第23話




 大舞踏会の開催日まであと三日と迫るハイスークの新領都。今日も到着した領主一行が驚きの声を上げながら城の客室へと案内されていく。


「し、城の中にも転移陣がこんなに……」

「ううむ。麓の街も凄まじかったが、ダンジョンの恩恵とはこれほどのものなのか」


 そこへ、知り合いの領主が声を掛ける。


「貴公、随分と遅い到着じゃないか」

「おお、卿らはもう来ていたのか。御婦人も元気そうで何よりだ」


「お久しぶりですわ。子爵様」


 廊下で軽く挨拶を交わす中堅貴族の領主達。

 今日着いたばかりの子爵一行は、この城の何もかもが珍しくて浮ついているが、早めに到着していた領主一家は転移陣による移動にも慣れたもので、彼らの反応を微笑ましく見ている。


「ではまた後ほど、サロンででも歓談いたしましょう」

「ああ、きっとそこも凄いのだろうな。年甲斐もなくはしゃいでしまいそうだ」



 そんな領主達に付き従う使用人達も、一部の専属従者を除いて仕事量が激減し、余った時間で街に繰り出したり、『穢れ山迷宮ランド』に通ってお小遣い稼ぎをするなど、滞在を楽しんでいた。


 なにせ掃除や洗濯の必要がなく、水は部屋のあちこちに供給ポイントがあり、お湯も出る。室内の温度は快適で、やる事といえばせいぜいベッドメイクや配膳、汚れ物の収集。

 後は主人の髪を結ったり衣服を整えたり、お茶を運ぶくらいだ。


 まず、掃除は基本的に部屋が汚れないし、どこか汚しても勝手に汚れが消えて綺麗になるので、拭くところも掃くところもない。


 洗濯は汚れ物を集めて『洗浄の泉』という、使用人部屋に備え付けの水槽に放り込むと、自動で洗浄と乾燥までやってくれる。


 汚れの落ちた衣類がハンガーに吊るされた状態で泉から出てきて乾燥用の空間に連なり、乾いた風が吹き付けられて結構な短時間で乾く。

 乾燥用の空間は、局地的乾燥地帯という特殊な環境が再現されたダンジョンならではの仕様。洗濯担当の使用人は、畳む必要のあるタオル類をまとめる程度の仕事しか残らない。


 そうして時間と体力を持て余す事になった使用人達は、長過ぎる休憩時間の解消に娯楽を求め、やがて迷宮ランドに挑むようになっていた。


「お前、どこまで行った?」

「最終関門のひとつ手前まで。お前は?」


「もうそんなところまで進んだのか……俺は中盤の鍵開けが出来なくて詰まってるよ」

「ああ、あそこの扉は鍵開けが無理なら一つ手前の部屋の右隅の石矢罠の中に鍵が入ってるぞ」


「うぇっ! あの部屋あの罠だけ雑に仕掛けられて違和感あると思ったら、そんな仕掛けが!」



 男性使用人がスカウト職の技能を身に付けたりしている一方で、女性使用人は日々新しいドレスやアクセサリーのデザインを考案したりしてセンスを磨いていた。


「やっぱりここにレースをあしらうのがいいわ」

「リボンのサイズはこれくらいかしら?」


 彼女たちが通っているのは貸し衣装部屋で、ここには衣装や装飾品をデザインできる不思議な大型魔道具が設置されていた。


 円形の柱を刳り抜いたような形状の筐体の中央に服や装飾品の幻影が浮かび上がり、筐体脇にあるパネルでそれらを操作する。

 最初にベースとなる無地の衣類を表示させ、後から形や色、飾りをつけ足していく。拡大縮小、回転、反転機能に、色付けと色変更、柄や模様を指定してドレスなどを組み上げる。


 そうして完成した衣装の幻影は、実体化して貸し出されるのだ。衣装の素材までは細かく選べないが、迷宮産の織物が使われているので大体着心地は良い。

 ちなみに、迷宮産の装備として自動サイズ調整機能付きである。作ったは良いが着られなかった等というトラブルは起こらない。




 この貸し衣装魔道具、実は街づくり好きな迷宮核がダンジョンの様々なトラップやギミックを駆使して作り出した。

 いわゆるゲームでよくあるキャラクタークリエイトを参考にしたコスチュームクリエイト。キャラメイクならぬコスメイクであった。




 辺境のハイスーク領まで来るに当たり、大規模な旅馬車隊を用意できる上流貴族層でも荷物はなるべく減らすべく、舞踏会で着る衣装も少なめに抑えられていた。


 弱小貴族ならなおのこと、舞踏会用の衣装はドレスも礼服も二着か頑張っても三着分持ってこられた程度。舞踏会本番は数日間続く。


 使用人達は、少ない衣装でも夫人や令嬢方が連日同じドレスで過ごす姿を笑われないように、見た目の印象だけでもアクセサリーや小物類を駆使して乗り切ろうと覚悟を決めていた。


 そんな彼女達に案内されたのが、この貸衣装部屋の奇跡の魔道具。作った衣装のレンタルは無料。気に入った衣装があれば買い取りもできる。

 大舞踏会という絢爛な舞台でご主人様方を着飾る為に、彼女達は今日もせっせとドレスの制作に勤しんだ。


 そうして作られたドレスは、本番前の社交でも大いに活躍した。婦人の集まりから令息令嬢達のお茶会まで、毎日のようにどこかで何かしらの集いがある。

 派閥の色が強い懇談会や、プライベートな交流で着て行く衣装にも、家格や財力を誇示する趣旨が少なからずあった。


 故に、本来なら荷物を減らす為に数を抑えても、十数着は衣装を持ち込めた上流貴族層の令嬢方が、地味なドレスを着まわしている弱小貴族層の令嬢達相手に圧倒的優越感を得て楽しむ。

 本番前の余興のような集いになるはずが、弱小貴族層の令嬢達の方が連日新しい、きらびやかな衣装を纏って現れる為、上流貴族層の令嬢方が彼女達を羨む逆転現象が起きていた。


「あ、あなた達、今日も新しいドレスですのね?」

「はい、使用人達が頑張ってくれました!」


「使用人達が……?」


 どういう事かと問う大領地領主家の令嬢に、中堅領主家や末端領主家の令嬢達は、使用人達が貸衣装部屋の魔道具でドレスを作ってくれるのだと話す。


「えっ、そのドレス、この城で作られたものですの?」

「そうなんですっ 迷宮産の衣装だから採寸しなくても身体に合うんですよ!」


「迷宮産の衣装!?」


 上流貴族層は、貸衣装部屋など利用しないので、そんな魔道具が置いてあるなど知らなかった。

 大舞踏会の本番を目前に控えたこの日。お茶会の後、上流貴族層から衣装担当の侍女達が、貸衣装部屋に緊急派遣される一幕となるのであった。



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