第16話 魅力的な料理たち
数日後の放課後、零也は天音と優花里に連れられるようにして、再びレストラン「ルミエール」へと向かっていた。足を運ぶことには乗り気ではなかったが、二人からの強い誘いを断りきれず、結局観念することになったのだった。
最初に話を持ちかけてきたのは天音だった。彼女は柔らかな笑みを浮かべながらも、どこか鋭い眼差しで零也を見つめて言った。
「零也くん、あなたの考案したメニューがまた採用されているというのに、様子を見に行かないのはどうかと思いますよ。美春さん、少し寂しそうでしたし。」
その言葉に続けるように、優花里がからかうように笑いながら言った。
「ま、美春があんたのこと気にしてるのは確かだよね。別に、考案者があんただって宣伝されてるわけじゃないし、名前が出るわけでもないけどさ。それでも、ちゃんと見に来てあげたら? 何も言わなくても、美春はきっと喜ぶと思うよ?」
零也は肩をすくめ、渋い顔でため息をついた。
「……わかったわかった。行くって決めたから、もう文句言うなよ。」
歩きながら、三人は軽く談笑を交えつつ、ルミエールへと向かっていった。
店に到着すると、ルミエールの店内はすでに多くの客で賑わっていた。柔らかな照明に照らされるテーブル席には老若男女さまざまな客が座り、それぞれに料理を楽しんでいた。新メニューの効果もあってか、全体に明るく、活気に満ちた雰囲気が漂っている。
天音が店内を一瞥して、静かに微笑んだ。
「すごいですね……どのテーブルにも、あなたの考えた料理が並んでますよ。」
零也も無意識に店内を見渡すと、彼の目にも自分の料理が次々と運ばれていく様子が映った。隣のテーブルでは、女性客がスプーンを片手にグラタン風冷製スープを味わっており、友人に向かって笑顔で言っていた。
「これ、冷たいのにコクがあって美味しい! ちょっと初めての感覚かも!」
さらに別のテーブルでは、スパニッシュオムレツを囲んでいる家族連れの姿があり、母親が「見た目が可愛いから、普段は野菜を食べないのに喜んで食べるのよね。」と話し、子どもたちは夢中で食べていた。
そして、奥の席ではカップルがブランマンジェをシェアしており、「上品な甘さってこういうことかもな」と、笑みを浮かべながら会話を交わしていた。
それらの様子を見た零也は、心の奥がくすぐったくなるような不思議な感覚を覚えながら、少し照れくさそうに呟いた。
「……まあ、喜んでもらえてるなら、それでいいけどな。」
一方で、かつて考案したルミエールスペシャルプレートも人気は衰えておらず、「アラビアータのピリ辛がクセになる!」「ミートソースって、やっぱり王道だよね」といった声が、あちこちのテーブルから聞こえてきた。
その様子を見た優花里が肘で零也を軽くつつきながら笑った。
「ほら、スペシャルプレートもバッチリ人気継続中。あんた、本当に良い仕事したじゃん。」
天音も優しく頷きながら、零也の顔を見て言った。
「あなたの料理が、こうやって多くの人に笑顔を届けている。それを目の当たりにして、私までちょっと誇らしい気持ちです。」
零也は少しだけ視線を逸らしながら、ぽつりと答えた。
「……いや、別に俺ひとりの手柄じゃないし。美春さんやオーナーがいなかったら、こんなふうにはならなかったよ。」
そのとき、奥のカウンターで接客をしていた美春が零也たちの姿に気づき、驚いたような表情を浮かべた。そして、すぐに笑顔で小走りに駆け寄ってきた。
「零也くん! 来てくれたんだね!」
「……ああ、天音さんと優花里が強引に誘ってきたからな。」
そう言いながらも、零也の表情はどこか穏やかだった。美春は少しだけ照れながらも、心から嬉しそうに微笑んだ。
「でも、本当に来てくれて嬉しい。新メニューも評判良くて、毎日のように注文が入ってるの! 本当にありがとう、零也くんのおかげだよ!」
その言葉に、零也は一瞬だけ美春の瞳を見てから、少しだけ口元を緩めた。
「……俺の手柄ってほどでもない。二人が頑張ったから、だろ。」
美春はその言葉にさらに笑顔を深め、両手を軽く胸元で握りしめた。
「ううん、零也くんがいてくれたからこそ、あのメニューたちは生まれたんだよ。私はそう思ってる。」
その後、三人は席に戻り、新メニューの中からそれぞれ好きな料理を注文し、改めて味を楽しんだ。料理が運ばれてくるたびに、どこか誇らしさと安堵が混ざり合ったような空気がテーブルに流れていた。
その夜、零也は静かに思った。自分の作ったものが誰かの笑顔につながるということ、それがこんなにも心に響くのだと。
ルミエールの店内には、温かな笑顔と香ばしい料理の香りが、今日も満ちていた。
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