第26話



 国王陛下と王妃のファーストダンスが終わると、大勢の紳士淑女達がダンスフロアに上がった。ここからが大舞踏会の始まりである。


 絞られていた照明が少し明るさを戻し、会場全体は落ち着いた雰囲気の色合いに。ダンスフロアの部分だけやや輝度高めに調整されていた。


 光の粒が舞う演出は好評で、普段は社交で舞踏会に出ても自ら壁の花と化しているような令嬢にも「ちょっと踊ってみようかしら」と気まぐれを起こさせるほど。


 そうして最初の曲が終わると、二度目の模様替え演出が入る。


 荘厳で神聖な雰囲気を醸し出す重厚なデザインの宮殿風だった景色が、溶け崩れるように流れて光の線を描くと、色合いが清廉な透き通った青に変化していく。


「うわ、これは」

「まあ!」


 景色が崩れた事に驚いていた紳士淑女達は、青が定まって新たに生まれた舞台に感嘆の声をあげた。


 突き抜けるような青い空と、遠くに太陽。足元の床は感触はそのまま、見た目だけ白い石畳風になっており、会場の周辺はゆったり流れる雲海が遥か遠くまで続いている。

 まさに天空のステージ。雲の上の舞踏会場である。演奏も爽やかでテンポの速い曲となり、特に若い世代が楽しそうに踊っていた。


 その後も一曲ごとに舞台が変わり、地平線まで続く大海原や、オーロラの見える雪原の夜空の下、水晶の城を背景に氷の湖の上など、非日常的シチュエーションの数々は参加者達を魅了した。



「はぁ……夢のような時間でしたわぁ」

「こんな刺激的な舞踏会、初めてですわ」

「明日の夜会も楽しみですわね」


 大盛況で初日を終え、参加者達は興奮冷めやらぬ様子で友人と親睦を深めたりしながら宿泊している客室へと帰っていく。


 大舞踏会は、ダンスが中心の舞踏会日と、食事や歓談の割合が高い夜会日が交互に行われる日程になっていた。


「ダンスの舞台も凄かったが、料理もなかなかのものだったな」

「うむ。鑑定テーブルによると、肉はミンズヘーブの畜産肉のようだが、味がまったく別物だった」

「やはり迷宮産の香辛料か?」


 皆大満足で客室に戻ると、客室の広間に設置されている『お知らせボード』なる魔道具に着信が来ていた。

 このお知らせボードは、客室の全員や個別に大舞踏会の主催者運営からメッセージを送れる仕組みになっていて、今回はアンケートの依頼が記されていた。


 今夜の舞踏会で特に好評だった舞台、逆に不評だった舞台に投票してもらい、明日以降の舞台演出に反映していくのだ。



 お知らせボードシステムをハイスークの領主に提案したのは街づくり好きな迷宮核で、領主もこれは革新的だと即採用した。



 主催者側との双方向通信や、客室同士で話せる機能はないが、投票結果はリアルタイムで閲覧できる仕様になっている。

 この情報端末も参加者貴族達には実に新鮮に映り、各領主達は家族でお知らせボードの前に集まり、どの演出が良かったとかあの舞台は怖かったなど感想をあげて投票先を決めていた。


「ああ、やっぱりあの舞台は皆さん高評価されてますわ」

「ううーん、僕は戦場の舞台も良かったと思うけど、人気はイマイチだなぁ」


「うわっ、誰だあの不気味な魔の森の舞台に高評価つけたの」

「それより大海原舞台に低評価が入ってるのは何故だっ」

「泳げない方でも居たのでは?」



 普段はとても手が出せないような高価な衣装を身に纏って刺激的な舞台で踊り、美味しい食べ物や飲み物に満たされ、部屋に戻ればこれまた極楽快適な湯浴み場で湯の雨を浴びる。

 表立って話題にはしないが、部屋に備え付けの厠も非常に洗練されていた。


 こんな素晴らしい大舞踏会旅行があと数日も続く――いや、あと数日で終わってしまう。


 今回の大舞踏会に参加した領主一家や、代理で来た令息達の多くの者が、この環境から離れがたくなっていた。


 そんな心情を浮かべている彼らだけに、特別アンケートが表示される。



##ハイスーク領主からの特別アンケート##

 領主の方、もしくは領主代行の権限を持つ方だけお答えください。


ハイスーク領に対する印象が変わりましたか?

 変わった*変わらない*分からない


もしハイスーク領主が派閥を立てた場合、参加しますか?

 参加する*参加しない*分からない


宿泊施設のダンジョン環境による生活サポートに満足しましたか?

 満足している*満足していない*分からない


ダンジョン環境による生活サポートを自領でも受けたいですか?

 受けたい*受けたくない*分からない


##以上、アンケートにお答えありがとうございました。##

 回答内容により、ハイスーク領主から個別に連絡が行く場合がございます。



 このアンケートが表示された領主一家や代理一行のうち、実に九割以上がダンジョン環境による生活サポートを自領でも受けたいと回答した。




 ※ ※



 集計した回答内容をまとめてハイスーク領主の端末に送る。

 主に『派閥に参加する』と『自領でもダンジョン環境の生活サポートを受けたい』と回答した領主をピックアップした。

 参加はしないがサポートを受けたいという回答の領主も次点のターゲットとして挙げている。


「これで後はハイスークの領主さんから同盟契約を持ち掛けて、成立したらその領までダンジョンの領域化の根を伸ばすって感じだな」


『あの管状のゴーレムか』


 穢れ山ダンジョンの攻略にも使ったシールドマシン型ゴーレムを使って配管のように地下深くを通し、同盟契約を結んだ領地まで細長いダンジョンを形成する。


 王都カンソンのダンジョンから干渉を受けないのであれば、王都周辺の領地にも安全に伸ばしていけるはず。


 そうして目的の領地に届かせれば、まずは領主の屋敷につないで生活環境をサポートするのだ。そこからダンジョンの領域を拡げるか否かはまた交渉次第となる。


『うむ? 管状のダンジョンを地下に通したなら、そこから周囲を侵食できるのではないか?』

「そうだよ?」


 西の森の魔核と街づくり好きな迷宮核が鎮座する泉、今は元穢れ山の中腹と麓の魔核も一緒に並んでいるが、この森の全域も周辺の土地も、領域化した部分に隣接する地面を侵食して範囲を拡げてきた。


 水撒き柱を使ってダンジョン産の水を浸透させての急速領域化と比べて、隣接している地面にダンジョンの魔力が自然に染み込んでいく侵食は時間が掛かる。


「まずはテラコーヤ国中の領地に領域化地帯を作っていくんだ」


 既にある街に繋げば、そこを新たな魔素の供給源にできる。なので合法的に、双方合意の下、人間と争わず領域化地帯を増やしていく。

 その土地の魔素供給量に合わせた環境サポートを敷くので、赤字になることも無い。


「まあ百年や二百年も経てば、この大陸全土がダンジョンの領域になってるんじゃないかな」


 地下配管ダンジョンからの侵食と、地上の領域化した街の拡大によって、気付かないうちに全てがダンジョンに呑まれている状態になると、街づくり好きな迷宮核は事もなげに予測する。


『……』


 西の森の魔核は戦慄した。街づくりが好きで、人間を肯定的に扱う変わり者の迷宮核だと思っていたら、そんな方法で大陸制覇を考えていたとは、思いもよらなかった、と。


 広大な土地の全てと一体化する。拡大と成長こそが存在意義である魔核にとって、それは夢のような到達点。


 世界中の多くの魔核がそれを目指しつつも、成長限界で停滞したり、寂れて魔素が枯渇し消滅したり、冒険者に狩られて魔力供給源に堕とされる結末が大半を占める。


 それがこの世界の摂理だった。


『……お前は、真のダンジョンマスターに……』

「うん?」


『いや、何でもない』


 型にはまらない迷宮核だからこそ、順当な摂理にも捕らわれないのかもしれない。西の森の魔核は、この街づくり好きな迷宮核が紡ぎ出すダンジョンの未来と結末を見てみたいと、強く思った。




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迷宮遊戯 ヘロー天気 @hero_tennki

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