第十二話:老巫女の余韻、夜を貫きて

【SE:静かな夜の音。遠く、鹿の鳴き声。】

【場面:半開きの障子の奥。焚き火の明かりが揺れている。】


老巫女の言葉が、昨夜の余韻として胸を打つ。

それは囁きのように、

けれど、火に落ちた滴のように深く――痛かった。


「贄とは、喰らわれる者ではない。

境に踏み入る覚悟を持つ者を、そう呼ぶのです」


響は、その言葉を繰り返し、繰り返し――

心の奥で転がしていた。


【SE:墨をする音、ゆっくりと筆を運ぶ音】


彼女の手元には、白紙の巻物が一つ。

その端にはすでに、古の文字でこう記されていた。


「月影に咲く贄の花──咲良 響」


誰が書いたのか、わからない。

けれどその文字は、響の手元にぴたりと馴染んだ。


「……巫女様。あなたは、見ていたのですね」


思い出す。

昨日、朧と入れ違うように現れたあの老巫女の背。

煤けた衣、揺れる数珠、そして沈みゆく目元。


「月が満ちれば、あなたの記憶もまた、咲くでしょう」

「それは苦しく、哀しく、されど美しい」


――まるで、それが"花咲かせの呪い"のようだった。


【SE:強く吹き抜ける夜風。パタン、と障子が閉まる】


響は筆を置き、立ち上がった。

外はまだ夜。だが、月は高く、光は凛として澄んでいた。


「咲く……わたしが、咲かせる」

「その記憶も、想いも、すべてを――受け継いで」


扉の向こう、まだ開かれていない**“真実”の花**が、彼女を待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る