6話 友の見舞い

◇◇◇


(すっかり、不規則な生活に陥ってるな)


 窓から射しこむ眩い日差しに、紅琳は今日も寝過ごしたことに気がついた。


「よく寝た……じゃないなよな」 


 昨夜は夕刻まで皇帝の住まい探索に励み、玄瓏宮に戻ってからは深夜までひきこもって手元にある道具で絵を描いていた。


 充実しているというより、これは、もはや……。


(堕落しきっているって、感じだな)

 

 普通はここまで寝過ごす前に、誰かが紅琳を起こしにやってくるようになっているのだが……。 


(……さすがに、おかしいよな)


 特に、沙藩から連れてきた侍女の中で、一番若くて元気な李耶りーやが、朝食を食べろと怒鳴り込んでくるはずだ。


 自由気儘、何をするにも一人ですることが信条の紅琳だったが、食事だけは沙藩から連れてきた李耶に作って貰っていたのだ。


 彼女は温かい食事を紅琳に食べさせることに、情熱を傾けているので、こんなことは有り得ないはずなのだ。


「おーい。李耶、何処だ?」


 呼びながら、動きやすい軽装に着替えて、紅琳は寝室の外に出る。

 ……と。


「あっ、も、申し訳ありませんっ! 紅琳様! 朝のご挨拶が遅れてしまいました!!」


 丁度、李耶が紅琳目がけて突進してきたところだった。

 他の侍女たちも、李耶の背後で冴えない表情で頭を下げていた。


「いや、挨拶なんかどうだっていいんだけど……。一体、これは、どうしたんだ? 李耶」

「それが……ちょっと外に出てまして」

「外? どうして? みんな、落ちこんでいるみたいだけど?」


 指摘すると、李耶はその場にいる誰よりも、沈みきった表情となった。


 侍女の中でも、最年少の李耶は、蒼国人と沙藩人の混血だが、見た目は黒髪に白い肌と、蒼国人に近い。

 だが、唯一、沙藩人らしい、琥珀色の瞳を気にしていて、紅琳の迷惑を考えて、玄朧宮から、あまり出ないようにしていた。


 そんな彼女が外に出たということだけでも、紅琳は大事だと思っていたのだが……。


「何があったんだ?」

「……実は私、お隣の様子を見に行っていたんです」

「隣? ああ、華月か?」

「はい」


 李耶は涙ぐみながら、頷いた。


 華月が月影宮を訪ねてきた時に、李耶は特に可愛がって貰っていたから、心配なのだろう。

 華月のように美しくなりたいと、李耶はいつも口にしていた。


「紅琳さま……。どうしましょう。華月様。いつもより重篤な症状が出ているみたいなんです。熱が下がらないということなので、少しお薬を分けてまいりましたが、私、心配で……」

「華月は、そんなに悪いのか?」


 後宮の中で生活しているといっても、それぞれ独立した宮殿の中で生活しているので、華月の私的な部分を、紅琳は何一つ知らなかった。


 華月とはすぐに仲良くなれたが、それほど頻繁に会っていたわけではない。


 調子の悪い日の方が多く、見舞いに行っても、酷い状態だから会えないと、門前払いされることもあったのだ。


 華月が虚弱であることは、李耶とて知っているのだから、その彼女がこれほどまでに取り乱すこということは、今回の体調不良はいつもより深刻ということなのだろう。


「何処が悪いんだ?」

「それは……分からないのですが、今回は、華月様、意識も戻らないそうで、あちらの侍女たちも、混乱している様子でした」

「…………そうか。そりゃあ、心配だよな」


 美しいけれど、何処か儚げな華月の微苦笑を、紅琳は思い出していた。


 知ってしまったからには、何かしなければ……。

 紅琳にとって、彼女はこの後宮で出来た唯一の友達なのだから……。


「李耶。私、ちょっと華月の見舞いに行ってくるよ」

「ですが……。例によって、頑なに面会謝絶してますよ。私はあちらの仲良くしている侍女仲間に聞いただけで」

「だろうな。でも、大丈夫。私が行くんだ。何としても会ってくるさ」


 紅琳は李耶に、にやりと笑って、そう言うと、迷いなく華月の室に向かった。


(……意識不明だなんて。それこそ、どんな手を使っても華月と会わなくちゃ)


 病の種類によっては、紅琳にだって出来ることがあるかもしれないのだ。


 大丈夫。

 いつもの侍女の人数なら、如何様にも撒くことができる。

 楽勝だ。


 ……が。

 しかし……。


(……何で? 華月に仕える女官って、こんなに多かったっけ?)


 今日は、いつもの倍近く、華月の住まい、暁闇ぎょうあん宮では、侍女がきびきびと働いていた。

 逆に、これだけの人数がいれば、紅琳一人紛れ込んだところで、バレやしないだろうけど、それでも、入り込むまでが面倒だ。


(まあ、ここまで来て、引き下がるわけにはいかないしな)


 李耶に大見え切った手前、戻ることはできない。


(まっ、騒ぎになったら、むしろ、陛下も私に会わざるを得なくなるだろうし、やってやるさ)


 紅琳は腹を決めて、廊下を慌ただしく往複している侍女達の中に合流すると、華月の室に向かって、堂々と歩き始めた。


(みんな余裕がないせいか、なかなか、バレないものだな)


 幸い、何度か華月に呼んでもらったことがあるので、殿舎の構造は頭に入っている。


 突き当りが、彼女の臥室だったはずだ。


 戸を引いて、忍び入る。

 螺鈿らでんの衝立の前まで行くと、その奥で華月が眠っていることが分かった。


 ……荒い息が、聞こえてきたからだ。

 

(苦しそうだな……。華月)


 ……だが。

 華月の様子はともかく、紅琳は場の違和感が気になって仕方なかった。

 

(ん? 何だ、この……?)


 ……と。

 疑問が確信に変わる前に、背後から鋭い殺気が飛んできたのだった。


「あーーーー!! 公主様ぁ~! なぜ、こちらに!?」


 大地が揺れ出しそうなくらいの叫び声だった。

 華月の様子を見に来た秀真が、血走った目をして、紅琳の眼前に走ってきた。


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