第5話 数多ノ光

 ◆



 次の瞬間、


 封剣アーレスはリムの身体を貫いた




「が……はっ……」




 リムの体は、その剣とともに吊り上げられ、月明かりの中に浮かんだ。




「我が行い、君の哀しみに届かんことを」




 勇者がそう唱えると、ふわりと浮いたリムの体は、まるで夜空に散りばめられた星屑のように、さらさらと光はじめた。




「願わくば、汝が心に安寧を」




 傍らの魔法使いも、封印の呪文と共に、祈りの言葉を唱えていた。




 リムは薄れて逝く記憶の中で、魔王との楽しい日々を思い出していた。


 やさしく包む光は、あのときのマントのように暖かかった。


 魔法使いの祈りはあのときの子守唄のように安心できた。




 そして、その感覚さえなくなったとき、リムはあの藁の中の暖かさのような眠りについた。




 まるで、魔王がそこにいるような安心感で、リムは雪の上に落ちた涙のように、跡も残さず、月光の中に溶けていった。




「その魂に、ひとしずくのやすらぎを」




 勇者がそう唱えると、光に消えたリムを貫いた剣の先から、彼の掌に、ゆっくりと一つの翡翠が落ちてきた。




 魔王によってかけられていた魔法。


 翡翠はその封剣によって、かりそめの人間の姿から、もとの翡翠に戻ったのであった。




「綺麗……」




 魔法使いは勇者の掌の翡翠を眺めて言った。




 勇者はこれまでも、魔王の呪詛の塊の翡翠を回収してきた。 そして、それは様々な色と、マーブルのような模様をしていた。




 しかし、リムの翡翠は薄いグリーンの氷種ひょうしゅだった。



 その透明度は月明かりも通す、純粋な色だった。それはまるで、



 ――果て逝くリムの心のように澄んでいた。



「本当に」



 月明かりに透かし、暫く眺めていた勇者だった。


 やがて勇者は、その翡翠を魔法使いが用意した、小さな宝箱に、大事にしまった。



 箱の中には幾つかの翡翠が入っていた。魔王達の呪詛は魔法使いのその箱によって浄化されていたのだった。



「あと……3つですね」



 宝箱のふたを閉じながら、魔法使いが静かに呟いた。




 勇者は


「また、救えなかった」


 と小さく嘆いた



 そして二人は、


 バルコニーに戻り、冴え渡る月影のなかで、遠くから聞こえる歓喜の声を聞いていた。



 Fin.

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