第三話:月鏡に映るは誰が貌(かお)

【SE:ゆらりと揺れる風鈴の音】


薄闇の中、朧はひとり、古びた座敷の奥にある“鏡の間”に導かれていた。

槇篝が去ったあとも、胸の中に残るのは、花の香と名も知れぬざわめき。


鏡の間には、床の間よりも大きな古鏡が据えられていた。

黒漆の枠に絡みつく蔓模様。鏡面は歪み、月の光を受けて銀色に光っている。


「……あなたの“貌”を映すのです」


声をかけたのは、初老の巫女。

目は閉じられ、しかしその声音は明瞭で、

どこか“記憶”の奥に触れてくるような響きだった。


「映るのは、貴女が“選ばなかった”もう一人の自分。

影を継ぐか、花となるか――そのどちらにもなれなかった者。」


朧が静かに鏡の前に座ると、

歪んだ鏡面が、ゆっくりと揺らめいた。


【SE:風のないはずの部屋に、微かな水音】


そこに現れたのは、朧と瓜二つの少女。

だが、その頬は紅を差し、唇には笑み――そして手には、赤い花を携えていた。


「私……?」


「いいえ、“ならなかった貴女”です」


鏡の中の少女は語る。

選ばれなかった命。

結ばれなかった約束。

口にされなかった愛。


すべてを“持たない”朧に向けて、

“すべてを持つ”鏡の朧が囁く――


「どちらが幸せか、決めるのは……この儀が終わった後よ」


【SE:鏡面がはじけ、水が滴るような音】


朧がはっと息を呑むと、鏡の中の自分は消え、

再び歪んだ月影だけが揺れていた。


巫女は何も言わず、ただ一礼し、闇に消えた。


朧はその場に座り込み、ひとり、問いを胸に刻む。


「私は……“何者”になるのだろう」

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