誇張される人生

ちびまるフォイ

増幅される人生

「というわけで、この地区での営業成績は僕が一番です!」


「へえすごいねえ」


「ですが社長。僕の給料は一向にあがっていません!

 こんなにも営業成績をぐんと上げたのにです!」


「そうだねぇ」


「なぜですか! もっと評価しても良いのでは!?」


「そうかもねえ」


「聞いてます!?」


「どうだろうねぇ」


その後の押し問答でもまるでヌカに釘でも打つように手応えがなかった。

もちろん給料なんてちっとも上がらない。


酒をいくら飲んでもイラだちは収まらなかった。

友達との飲み会なのに愚痴が止まらない。


「クソ! なんで社会はこんなにも俺を評価しないんだ!!

 こんなに努力をし、結果を出しているのに!!」


「そりゃしょうがないよ。人を雇う予算は決まっているんだもん」


「どういうこと?」


「今月は1000円でやりくりしてくださいねってなってるんだ。

 だからお前が優秀で900円ぶんの働きをしたなら

 他はひとり10円くらいで働くことになる。だから高く評価できないんだ」


「そんなの間違ってる! 正しい実績には、ふさわしい評価があるべきだろう!?」


「まあそれは理想ってこった」


「クソすぎる! それじゃ俺の努力はなんなんだ!!」


深酒に深酒を重ね、家にはどう帰ったのかすら覚えていなかった。

翌朝目が覚めるとスマホに謎アプリが入っていた。


「昨日なに入れたんだ……?」


アプリを起動すると【人生レバレッジ】と表示される。


「レバレッジ……? 肉の部位か?」


アプリの説明文が表示される。


『このアプリではあなたの人生にブーストをかけます。

 レバレッジ2倍なら、幸せは2倍、不幸も2倍。

 人生にブーストをかけてスリリングな毎日を!』


「……よくわからないけど、俺がちゃんと評価されるってことか」


アプリに表示されているスライダーを横に動かす。

レバレッジ3倍にしてみた。


「……別になにも変わらないな」


詐欺アプリだったのかもしれない。

昨日の酒を抜こうと水を出して口に運ぶ。


「うっま!!!」


水がおいしい。

のどが乾いているわけでもないのに3倍美味しく感じる。


「おいしさも3倍感じるのか!?」


賞味期限ギリギリの食パンも涙が出るほど美味しい。

これが3倍の世界。最高すぎる。


「さて、そろそろ仕事にいかなくちゃ」


身支度を整えて玄関のドアを開けた。

吹き抜ける熱風に意欲が一気にそがれる。


「あっっっっつ……!!!」


気温はまだ初夏にも至らないほどなのに。

3倍熱く感じられてもう外に出られる気がしない。


「れ……レバレッジかけてるとこんなにキツいのか……」


良いことも悪いことも3倍で返ってくる。


このままさらに蒸し暑い満員電車なんか乗ろうものなら、

3倍ストレスで頭がおかしくなるかもしれない。


戻そうには人生レバレッジは上げるのはすぐできるのに、

1倍に戻すのは1日以上の間隔を空ける必要がある。

すぐに元通りにはできない。


「今日1日はこのままかよ……」


結局タクシーを呼んで会社に向かった。

会社につくや色気づく女性社員が目をハートにして迎えた。


「〇〇さん、おはようございます!」

「きゃーー! 〇〇さんよ!」

「こっち見てーー!!」


「3倍モテてる……! ふふふ、気分がいいなぁ」


自分の魅力も3倍増しになっているらしい。

それにより感じる優越感も3倍マシなのでますます嬉しい。


「おはようございます。出社いたしました」


「おお。〇〇くん、ちょっといいかな?」


「社長。なんでしょう?」


「ちょっと君に話があってね」


出社するなり社長に別室へ呼び出された。

社長の顔色を見るなり悪い話ではなさそうだ。


「実は、昨日あんなことをいったけれど

 君の評価を改めることにしたよ」


「え! 本当ですか!!」


「君は本当によくやっている、営業成績を見ても明らかだ。

 そこで給料も3倍にあげようと思う」


「やったーー!! レバレッジかけてよかった!!」


「といっても、まだ確定じゃない。今日の役員会議で正式決定する。

 君もしゃべる機会があるから、成果を報告できるようにしてくれ」


「はい!! もちろんです!!」


自分の座席に戻っても気持ちはまだふわふわ浮ついていた。


「3倍の給料かぁ……」


役員会議なんて事務的なものだろう。

社長がすでに給料3倍にすることを決めているのだから、

その発表を聞いて自分が意気込みを語るだけの形式的なもの。


もう決まったも同然だ。


3倍もらったら何を買おうか。

昔から憧れていた駄菓子屋さんの駄菓子一気買いでもしてみようか。


「……いや待てよ。このままで本当にいいのか。

 実はもっと引き上げられるチャンスなんじゃないか?」


考えてみれば3倍は本決定ではない。

役員会議で3倍にしましょうと決定される。


つまり役員会議でうまいことできれば

3倍をさらに超えた給料を勝ち取ることもできるかも。


「レバレッジはすぐに10倍にできるんだし、

 役員会議の直前でいっきに引き上げて給料大幅アップだ!!」


スマホの画面をアプリ起動のままスタンバイさせる。

スライダーに指をかけて役員会議へ向かった。


「失礼します!」


部屋にはドーナツ状のテーブルに白髪のおじさん達が座っている。

まるで裁判でもするような緊張感。


「えーーでは、〇〇くんの給料アップについての会議を始めます」


ついに会議がはじまる。

ポケットに忍ばせたスマホを操作し、スライダーを引き上げる。


「書面では3倍給料アップとありますが……」


「待ちたまえ。〇〇くんの給料が3倍はあまりに低くないかね」


役員のひとりが声をあげる。

レバレッジの効果はすぐに出た。


「そうだ。これだけの営業成績、他にないぞ!」

「我が社のエースへの評価をケチって他社に流出させるべきでない!」

「もっと給料を引き上げるべきだ!」


「具体的には?」


「「「 100倍にするべきだ!! 」」」


目が点になった。

想像以上の金額に不意をつかれる。


ポケットの中のスマホを操作したので、

10倍で止めるはずがさらに100倍まで引き上げていたらしい。

でも結果的にはこれでよかった。


満場一致で自分の給料は100倍となることが決まった。

レバレッジかけて本当に良かった。


「〇〇くん、おめでとう。次回から君の給料は100倍だ」


「ありがとうございます!」


「これからも頑張ってくれたまえ。ぜひここでも意気込みを」


「はい!!」


ドーナツ状のテーブルの中央に立つ。

100倍レバレッジで嬉しさも100倍。

緊張感ももちろん100倍。


すう、と深呼吸してから声を出した。



「給料の100倍アップありがとうございます!

 これからもがんばr、がんばります!」



甘噛みした瞬間、そこにいた全員が目の色を変えた。

みるみる顔がゆでだこのように真っ赤になっていく。


「あ、あれ? どうしたんですか……?」


その瞬間、有無を言わさず全員が激昂して襲いかかった。



「「「噛みやがった!! 許せない!! ころせーー!!!」」」



100倍誇張された小さなミスすら、

もうこの場では誰も許せなくなっていた。

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