※第6話《人類サイド》





 その報せは、辺境の村から来たという老いた猟師によってもたらされた。


「村の近くにある古い森の様子がおかしい」


 相談を受けた教会は、清浄な空気に包まれているらしい泉を調査するべく神官の派遣を決定。

 冒険者ギルドにも護衛の依頼を出し、少数の調査隊を件の村へ向かわせた。



 その調査隊は、予定の日程よりも早く帰還した。護衛に雇っていたベテラン冒険者の機転により、調査を切り上げ引き揚げて来たという話だった。


「森がダンジョンに呑まれてやがった。ありゃあ明らかに異常だ」


 森全体の様子や、近くの村の状況など詳しい報告が上げられると、意見を求められた専門家や有識者からは、古い森や渓谷、遺跡などで稀に発生する『異界化現象』ではないかとの見解が示された。


 膨大な魔力溜まりに一定量の瘴気が流れ込み、何らかの条件が整う事でダンジョンが発生する場合があると、迷宮研究者達の間ではよく知られている。


 これは昔、いくつかの大国によって人工的にダンジョンを発生させる大規模な実験が行われた事があり、その時期にダンジョンのメカニズムについて色々と解明がなされていた。

 なお、人工ダンジョンの実験が成功した記録はない。


 それらの実験で発生したのは、部分的にダンジョンのような環境が地上に現れる異界化現象で、所謂ダンジョンの出来損ないと呼ばれていた。


「それは……地上型ダンジョン、という事でよろしいのか?」

「いや、異界化はあくまでダンジョンの出来損ないだ」


 魔力溜まりの範囲にだけ、不規則にダンジョン特有の自己修復する壁や床が出現したり、魔物が沸いたりするが、魔核という力の源を持たない異界化した一帯はすぐに消えてしまう。


「ならば、あの森もそうであると?」

「俺も最初はそう思ったんだがな。猟師爺さんの話と、村の状況と森の様子から――こりゃ違うなと」


 異界化現象なら、あれだけ森と村周辺に異変を起こせばとっくに魔力切れになって、異変も謎の気配も消えている筈。しかし、あの森の気配は一向に衰える様子がなかった。

 あのまま放置していては危険かもしれない。


 冒険者ギルドの特別会議室にて、実際に現地を訪れた調査隊や教会の神官長らも交えて、街の幹部達が集まり議論しているところへ、緊急の報告が飛び込んで来た。


「報告します! 件の森から発生した異変が街道を侵食し、この街に向かっているとの事です!」

「っ! 異界化現象が、拡がってるのか……?」


「あの村はどうなった?」

「最後に確認した斥候によれば、全体が石造りの街のようになっていたとの事です」


「異界に吞まれたか……」


 規模の大きなダンジョンでは、階層によって環境が大きく変わるところもある。

 その中には、遺跡や古い街並みをモチーフにしたような環境もあるのだが、件の村はそれらに塗りつぶされたのだろう。


「こいつぁ、イレギュラーなダンジョンフローだ。中の魔物共じゃなく、ダンジョン自体が外にあふれちまったに違いねぇ」

「では、やはりその森に大規模なダンジョンが発生していたという事か」


 場所が辺境だった事もあり、今のところは寒村が一つ呑まれた程度で大きな被害も出ていないが、このまま異界化の範囲が拡がれば大変な事になる。

 地上にダンジョンの魔物が沸き続け、常時スタンピード状態などという危険な状況を生み出しかねない。



 その後も次々と入ってくる報告によると、侵食された街道は石畳で舗装され、魔鉱石の光を灯す街灯が等間隔に並んでいるという。


「完全にダンジョンの中で見る遺跡とか異国の街のそれだな」


 侵食された街道の先端に石柱のようなものが生えて、そこから噴き出した水が地面を濡らすと、しばらくしてその部分が盛り上がり、均され、舗装されるらしい。


「そいつが異界化の侵食方法か……。ならばまず、その石柱とやらを叩かなきゃな」

「我々冒険者ギルドは大至急戦力を集める。領主様には正規軍の派遣を打診しよう。教会の方々にも協力を願いたい」

「勿論です。回復と浄化も使える神官を集めましょう」



 斯くして、イレギュラーダンジョンの討伐隊が組織されると、街を出て少し進んだ辺りを絶対防衛ラインに定めて、隊列を組みながら寂れた街道をゆっくり進んでいった。


「前方に異界化現象!」

「っ! もうこんなところまで」


「本当に石柱から水を吐いてやがる」

「あれに触れるなよ? 何が起きるか分らん」

「鑑定できる奴はいねぇのか」


「正規軍は間に合いそうにないな。我々だけで抑えられるか?」

「進攻を止めるだけなら何とかなるさ」


 臨時に編成した冒険者と街軍の混合部隊は、迫りくるイレギュラーダンジョンの脅威を討ち祓うべく攻撃態勢に入った。




「クッソ硬てぇ……!」

「そりゃダンジョンの壁壊すようなもんだからな。気合い入れて打てよっ!」


 見た目は然程厚みもない、水を噴き出している白い石柱に鈍器を叩きつける先鋒の冒険者達。彼らの後方には不測の事態に備えた対魔物討伐部隊が控えている。

 そのさらに後方では、回復要員の神官達の交じる援護部隊が、作戦の様子を見守っていた。


「よし、ヒビが入った!」

「もう少しだっ」


 散布されている水に触れない位置取りで順番に体勢を入れ替えながら途切れることなく、各々が見事な連携で必殺の一撃を入れていく。

 しかし――


「!? 増えたっ」

「だが、ヒビが入ったやつは消えた! 新しく生えたやつもこの調子で叩くぞ!」


 先鋒隊が攻撃していた正面の石柱が消え、新たに二本の石柱が街道の両端に生えて水を噴き出す。

 細い石柱ゆえに攻撃できる範囲は狭く、一度に叩ける人数は限られている。

 二班に分かれても絶え間ない連続攻撃に問題はなかったのだが、異界化の侵食速度が速過ぎた。


「ダメだ! 足元が舗装されちまった!」

「長く居るとヤバいかもしれん、なるべく石畳の上には乗るな!」


「うわぁ! 水がっ――」

「アイツ、まともに浴びやがった!」

「神官さん! 診てやってくれ!」


「ぶわぁ! こ、こっちにも――」

「何やってんだ!」


 正面の部隊を避けるように、左右へと別れて水を噴き出す石柱は、突然消えたと思ったら位置を変えて出現し、その一帯まで足元が均され、舗装される。


 侵食速度と範囲が急激に拡がった事で、先鋒隊は連携が崩れて大混乱に。後方の部隊も応援に入るが、次々と街道を舗装しながら生え変わる石柱に追いつけない。


 そうこうしている内に、先ほどまで後方の部隊が待機していた場所が石畳で埋められてしまい、広場のような空間が作られた。そこに噴水が生えたのを見て、討伐隊の面々が一瞬呆ける。

 さらにはベンチや街灯まで並んでいく。まるで憩いの場のような様相だ。


「くっ……! これ以上の足止めは無理か。仕方がない、後方に合図を出せ!」

「全隊! 一時撤退だ! 街の手前まで退くぞ!」



 絶対防衛ラインで待機していた魔術士部隊が、討伐隊からの合図を受けて詠唱を始める。撤退してくる冒険者たちを追うように生える石柱に、タイミングを合わせて編み上げた術を発現させた。


「「「「ロックウォール」」」」


 瞬間、巨大な岩の防壁が現れた。異界化した街道の先端を囲うように塞ぐ魔法の岩壁。熟練の魔術士が数人がかりで生み出す魔法の岩壁は、砦の防壁並みの硬さと規模を誇る。


 怒涛の勢いで街に迫っていた侵食が、魔法の岩壁の前でピタリと止まった。水を噴き出し続ける石柱は岩壁を超える事もなく、その場で立往生しているかのようだ。


「おお……止めた」

「流石は対スタンピード用の防御魔法だ」


「よし、今のうちに街の住人を避難させるぞ!」


 魔法の岩壁は魔力を注ぎ続けることで半日は持たせられる。しかし、このイレギュラーダンジョンの侵食による異界化の勢いは、これ以上抑えられそうにない。

 そう判断した討伐隊の指揮を担うギルド長は、街が呑まれる前に住人を逃がす決断をした。


「ギルド長! 石柱が消えたぜ」

「なに?」


 街道脇に生える高い木に登り、高所から戦場を俯瞰する斥候冒険者が、魔法の岩壁の向こう側の様子をつぶさに報せる。

 水浸しの土肌を晒していた街道は見る間に均され、幅を拡げ、石畳で舗装されたという。


「あ、また柱が生えた! さっきまでのよりデカくて太い柱だ!」


 斥候冒険者の実況に注目する討伐隊の面々。その時、シャーーという不思議なノイズ音が響いたかと思うと、魔術士達が一斉に呻いた。

 魔法の岩壁に掛かった強烈な負荷で急激に魔力を持っていかれたという。そして――


「っ!?」

「バカなっ!」

「嘘だろ……」


 異界化した街道の先端を囲うように塞いでいた強固な魔法の岩壁が、まるで熱したナイフに刻まれたバターの如く、サックリと切り裂かれてバラバラに崩れ落ちた。


 新たに生えた太めの石柱からは、斜め上に向かって白い線のような何かが放たれていた。上空で先端が四散して霧状に降り注いだことで、それが水だと理解する。


 水魔法の一種だろうか、魔法の岩壁を容易く切り裂いたソレに戦慄する冒険者達。あんなモノで攻撃されれば、一溜りも無い。


 皆に動揺と緊張が走る中、太めの石柱が消えたかと思うと、異界化した街道の先端部分に変化が起きる。


 道の両端から生えた細い石柱が緩い弧を描きながら伸びていき、やがて円弧状に繋がると、表面に蔦や花を象った紋様が浮き出てアーチ門のようになった。


「ど、どういう事だ……?」


 困惑する討伐隊を前にイレギュラーダンジョンの侵食は完全に止まり、後には立派に舗装された異界化した街道が、あの森の村に向かってただ真っすぐに続いていた。



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