第19話:王国サイド




 100年以上昔、北方の大陸から海を渡ってやって来た開拓者達によって、人類の領域が確立されたかつての暗黒大陸クローゼン。

 このクローゼン大陸に入植した人々が建てた大小様々な国の中でも、特に大国として君臨しているのが、ダンジョンを首都に抱え込むという大胆な国造りをしたテラコーヤ王国であった。


 周辺国では真似をした国も当然あったが、いずれもダンジョンの活動を制御できず、悉く異界に呑まれたりスタンピードで壊滅したりしている。


 テラコーヤ王国が上手くダンジョンを抱え込めたのは、偶々そのダンジョンが穏やかで、比較的大人しい性質を持っていたからと考えられているが、詳細は秘匿されている。


 そんなテラコーヤ王国の首都である『王都カンソン』では現在、各地方を治める領主達が一堂に会する恒例の大規模な催しが開かれていた。



 王宮の会場では、テラコーヤ王国の中でも特に大きい領地を治める有力な領主達を中心に幾つかのグループ派閥が形成されている。

 彼らの周囲には、その豊かな土地が生み出す富に与りたい近隣の弱小領主達が群がり、それぞれの派閥の大きさを表す分かり易い指標となっていた。


「まぁご覧になって、ハイスークの領主様よ」

「あら、昨日はお見えにならなかったから気になっていたのだけれど、今日いらしたのかしら」


 ハイスークの領主が側近を伴って会場入りすると、そこかしこで貴婦人や令嬢達が「まだお相手はいないみたい」と噂をし、一部の上流貴族達が忌々しそうに眉を顰める。


 普段は必要最低限の社交しかこなさないハイスークの領主も、今回のような伝統ある大きな催しには顔を出す。


 数年に一度、王都で開催される『王国功労賞』の序列発表と勲章の授与式。参加は任意だが、出席しておかないと後の社交面で大きく不利益を被る事になる。


 ハイスーク領を目の敵にしている一部の上流貴族が、大体ある事ない事の噂をばら蒔いてからのレッテル貼りで、新顔貴族や商人達からの印象を悪くしようと画策してくるのだ。

 なので、現場会場に居座って目を光らせ、適切な火消しと工作潰しに勤しまなければならない。


 この催しで喧伝された王国功労賞の序列は、次の開催まで国内での立場と力関係を決定付ける。言わば領主の格付け大会。


 個々の功績が注目される論功行賞と違って、派閥の影響が強く出る王国功労賞だが、ハイスーク領は主立った派閥に属していないにも拘わらず、毎回上位に入る。

 派閥の柵に縛られないかわりに、向けられる妬みが大変だった。



 ハイスークの領主は、立食パーティー風の会場で隅の方に陣取りながら側近と小声で話す。


「今回の功労賞で、我が領の状況は大きく変わるだろうな」

「変わるでしょうねぇ。良くも悪くも」


「悪くはならんだろう。少なくとも毎度茶番に付き合わされて来た今までよりはな」

「まあ、そこは何とも」


 王国内では王都以外でダンジョンを持つ唯一の領地として、その恩恵を遺憾なく発揮し、毎回高い序列に入るものの、一番になる事はなかった。


 国内有数の大領地を治める領主達が、彼らの派閥内で功績を融通し合う事で、ある程度の序列をコントロールしているのだ。

 ハイスークの領主が、この催しを『茶番』と評するのはそういう部分であった。



 やがて、王族が会場入りして王国功労賞の開催式が告げられる。


「皆、よく集まってくれた。此度も驚くほど多くの寄与があり、喜ばしい限りだ。貴君らの献身に感謝しよう。おかげで我が国は、市井の民草まで豊かさを享受できておる」


 そんな国王陛下の挨拶から始まり、沢山の勲章が用意されて各領地名の記されたパネルが並べられ、順位を貼り出す巨大掲示柱の準備が整ったところで、功績と序列発表の幕が上がった。



「序列38位、ジョイエン領! 穀物80! 鉄鉱石120! 薬効草類160!」


 下の序列位から順に、その功績内容と共に発表されていく。ここでの功績とは、領主が国に納める毎年の税とは別に、王国功労賞の為に寄与した物品が評価の対象となる。

 豊かな領地ほど多くの寄与を捻出できるので、序列が高くなり国内での発言力も増す。


「序列35位、ナリーソ領! 穀物200! 木材150! 薬効草類180!」


 そして、この催しで寄与された大量の物資は一度王都の保管庫にまとめられ、保存の利く穀物や資材などは、今それを必要としている領地に備蓄用や支援物資として分配される。


 国内のいずれの領地も潤う事になる為、王都の国庫や高い序列を競い合う上流貴族の自尊心を満たすだけにとどまらない。

 王国功労賞は、それなりに意義と実績もある催しでもあった。


「序列20位、カイメサーカ領! 石材500! 陶器類200! 岩塩400! 染料200!」


 下位の序列の領地にとっては恩恵を受けるだけのお祭りイベントなのだが、上位の序列となるとその発言力は国政にまで届くようになる。


 国王の方針にさえ影響を及ぼせる序列上位の肩書を得るべく、領主達の政治的な駆け引きも激しさを増す。


「序列15位、サイカヤツ領! 穀物800! 葉物類1200! 養蜂蜜200! 砂糖260!」


「おお……流石は花と野菜の街と呼ばれるサイカヤツ領」

「今年もたくさんのスイーツが食べられそうですわ」


 特産を持つ領地は、その強みを活かして中堅を占めていた。主立った派閥に目を付けられぬよう控えめに。

 上位勢の政治的駆け引きに巻き込まれず、下位の領主達からは懇意を求められる気楽な立ち位置を確保している。


「序列11位、ミンズヘーブ領! 畜産肉2000! 皮材2000! 肥料3000!」


「ううむ、ミンズヘーブ領は相変わらず畜産が強い」

「上質の皮が出回るのは助かりますな」



 やがて上位勢の発表に入る。ここからは大領地の名前が並び、政治的な駆け引きの色が強まる。実際の領地の総生産量と寄与した物品の量にあからさまなほど差異があったりするのだが――


「序列10位、ジョウシータ領! 香辛料200! 貴金属300! 魔鉱石150! 魔草薬120!」


 中堅勢までのものと比べて、納められた物品の質が跳ね上がる。

 裕福な上流貴族しか手が出せないような高価な資材や嗜好品が並ぶので、それらが後に分配されるとなれば、どの層からも文句は出てこない。


「序列6位、ゴルマウント領! 金地金200! 銀地金600! 鉄鋼材1600! 硝子材400!」


「ほう、今回ハイスーク領は5位以内に入るようだ」

「現領主が当主を継いだ十八年前の3位以来ですかな」

「最近、首都をダンジョンのある土地に移したと聞いたが、景気は悪くないようだ」


 このような環境下で優位に動けるのは、やはり大きな派閥に所属している事が重要な要素となる。

 どこの派閥にも属さないハイスーク領は、上位を独占する大領地派閥の工作で毎回6位以下に抑えられていた。


「序列5位、トーテイフ領! 食塩4000! 海魔素材250! 珊瑚素材200! 麦酒400!」


 ここで、会場がどよめく。海に面するトーテイフ領は、他大陸との交易でクローゼン大陸では手に入らない品物も取り扱う大商会を抱えた領地で、大領地派閥に所属する四家のうちの一つである。

 王国功労賞では毎回、序列4位が定位置だった。


「これはもしや、ハイスーク領が遂に大領地派閥の傘下に?」

「いや、四家領主の方々を見ろ。困惑しておられる」



 大領地派閥の四家は、功労賞に寄与する品を派閥内で融通し合い、功績を調整する事で序列の上位四枠を独占していた。

 単独のハイスーク領がそこに食い込んでくるなど、いくらダンジョンを所有しているからとて想定外の事であった。


「やはり、ハイスークに新たなダンジョンが発生したという噂は本当であったか」

「うむ……今回ばかりは何度密偵を放ってもまともな情報が得られなかったが――」

「荒唐無稽な噂話で攪乱して、隠蔽していたようだな」

「いずれにせよ、遅れをとるのはここまでだ」


 トーテイフ領と同じく海に面した領地で、自ら交易商船団を運営するフナトバ領の領主は、会場の隅で澄ました顔をしているハイスークの領主を視界の端に捉えて睨みつける。


 テラコーヤ王国最大の平原に、広大な牧場や農園を持つレイフィールド領。その平原に隣接する豊かな森林に恵まれたタイナンゴ領。


 それぞれの領主達は、上位四枠の中でも三人が持ち回りで序列1位を取っていた。

 王国功労賞で最上位をとった領地は、その年内に王族を含む全ての領主を招待する大規模な舞踏会を開く決まりになっているので、毎回1位を取るのは流石に懐的にも厳しい。


 なので大領地派閥を作り、特に力のある三領地がその年の景気具合に合わせて寄与する品を調整し、序列1位にした領地を派閥の四家で支援してその後の大舞踏会も成功させてきた。


 今回はタイナンゴ領が1位を取るように調整している。寄与した物品の量も質も、圧倒的なものにしてあるので、少しばかりダンジョン産の魔鉱石や資材が増えた程度で揺るぎはしない。


 大領地派閥の四家領主達は、そう確信していた。のだが――


「序列4位、レイフィールド領! 高級畜産肉3000! 魔鳥羽毛6000! 上質織物4500! 魔蜘蛛糸3000! 魔樹木材2500! 魔花水120! 魔草薬400!」


 またも会場にどよめきが起きる。レイフィールド領の納めた寄与品も凄まじいが、4位が確定した事でハイスーク領が十八年ぶりに3位圏に入ったと注目が集まった。


 大領地派閥の領主達も、思わず顔を見合わせている。


「まさか、レイフィールドの功績を上回って来るとは……」

「ううむ……余程良い条件のダンジョンが発生したのか」

「どうにか奴のダンジョン利権に喰い込む策を考えねばな」

「しかし、以前冒険者の拠点づくりをやった時は、失敗で大損しておるからなぁ」


 四家の領主達は、長年独占してきた上位四枠に割り込まれたのは口惜しいが、ダンジョン産の資材が分配で多く手に入ると思えば、今は健闘を称えてやってもいいかと溜飲を下げようとした。


「序列3位、フナトバ領! 香辛料2500! 麦酒4000! 東洋清酒600! 南方果実1200! 海魔素材1500! 珊瑚素材800! 海魔真珠300! 海魔黒真珠60! 海魔石1800!」


「なに!?」

「ばかなっ!」


 会場に三度目のどよめきが上がるのと同時に、大領地派閥四家領主達の、驚きの声が響いた。ハイスーク領が、これまでの最高位だった序列3位を超えた瞬間である。


「どうなっている。我らは四家の協力で功績を増しているのだぞ」

「もしや、この時の為に貯め込んでいた物資を解放した?」

「いや、それはない筈だ。寄与に使える物資の貯め込みなどすれば、直ぐにバレる」

「タイナンゴの功績は大丈夫なのだろうな? よもや――」


 大領地派閥の四家が、ハイスーク領に単独で下されるような事態にはなるまいなと、不安が過る。緊張と熱気に騒めく会場。読み上げ役がリストをめくり、『おおっ』という表情を浮かべた。

 それを見た四家の領主達は重ねて不安を募らせ、会場の人々も固唾を呑んで発表を待つ。


「序列2位、タイナンゴ領! 麦酒3500! 蒸留酒600! 東洋清酒800! 果実酒1800! 蜂蜜酒1400! 魔草薬800! 魔花水300! 魔樹木材4000! 香木1300! 霊銀80! 魔鉱石400! 海魔石200!」


 高級品と希少品しか並ばないタイナンゴ領の寄与品に対する驚きと称賛、後にそれらが分配される事への期待と喜び。

 そんな楽しみの気持ちを抑えて、会場の人々の関心は、序列1位を取ったであろうハイスークの領主に集中する。



 呆然としている大領地派閥四家の領主達を尻目に、読み上げ役は揚々と最後のリストをめくり、しばし固まった。


 リストを二度見、三度見してから「少し失礼」と壇を下りると、国王の鎮座する特別席へそそくさと歩いていく。そして、王の側近に耳打ちして何やら確認を取ろうとしている。


 それに対して国王は、『いいからそのまま読み上げるように』と身振りで伝えた。終始ニッコニコな王の様子を見た読み上げ役は、既に陛下も把握している事かと納得し、壇上に戻った。


 これまでと違う展開が立て続けに起きて、ざわめく会場。


「失礼しました。それでは序列の発表を続けます」


 読み上げ役はそう言って一言詫びると、少し深めに息を吸い込んでリストの内容を読んだ。


「序列1位、ハイスーク領! 魔鉱石25000! 一等級魔石8500! 二等級魔石6000! 三等級魔石2000! 深層魔導装飾品120! 次元収納鞄(小)200! 次元収納鞄(中)80! 次元収納鞄(大)20! 次元収納宝箱10! 万能魔法薬60! 迷宮産果実850! 迷宮産栄養剤600! 迷宮産回復薬300! 迷宮産魔力回復薬250! 暗視目薬300! 霊視目薬120! 浄化石300!……ぜぇぜぇ――迷宮産食器類400! 迷宮産魔導書300! 迷宮産自己修復硝子素材2300! 迷宮産自己修復石材8000! 迷宮産魔導暖房具200! 迷宮産魔導冷凍具200! 迷宮産魔鉱石灯450! 迷宮産魔法糸600! 迷宮産織物400! 二点間転移陣設置石板4! 若返りの秘薬3! ――以上となります」



 質も量もその内容物も、あまりに桁が違い過ぎるハイスーク領の寄与品に、会場は畏怖したかのごとく静まり返っていた。

 まあこうなるよなと、自らも経験して納得しているハイスークの領主と側近。




 数か月前、他領からの諜報員を捌きながら穢れ山の城塞街に遷都を済ませたハイスークの領主は、イレギュラーダンジョンに「近く王都で開催される王国功労賞」について相談の手紙を送った。


 穢れ山城塞街の管理を元穢れ山ダンジョンの魔核に任せたので、今は手が空いているとの返答を寄越したイレギュラーダンジョンの意思は、王国功労賞の内容を聞いて協力を申し出た。


 このイレギュラーダンジョンが協力してくれるなら、毎回催し後の大舞踏会でしょーもない嫌がらせを仕掛けてくる大領地派閥の四家に、意趣返しができるかもしれない。



 そうして「出来るだけ希少な物資を大量に包んで欲しい」と要望を出したハイスークの領主の元に、ある日、立派な迷宮産の宝箱が届いた。


 さっそく何か送ってくれたのかと開けてみたら、上記の内容物が入っていたのだ。


 ハイスークの領主はすぐに感謝の手紙を送り、最初と最後に「加減しろ」と追記しておいたおかげで、第二陣、三陣の宝箱贈呈は取り止めに。

 ――そんな経緯があったのだった。


「さて、この後も忙しくなるぞ」

「分配担当は大変でしょうね。我々も大舞踏会の準備をしなくては」




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