第3話 翡翠ノ仔

 怒りが私の身体を震わせる。




「なんでだよ……あんなに優しかったのに! なんで死ななきゃいけなかったなんて、わかんない! 何が正義だ、誰が英雄なんだ! 私の世界を壊しておいて、何が“平和”だよ!!」




 怒りと悲しみが入り混じり、声が震える。


 勇者は黙って私を見つめている。




「返せよ! 私の大切な……魔王を……!!」




「返せない」




「なんで……? どうしてそんな酷いことができるんだ? 魔王は笑ってくれて、名前を呼んでくれて、ちゃんとご飯も作ってくれて……!」




 悔しさで涙があふれ、声が詰まる。




「どうして、その魔王を殺さなきゃいけなかったんだ? どうしてあんたが生きてて、英雄なんだよ? 魔王の血で汚れているくせに……!!」




 勇者は答えず、静かに見つめている。




「全部、返してくれ。私の家も、魔王の笑い声も、手のぬくもりも……あんたのせいで、全部壊れたんだ!!」




「それはできない」




「なんでだよ? 魔王だって、私たちの家族なんだ。返してよ! きちんと埋葬して……!」




「君たちが魔王を復活させる『翡翠ひすい』だからだ」




 その言葉の意味が、まったく理解できず、私は言葉を失った。


 その私に勇者は言った



 ◆



「魔王は討伐されても十日以内なら、『翡翠ひすい』の力をかり、復活ができる。それを封印する為に、この剣はある」




 そう言って、勇者は私の目の前で剣を引抜いた。




「『封剣アーレス』だ。復活せぬよう、魔王の魂を剣に封じたものだ。この剣でお前の中にある『翡翠ひすい』の持つ『呪詛じゅそ』を壊すか、あるいは」




 勇者がそこまで言うと




わたくしの『みの水晶』にてあなたの中の『呪詛』を吸い取り、魔法をといて、人間として生きるか」




 勇者の、少しうしろに立っていた魔法使いは、その広い袖口から、一つの水晶を取り出して言った。




「この水晶で、あなたたちにかけられた魔王の呪い、『呪詛』を回収しているのよ」




 そう言いながら、魔法使いは勇者の横に立ち、涼やかな笑みを浮かべた。


 その姿は、まるでふたつでひとつの羽みたいだった。




「『翡翠』?」




 そう聞いた私に、魔法使いは言った。




「心に埋め込まれた魔力の核『翡翠』のことよ」




 そのあとに続くように勇者は言った。




「先ほどやって来たカイは、この水晶に『呪詛』を預けることを自ら選んだ。そして、人間として生きる道を選んだのだ」




「なにいってんだよ?」




「本当の事よ」




 冴え渡る夜の空気のような声で、魔法使いは話をつづけた。




「呪詛を差し出せば、翡翠が作った人間としての“仮初の姿”を保ったまま、生きられる。カイはそうして、生きる道を選んだのよ」




 仮初の姿……?




「カイはあなたたち、他の4人のことを気にかけていたわ。『このままではダメなんですか』……と」




 魔法使いは、私にそう告げた。




 私はここに来る前の、私を心配するカイのことを思い出した。


 ――彼は危険だと……。あれは思い出を失うこと……?


 そして、勇者は




「だが、それは無理だ。呪詛は取り除かなければならないのだから」




 私は勇者の言葉に、キッとなって睨みつけた。 その私に構わず、勇者は言った。




「だからお前も、その仮染の記憶のもとになっている、魔王の呪詛を手放すんだ」




 ――忘れられる訳ないだろう!


 だって、私たち、そんなに簡単に魔王は忘れられない!


 私は、再び湧き上がった怒りで、震えた。




「私たちはこの城で、あんたが来る前からずっと魔王と暮らしてたんだ……」




「それは魔王がお前たちを作ったときに与えた記憶だ。魔王は私との決戦の前に、復活する為の『翡翠』を作ったのだ」




 ――魔王が復活……復活できる?




「『翡翠』はお前たちの仮初の命の源であり、魔王の力を封じる道具を壊す『呪詛』を含んだものでもある」




「……」




「そのために魔王は、お前たちが魔王の死後に集結できるように、記憶もあたえたのだ」




「勝手なことをいうな!」




「カイはその刷り込まれた記憶に納得をし、『呪詛』を私たちに提供したわ」




 畳み掛けるように魔法使いが言った



「うそだ……」




 ――あれが埋め込まれたもの?




 そんなはずがあってたまるか!



 ◆

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