第4話「不穏な影と初めての注文」

セラフィム商会との契約を結んだ翌日、ハルトは都市アゼレアの市場近くにある物流拠点を訪れていた。契約に基づき、彼の牧場から届いた新鮮な卵とミルクをセラフィムが手配した専用便が輸送し、市内の高級レストランや魔導カフェに届けられる手筈となっていた。


「……本当に、ここからあの卵が広がっていくんだな」


魔力で動く冷蔵コンテナのような荷車に、丁寧に詰められた木箱がいくつも並んでいた。中には、透き通るような殻を持つ《光の卵》が一つ一つ丁寧に収められている。


「初回の発注、すでに十二店舗からきてるみたい。反応が早いね〜」


肩に乗ったシエルが笑った。


「本当に、あっという間だったな……」


感慨深く呟いたその時——市場の広場から、不穏なざわめきが聞こえてきた。


「おい、あの卵……本当に安全なのか?」「魔力が混ざってるって話もあるぞ」「呪物じゃないのか?」


広場の中心で、街の住人らしき中年男が声を荒げていた。その隣には、どこかで見たような顔の男がいた。


「……あれは……エイベル家の領主付き商人、グラムだ」


シエルの声が鋭くなる。


エイベル家といえば、ハルトの牧場のある地方領地の有力貴族であり、過去に何度か農地を買い叩こうとしたことがあった。


「つまり、嫌がらせ……?」


「可能性大だね」


ハルトは小さく息を吐いた。広場にはすでに人が集まり始めており、グラムたちの煽動に乗せられている者もいた。


「これはただの卵じゃない。魔力が混ざってると聞いた!こんな得体の知れない食材を子どもに食べさせるのか!」


「いやいや、実際に食べてみたらわかるよ?」


突然、場の空気を割るように軽やかな声が響いた。


声の主は、先日セラフィム商会の契約会議でも顔を見せていた、料理人のサラだった。


彼女はレストラン《アルマリィ》の料理長であり、今回、ハルトの卵を使った試作品の発注元でもあった。


「さっき、この卵でオムレツを焼いてみたんだけど、ちょうど試食ができるわ。興味のある人、こちらへどうぞ!」


彼女が指差した移動式の屋台には、ふんわりとした黄金色のオムレツが並んでいた。香ばしく、ほんのり甘い香りが風に乗って広がる。


「……これは……うまい……」「全然、怪しくなんかないじゃないか!」


試食を口にした市民たちの反応は上々だった。


「あなた方の言ってる“呪物”って、これのこと?これで呪われるなら、私はもう何度も呪われてるわね」


サラの軽口に、周囲から笑い声が起きる。グラムの顔が引きつった。


「ふ、ふざけるな。この場は覚えていろよ!」


捨て台詞を残して、グラムは人ごみの中へと消えていった。


「……ふう」


ハルトは思わず腰を抜かしそうになりながらも、深く息をついた。


「危なかったねぇ。でも、あの料理長さん、できる人だね」


「ほんとに……。感謝しないと」


その日の午後、ハルトは《アルマリィ》に招かれ、厨房で料理人たちと会話を交わした。


「あなたの卵とミルク、ほんっとうに最高よ!これは革命よ!」


サラが目を輝かせる。


「今まで、うちのメニューって魔力食材が多かったけど……こういう“自然に寄った味”も、求められてるのよ。新しい時代の始まりね」


「ありがとうございます……」


ハルトは少し照れながら答えた。


そしてその晩。宿に戻った彼は、屋上で再び星空を見上げていた。


「今日は、ちょっと怖かったけど……それでも、前に進んでる感じがする」


「うん。夢がひとつずつ形になっていく。きっとね」


シエルが優しく笑う。


「でもね、ハルト。こういう成功が見え始めると、次は“奪おうとする手”が動き出すんだよ」


「……わかってる。だから、もっと力をつけなきゃね」


ハルトは拳を握った。


「僕の牧場を、誰にも壊させない」


星々は、静かに輝き続けていた——。

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