第24話 スペインフェア、開催
ついに迎えたルミエールのスペインフェア初日。朝から準備に追われた店内には、オープンと同時に多くの客が訪れ、たちまち活気に満ちた。スペイン国旗をイメージした赤と黄色を基調にした装飾が壁やテーブルを彩り、情熱的で陽気な雰囲気が広がっている。スタッフたちはこの日のために用意された特別仕様のエプロンを身にまとい、どこかいつもよりも気合いの入った様子で接客に励んでいた。
零也はその様子を厨房から見守りながら、エプロンのポケットに手を突っ込んで小さく息を吐いた。
(思った以上に盛況だな……これ、ちゃんと回せるのか?)
彼の不安とは裏腹に、ホールから聞こえるのは笑顔と笑い声、そして楽しげな注文の声ばかりだった。
今回のフェアの目玉となったのは、やはり「選べるアヒージョ」。写真付きの具材リストはお客さんの目を引き、組み合わせを考える楽しさが好評だった。エビやホタテ、タコといった海鮮系から、長芋、ブロッコリー、マッシュルームなどの野菜類、さらにベーコンや鶏肉といった肉類まで、種類豊富な具材が並び、来店客は興奮気味にオーダーを伝えていた。
「エビとホタテ、それにマッシュルームとベーコンでお願いします!」 「うちの子、長芋好きだから、それとブロッコリー、しいたけ、鶏肉で!」
次々と運ばれていくアヒージョには、バゲットのディップや、シメのパスタをつける客も多く、「オリーブオイルの旨味が全部染みてて最高!」「シメまで楽しめるのっていいよね!」と、あちこちから声が上がる。
特に、零也が提案した長芋のアヒージョは新鮮な驚きをもって迎えられた。
「これ、長芋? ホクホクしてるのに中はサクサク。これは初めての食感!」 「洋風の料理に和の食材がこんなに合うなんて……家でも真似したいかも!」
一方で、冷製スープのガスパチョは、女性客や年配層に大人気となった。見た目の鮮やかさと、さっぱりした飲み口が、初秋の蒸し暑さにぴったりだった。
「これ、お口直しに最高だわ。酸味がちょうどよくて、食欲そそる!」 「トマトの甘さもあるし、後味がすっきりしてて飲みやすいね。」
また、スパニッシュオムレツは家族連れやシェアを楽しみたいカップルに好評だった。
「ボリュームあるし、カラフルで見た目もかわいいから子どもも喜んでる!」 「このふわふわ感、たまらない……半熟っぽいのが絶妙!」
そして注目のデザート、チュロスとトリッハも見事に人気を分け合った。
揚げたてのチュロスはシナモンシュガーの香ばしさが漂い、選べるディップソース――チョコレート、キャラメル、はちみつ――で味の変化を楽しめた。子どもたちはチュロスを片手に笑顔を見せ、大人たちも思わずスマホを向けていた。
「揚げたてでサクサク! チョコソースがたっぷりついて、最高!」 「昔食べた味を思い出すな……けど、これはちょっと高級感ある。」
一方、トリッハは初めての体験となる人が多く、「何これ?」という声と共に注文が入り、口に運んだ瞬間、そのとろけるような食感に感動の声が上がった。
「初めて食べたけど、外カリカリ、中とろとろ……フレンチトーストとは全然違う!」 「レモンの香りが爽やかで、甘いのにくどくないのがいいね。」
キッチンでは注文の波が押し寄せ、忙しさはピークに達していたが、誰ひとり文句を言うことなく、連携を取り合って料理を出し続けていた。そんな中、ひと段落したタイミングでオーナーの九重が厨房に顔を出し、零也に声をかけた。
「零也くん、本当にありがとう。今日のフェア、大成功だよ。お客さんも喜んでるし、スタッフも活気に溢れてる。すべて君のアイデアから始まった。」
零也は軽く笑いながら頭を掻いた。
「いえ、オーナーや美春さん、スタッフの皆さんが一緒に動いてくれたおかげです。僕ひとりじゃ絶対無理でしたから。」
そこへ、美春がエプロン姿で駆け込んできた。
「零也くん! 今、常連さんたちが“フェアの料理、全部制覇したい!”って言ってたよ!すごいよね!」
「ほんとに? それ、めちゃくちゃ嬉しいな……」
「もう、またそうやって謙遜する~。でもね、やっぱり零也くんのセンスと行動力のおかげだよ。」
店内は夜になってもにぎやかさを失わず、スペインフェアはその初日から大盛況のまま幕を閉じた。零也の提案によるメニューは、フェア終了後も“期間限定延長”という形で継続されることが決定。ルミエールの新たな定番として、多くの客の記憶に残る存在となった。
閉店後、静けさを取り戻した店内で、零也は厨房の隅で一息ついていた。その表情はどこか達成感に満ちている。
(料理って、やっぱり人の心を動かす力があるんだな。もっといろんな料理を知って、作って、誰かに届けていきたい……)
そんな想いを胸に、零也は次なる料理の世界へ、また一歩を踏み出そうとしていた。彼の“食の旅”はまだ始まったばかりだ。
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