ここは小学生カフェ・ガーデンローズ

甘月鈴音

第1話 夏休みは田舎で。

檸檬れもん。お祖父じいちゃんにおまいりしなさい」


 うーん。苦手にがてなんだよね。線香せんこうかおりって。

 ゆらりと天井に登っていく一本のけむりを見ながら、私は思った。


 目の前には立派りっぱなお仏壇ぶつだん美味おいしそうなももなしが、おそなものとして置いてある。


 あとは火のともった蝋燭ろうそく、なんかこわいんだよ。えらそうに主張しゅちょうして。


 古くさいむらさきのぺったんこの座布団ざぶとんのうえに正座せいざをさせられると、お父さんは小学四年生の私に「ちゃんと座りなさい」って言う。


 うげ、しびれちゃう。

 外からは元気いっぱいな、セミの声。夏の田舎いなかって感じ。


「スイカを切ったよ。檸檬れもん、食べるかぇ」


 お祖母ばあちゃんに言われ、私はお参りを急いで終わらせ、すくりと立ち上がった。


「食べる」


 窓の外は細い道と田んぼ、緑に包まれた森林に川、おとなりさんは、百メートル先という、ど田舎の風景。


 私はそれを横目に、ツインテールのかみを、らして、ちゃぶ台に置かれたスイカを手に取った。


 しゃりしゃりと甘いスイカを食べながら仏壇ぶつだんを見て、夏休みが始まったんだなっと思った。



 東京育ちの私は、毎年、夏休みになると、お祖母ばあちゃんの家に遊びに行く。とは言っても、一週間ほど。


 でも、今年は違うんだ。だって、弟が産まれたから。

 私の家族は四人。お父さん、お母さん、私に弟。


 弟の名前は大樹たいき。九月に出産予定だったんだけど、八月に入って、すぐに産まれた。

 そのせいで、夏休みの計画が、全部ダメになっちゃった。


 赤ちゃんって、お世話せわが大変なんだって、だから、今年の夏は、お祖母ばあちゃんの家で、ずっと過ごすことになったんだ。


 お父さんはサラリーマンで、ちょっとの間だけ、ここから会社まで通うんだよ。

 往復おうふく一時間半もかかるから、私と遊ぶ時間もない。


 お母さんは専業主婦せんぎょうしゅふ。大樹のお世話があるから、あまり眠れてないって言ってた。お目めの下は、むらさきのクマがあるんだ。

 お祖母ばあちゃんと、交代こうたい面倒めんどうを見てるんだよ。


 お父さんも、お母さんも、お祖母ばあちゃんも、いそがしくて私の相手をしてくれない。つまんない。


 友達もいないし、田舎いなかだからデパートで遊ぶことも出来ないし、イトコだって来週にならないと来ないんだもん。


 でもまぁ、イトコは全員、男だから。

 お母さんが言ってた、男系なんだって。だから女は私だけ。いつも、のけ者にされちゃうんだよね。


 ああ、ポテチが食べたい。じゃがバタじゃなくて。

 嫌いじゃないけど、おやつじゃないんだよね。

ここにいると、おやつはスイカや桃。フルーツばっか。あと、じゃがバタ。お菓子がない。


 こんなことなら、お家からもっと、お菓子かしを持ってくればよかった。

 それに、ひとりで食べてても楽しくないし。


 本当なら今ごろ、お父さんとお母さんとキャンプに行っているはずだったのに。


 それに花火大会も行くはずだったし、友達と流しそうめんをするはずだったけど、なくなっちゃった。


 まぁ、流しそうめんって言っても、私の家はマンションだから、おもちゃを使うんだけど。


「ああああん。ああああん」


 ああ、ほら、弟の大樹が、また泣き出した。いいかげん、頭が痛くなっちゃう。

 昼食後ちゅうしょくご。私はお母さんに言われ、宿題の漢字ドリルをちゃぶ台のうえで、広げていた。


 ぜんっぜん、集中できない。

 つい、鉛筆えんぴつを指でクルクル回しちゃう。


「ふえぇぇぇん」


 さらに大樹の泣き声がひどくなって、私は耳をふさいだ。


「ああ、うるさい。うるさい」


 なんでこんなにも泣くんだろう。夜も迷惑めいわくを考えないし、なにをするかわからないし。


 私は持っていた鉛筆えんぴつを投げ出す。

 もう、無理。

 パタンと漢字ドリルをとじると、お母さんにバレないように家を、そっと飛び出した。


「大樹がいるから宿題しゅくだいなんて、できないもん」


 べつに、いいわけじゃないよ。

 私はぷんぷんさせながら、田んぼの間にある、細い道を、てくてくと歩いた。


 長い枝を見つけて、手に持つと引きずる。うしろを見るとすなけずれて、枝のあとが、うねうねと道筋ができて、なんだか楽しくなってきちゃった。


 それなのに、お祖母ばあちゃんの家からは、わずかに大樹の声がして、またイラッときた。


「お母さんも、お父さんも、お祖母ばあちゃんも……みんなして、大樹のことばっかり」


 私は道ばたの小さな石ころを見つけ、けっ、とばした。コロコロと転がった石ころを目で追うと、その先に川があり、真っ赤な橋が目にとまった。


檸檬れもん。赤い橋の先には、行っちゃダメよ』


 遠くに行かないように、お母さんが、そう言っていた。

 橋の向こうは、ひとりだと危ないんだって。それに橋の下の川も、流れが早いから、近づいたらダメってお父さんが言ってた。


 私は、うしろを振り返る。すると、お祖母ばあちゃんの家の青い屋根やねが見えた。


「……」


 大樹が生まれてから、お父さんもお母さんも、私のこと、どうでもいいみたい。

 だって、すぐに『お姉ちゃんでしょ。我慢がまんしなさい』とか。


 遊ぼうってお父さんに言うと『また今度な』って、なるんだよ。

 なにさ。ずっと、私のお父さんとお母さんだったのに。そう思うと、ますます、大樹がにくたらしくなってくる。


 お父さんも、お母さんも、少しぐらい困ればいいんだ。私は知ったこっちゃない、と前を向いて、進んだ。

 そりゃあ。はじめは大樹が産まれて嬉しかったけど。病院でジャンプして喜んだし。


 友達にも自慢じまんした。日になんども弟の顔をのぞいて見たりもした。髪の毛の少ない頭をなでたり、おさるさんの様な可愛い顔を優しくつついたりもした。


 ふん。だ。弟なんていらないもん。

 持っていた枝を投げる。


「ああ、ひま! なにか楽しいことないかな」


 私はずんずんと赤い橋に向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る