22話 玉榮
◆◆◆
玉榮の位置づけは、この国の中で、宰相より上の地位である「
本来、皇帝の師が就く要職だ。
泰楽帝の代までは、お飾りのような名誉職だったものを、引っ張り出して自分が就いたのは、慶果が皇帝になってからだった。
もちろん、玉榮が皇帝になることもできた。
しかし、表に立つことで、素性を知るものが出てくるかもしれない。
長い間、泰楽帝にこき使われたのだ。
人間の危険性は身に染みて分かっていた。
それに……。
政は嫌いだ。
ただ自分が好きなように、欲に塗れて生きていたい。
だから、政は傀儡の宰相に任せ、実権だけを握ることにした。
宦官ということにしているので、後宮内も思うがまま、闊歩できる。
昔々、女の姿で後宮入りしたことがあったが、不自由なことが多かったので、今は快適そのものだ。
唯一、皇帝三代に仕える官吏ということなので、相応に老けておかないといけないのが億劫だったが、そのくらいは妥協しよう。
玉榮が警戒するのは、自分のこの安楽な生活を脅かす者……。
慶果には、父親と同じような反発をさせないため、幼少時に「女身化」の術をかけた。
このことが表沙汰になれば、妖の玉榮も面倒にはなるが、慶果は生きてはいられないだろうと睨んだ。
慶果が反抗的に見える時は毒を盛り、刺客を放ち、背後に玉榮がいることを見せつけて、畏れさせた。
加減が分からず、あやうく殺しそうになったこともあったが、別に死んだって構わなかった。
次の人形を、探せばいいだけだ。
慶果の美しい顔を気に入って、長い時間を費やして従順な人形を作ろうと試みてはみたが……仕方ない。
玉榮の言うことが利けないのなら、もう、いらない。
(そろそろ、替え時とは思っていたが……)
最近、慶果は特に反発するようになり、沙藩からの出戻り公主とつるむようになった。
最初は見逃していたが、どうにもこの公主が怪しい。
玉榮は親切にも、離れるよう警告してやったのに、慶果はやめようとしない。
――だから。
今度こそ、本気で仕留めてやろうと、玉榮は、己の分身まで使ったのに……。
「お、御身に異変があったと耳にしたのですが、ご無事でいらっしゃったようで何よりです。この様子でしたら、明日の満月以降、政務も行うことができそうですね」
「…………ああ」
慶果は今日も元気そうだった。
(コイツ……)
さすがに、危険性を察知して、直接、玉榮には会いたくないようで、即位後の慶果は、泰楽帝時代からの結界が張り巡らされいる太翼殿内の帝の室から、御簾越しに、声だけ応対するようになっていた。
(ここで、慶果を仕留めようとしたこともあったが、泰楽帝が遺した結界が作用することも分かっているからな)
一言、二言だけのやりとり。
余計なことは、一切話しかけてもこない。
しかし、女身化後の慶果と接触できるのは、玉榮しかいないのだ。
(……驚かせやがって)
ここに呼ばれた時は、さすがの玉榮もひやりとしたものだった。
昨日、放った術が見破られたのだ。
幸い、臆病な慶果のおかげで、玉榮の分身の
(証拠の残るようなことは、したことがなかったのに)
今まで、玉榮は自身の分身を気づかれたことなんてなかったのだ。
(ここに呼んだのは、我に対する牽制か? 忌々しい。ここまでの屈辱を受けるとは……。あの公主には、何の力もないはずなのに)
須弥の出身とはいえ、泰楽帝にとって、用無しだったからこそ、危険な隣国の王に嫁ぐことが決まったのだ。
……だとすると?
(あの公主の周辺に、腕利きの呪術師がいるということか?)
玉榮の直感は、不快なほどに的中する。
慶果が、市井の呪術師と懇意にしているという噂話。
あれは、やはり本当だったのだ。
(後宮を出て、あやつが勝手に市井に出向いた日に知り合ったのだな……)
あの日、玉榮は慶果に追手をつけてはいたが、すぐに撒かれてしまったのだ。
慶果なんかに与する者など、いやしないだろうと、高を括っていたのがまずかったようだ。
(忌々しい、公主……)
まさか、無能の出戻り公主がここまで出張ってくるとは思ってもいなかった。
公主は「符」を用意していたが、おそらく、それは呪術師から貰い受けたものだろう。
呪術の攻撃で、玉榮が傷つくことはないが、動きを封じられてしまうことはある。
(邪魔な女だな……)
彗 紅琳。
後宮に留めたのは、離縁したくせに、沙藩側から、紅琳を丁重に扱うようにと、言伝があったからだ。
だから、次の降嫁先が蒼国皇帝なら、文句ないだろうと、慶果が強固に言い張った。
沙藩にも、一応了解は取ったという話だが……。
……しかし。
改めて、振り返ってみると、それはまた沙藩に対して、非礼を働いているような気がしないでもない。
(まあ、どうでもいいか)
証拠を残さず、この世から消えてもらえば良いのだ。
その後、玉榮は慶果と当たり障りのない、形式的な話だけをして、さっさと太翼殿を後にした。
諸共、紅琳も葬ることを決め、策を練り始めたのだった。
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