン作っていったら、すごく喜んでくれた」


 一つ一つの思い出が鮮やかによみがえる。


「今日、かずちゃんと先に死んだ方が葬式を開くと約束した」


 私はその文章が目に留まった。

 そういえば、そんな会話をしたことがあった。


「俺の葬式は誰が開いてくれるんだろう……、甥っ子は全然話したことないし、それ以外の親戚も皆死んじゃったからなぁ」

「かずちゃんには友達がいるから、その人たちが開いてくれますよ」

「でも、そいつらにも家族がいるからそっち優先だろ」

「じゃあ私が開きます、私が先に死ななかったら、ですけど」

「そりゃ、心強いな、安心してあの世にいけそうだ」

「私が先に死んだら、かずちゃんが私の葬式開いてくださいね」

「うん、約束するよ」


 私は、その会話が今も自分の心の中に大きく残っていることを痛感した。

 私が先死んでも、もうかずちゃんは……葬式を開けない。

 生きる理由が、この歳で改めてできてしまった。

 大丈夫、あなたの葬式は必ず私が開いてあげるから。

 私はノートを閉じて、リビングに飾ってあるかずちゃんとのツーショットの写真を見て誓った。

 そして、かずちゃん日記に今日あった出来事とその誓いを静かに記した。

 完

 

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