第5話「風の便りと、はじまりの約束」

その朝、ハルトは小さな紙片と羽根ペンを前に腕を組んでいた。


「……何書けばいいんだろうな」


村の伝書掲示板に載せる報告文──

ロシュが置いていった伝書フクロウ用の紙とペンは、驚くほど質素なもので、文字数も限られていた。


「“鶏が元気です”だけじゃ、そっけなさすぎるか?」


「まあ、それは事実だけどねー」


肩の上のシエルが、羽根を揺らして笑う。


「こういうときはね、『無理に良く見せようとしない』が基本。人間関係の第一歩だよ」


「偉そうだな」


「私は数百年の精霊だぞ、敬えー」


ハルトはくすっと笑いながら、筆をとる。


『牧場に無事到着し、掃除や鶏小屋の整備を始めました。

鶏は元気に過ごしています。水とエサも確保しました。

村の皆さんに会える日を楽しみにしています。』


簡素な文だが、素直な気持ちを込めた。


「これでいいかな」


「うん、あんたにしては上出来」


紙を小さく折りたたみ、ロシュが教えてくれた“伝書用の魔封石”に挟み込む。

それを小型の伝書フクロウの脚にくくりつけると、鳥は一声鳴いて空へと舞い上がった。


風を切って飛ぶその姿に、ハルトは自然と背筋を伸ばした。


「ちゃんと届くかな」


「届くよ。あの子、村と牧場を何百回も往復してきた子だから」


「……何百回も?」


「うん、前の管理人のときも、ずっと頑張ってた。最後は……帰ってこなかったけど」


シエルの声に、ふっと影が落ちる。


「そっか……いろんなことが、あったんだな」


「うん。でもさ、もう一度この牧場が“誰かの居場所”になるなら……精霊としても嬉しいんだ」


「……ありがとう、シエル」


ふいに、シエルが頬を赤く染めてそっぽを向いた。


「べ、別に、感謝されるために言ったんじゃないし!」


「でも、言わせてくれ。俺、この牧場でならやっていけそうな気がする。

前の世界じゃ、ずっと何かに追われてばかりだったけど、ここは……自分のペースで生きられる」


「ふーん。……じゃあさ」


「ん?」


「これからも、ちゃんとコケ丸と私と、自分の心を大事にして生きなよ。約束」


シエルが空中でくるりと一回転し、小さな手を差し出した。


「精霊と人の誓いってやつ。ほら、握手」


「そういうの、精霊的にちゃんと意味あるのか?」


「あるよー? 私の魔力、ちょっとだけあんたに流れるから。農具とか、道具の扱いが少し楽になるかも」


「なんだ、それ早く言ってくれ」


「む、今言ったじゃん!」


笑いながら、ハルトはシエルの小さな手をそっと握った。

まるで羽のように軽く、それでいて確かな温かさがあった。


次の瞬間、手のひらにふわりと優しい光が灯る。


「これで、あんたと私は正式に“牧場の仲間”だね」


その言葉に、ハルトの胸の奥にほんのり火が灯るようだった。


牧場に春の風が吹き抜ける。

空の高みを、伝書フクロウが小さな点になって飛び去っていく。


小さな牧場、小さな鶏、小さな精霊。

それでもこの場所には、確かな命と想いが根を張りはじめていた。


この日、ハルトは初めて──本当に、ここが「自分の居場所」になるかもしれないと感じたのだった。

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