第5話「閉ざされた記憶と予兆」
森から戻った夜、牧場には一層深い静けさが広がっていた。
命の加護を授かったことで、鶏たちはどこか穏やかに鳴き、畑の作物もほんのりと輝くような生命力を帯びていた。
「これが……精霊の力」
ハルトは静かに空を見上げた。星々の光が、まるで新しい希望のようにきらめいていた。
その晩——
久しぶりに、彼は“夢”を見た。
それは、かつて動物病院で過ごした、ある一日の光景。
——夜勤明け、過労でフラフラの中、診察室で震える小さな犬を見つけた。
「すまない……今、対応できないんだ」
そう告げて、別のスタッフに任せたこと。
……そして、その子が翌朝、冷たくなっていたこと。
夢の中で、ハルトはその子に何度も謝っていた。
(……僕は、救えなかった)
しかし、その背後から、ふわりと小さな手が肩に触れた。
「もう、大丈夫。あなたは今、たくさんの命を救ってる」
振り返ると、そこにいたのは——シエルだった。
夢の中なのに、彼女はいつもと変わらぬ笑顔で立っていた。
「精霊はね、時々こうして夢に現れるの。あなたの心の奥に、語りかけるの」
「……シエル?」
「もう、自分を責めないで」
その言葉に、ハルトの胸がふっと軽くなるようだった。
——そして、夢がゆっくりと溶けていく。
……目を覚ますと、朝日が差し込んでいた。
「夢、だったのか……」
ハルトが起き上がると、リュカが足元でしっぽを振っていた。
「おはよう、リュカ」
そのとき、牧場の門のあたりで誰かが叫んだ。
「ハルト! ちょっと来て!」
セレナだった。
慌てて向かうと、彼女は森側の空を指差していた。
「見て……空が……」
そこには、薄い雲の裂け目から覗くように、紫色の光が帯状に走っていた。
「これは……異常魔力?」
セレナは険しい表情で言った。
「古文書にある“魔導障壁のひずみ”。何かが外から干渉してきている可能性がある」
「それって、遺跡の封印が関係してる?」
「おそらくは。封印が弱まれば、外部の魔力や……異界との接触が起こるかもしれない」
その言葉に、ハルトは胸がざわついた。
「僕たちの牧場は……世界の境界線の上にある、ってこと?」
シエルが肩に乗って、小さくうなずいた。
「だからこそ、あなたが選ばれたの。命と世界の境界をつなぐ者として」
牧場に集まる魔力、動物たちの加護、そして精霊たちとの絆。
そのすべてが、未来の大きな渦の中に絡み始めていた。
ハルトは覚悟を決めるように拳を握った。
「まずは、この牧場を守る。命を大切にする場所として……」
そう決めた矢先——
牧場の裏手に設置していた魔力探知石が、赤く点滅した。
「!?」
シエルが跳び上がる。
「これは……結界が破られたサイン! 誰かが……来る!」
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