【完結】1人だけ魔球投げれますが意外としんどい

ぱちぱち

第1話 1人だけ超人野球をやってますが意外としんどいです

 野球というスポーツには魔球と呼ばれるものが存在する。


 まぁ大体の意味合いで「まともに打つことが出来ない凄い投球」の事を言ってると思えばあってるはずだ。


 この魔球という言葉に憧れた球児は数知れないほどいる。俺もそうだった。


 だってロマンの塊じゃないか。他の誰も投げられない、まともに打てないような必殺技だ。それを投げてバッタバッタと強敵をなぎ倒していき、死闘を繰り広げて甲子園を制する。数ある野球漫画のほとんどがそういう構成なのは、そこにロマンがあるからだと俺は思っている。


 いや。思っていた、が正しいかな。


 俺――僕の名前は権藤あまね。前世はしがない30代のサラリーマンだった。自慢は高校の頃、野球部に所属して甲子園の土を踏んだ球児だったって事だろうか。これが営業職だと結構な話のネタになるから、会社での評判は上々だったはず。まぁ、その分頑張りすぎて力の抜きどころを間違えて、ぽっくり逝ってしまったんだけどね。


 そんなぽっくりと逝ってしまった僕は今、自分が生活していた日本によく似た世界で女の子に生まれ変わった。女神様と名乗る人が、僕をこの世界に生まれ変わらせたからだ。最初は女の子に生まれ変わったせいで色々大変だったけど、10年以上が経過するとなんだかんだ慣れてくるもので今じゃぁ立派に女の子が出来ているはず。


 前世とは性別が大きく違ってしまったが、変わらない事も一つある。


 僕はこの世界でも球児になった。女神様との約束通りに、甲子園に出るために。


 ただ、予想よりもしんどいんだよね。


 何がって?


 魔球がだよ。







 マウンドの上で、ガリガリと頭を掻く。女の子っぽくないっておかーさんにはいつも怒られてしまう仕草だ。でも、生まれる前から染みついた癖はなかなか抜けないものなんだよね。


 さて、現状はひじょ~に悪い。


 リトルの全国大会決勝6回の裏で7-6。エースピッチャーのケーちゃんが球数制限でマウンドを降り、二番手のピッチャー諸星くんは1アウトしか取れずに3失点して三番手の僕がマウンドに上がった。


 ここまでは良いんだけどさ。1アウト満塁で一打逆転の場面に相手は全国大会常連の強豪勝俣リトルで4年生の頃から4番に座り、今年の世界選手権で本塁打王に輝いた左打の怪物、網走くん。


 片や将来の日本の主砲候補で、片や全国大会には結構来るけど優勝経験がないチームの三番手投手。格の差は……これ普通にやったらまぁ詰みだよね。頼りになるはずの監督に視線を向けると、無事に終わってくれと神頼みみたいなポーズで天を仰いでいる。頼れる仲間たちを振り返ると……目、目が死んでる……


 リトルの守備力じゃぁ長打を打たれればほぼ捲られる状況を押し付けられたわけだし、僕も自分の投球術に自信があるとはいえ直球とスローボールだけで目の前の怪物を完封できるかというとそこまで自意識過剰には成れないところ。


 これが変化球も解禁されてたら話は別なんだけどね。リトルの内は変な癖が体につくからって禁じてるチームが多くて、うちもそうなんだ。


 いや、これでもさ。間違いなく世代トップの力は持ってると思うんだよね、僕も。全国区のチームの3番手ってのも本来は凄いんだよ。相手がちょっと化け物染みてるだけで。


 さて、嘆いていても仕方ない。本当なら敬遠しちゃいたいんだけど主砲でもあるエースが降板したうちのチームの打撃力で向こうのピッチャーから点が取れるかっていうと正直心許ない。地力じゃ大分こっちが格落ちだから、むしろ優位に立ってるのが奇跡まであるんだよね。


 だからこそ、ここでこの相手を抑えたいんだけど……内角高めに明らかなボール球を投げる。高めのボール球だ。最初はもう目に球筋を焼きつけさせるくらいの気持ちで思い切り投げ込み。


 ビュンッと音を立てて放たれたボールは、カキーンッ! という快音と共に矢のような速さでうちのチームのベンチに飛び込んだ。監督が悲鳴を上げてよけてる。



「ファール!」



 高めの棒玉を普通にまさかり打法みたいな打ち方で合わせてきた。なんだこいつ、悪球打ちなんてレベルじゃないだろ今のは。



「まぁ、1ストライク儲け儲け」



 ヒヤリと背中を伝う汗を苦笑いでごまかしながら、投球モーションに入る。変化球使いてぇ。でも使うとめちゃめちゃ怒られちゃうからな。うちの監督は育成重視でチームの子を怪我無くシニアに上げるのが自分の仕事、みたいに思ってる人だからね。むしろそんな監督のチームだから入ったってのもあるし、そこは満足してるんだけど。


 グラブを入れ替えて、今度は左腕での投球。1球スイッチ投法だ。前世だとルール改正で出来なくなったけどこの世界ならセーフ! ぎょっとした顔をした相手によし、効果ありとほくそ笑みながら相手の足元低めに直球を放り込む。


 だが怪物はやはり怪物だった。カキーンッ! とまた快音が鳴り、今度はライト側の観客席に飛び込む大ファールだ。読みが外れた分振り遅れてるんだろうが、これ少しでもコース甘かったらホームランだったなぁ。そして両方見ちゃったから、多分次はバットが届くところならどこでも打ち返されそうな気配がする。


 これは不味いな。非常にまずい。抑えられないだろうな、という予感以上に、これは状況が整いすぎているな、と自身の経験が警告を発する。今生に生まれ変わって早11年。覚えのある感覚が自分の中に満ち満ちていくのを感じる。



「女神様。女神様。もうちょっと見ててください……」



 必死に祈りを捧げるも、その瞬間は訪れてしまう。



【大舞台での逆境を確認しました。ロマンボールガチャを開始します】


「やめちくりぃ……」



 僕以外には聞こえない機械的な音声が大音量が鳴り響き、僕以外の時間が全て停止する。そして灰色になった景色の中で、僕とバッターボックスの間に巨大なガラガラ抽選機が出現する。



【権藤あまねさん。5度目の抽選ですね。今回も良い魔球が揃っていますよ】



 抽選機の手回し部分を握る巨大な手が、こちらに向けてそう声をかけてくる。この手は僕を転生させた女神様の手だ。本人は存在が大きすぎるとかなんとかで現世に降りてこないが、こうやって僕が野球でピンチになった時に抽選機と一緒に手だけになって降りてきてくれる。


 彼女が期待しているものを見るために、24時間彼女は僕を眺めているのだそうだ。そして、自分の中に設けたルールをクリアした瞬間、このような形で現世に干渉してくる。


――僕に魔球を投げさせるために。


 ガランゴロンと音を立てて抽選機が回り始める。初めて見た時は興奮した。二度目の時はまだ期待していた。三度目で色々察して、四度目でもう見たくないと思い、そして今。僕は天に向かって祈りを捧げている。


 そして抽選機から吐き出されたボールとそこに書かれた文字を見て、僕は天を仰いだ。







 対戦している女の子の空気が変わった。理屈は分からないが、バッターボックスに立つ網走あばしりきわむは確かにそれを感じ取った。危険が自分に迫っている。世界大会の折、デッドボールをわざと投げ込んできたメキシコの少年が居たが、その時と同じような危機感を感じたのだ。


 まさかこの状況で死球狙い? いや、押し出しでも同点の場面だ。この場面でわざと死球を狙うよりも潔く勝負して打たれた方が互いの評価にも影響が少ない。全国に来るような選手ならその程度の損得は頭の中で計算できるはず。もちろんそれらも計算できない程度のオツムしかないなら話は別だが、ここまでの投球を見るに非常に理知的な投球をしているように見えた。


 では、なぜ自分は危険だと感じている?


 網走は内心でそう分析し、一旦空気を入れ替えるかとタイムを取ろうとした瞬間、あまねが投球モーションに入ったのが目に入る。


 少し遅れたか。だが、細心の注意を払えば。


 自身にビーンボールが襲い掛かる事を視野に入れて身構える網走の目の前で、投球モーションに入った権藤あまねに《b》/bが降り注ぐ。



《center》《xbig》ドシャァァァン!!!《/xbig》《/center》



 一瞬の閃光。眩む視界と爆弾が目の前で爆発したかのような衝撃。思わずたたらを踏みそうになった網走の目の前で、電光を浴びて骨が丸見えになった少女が振り被っていた。



「は?」



 思わず呆けたようにそう口にして、そして呆けている間に彼女の手から放たれたボールは電光を纏いながらジグザグに。まるで稲光のような軌跡を描いて、網走の目の前を通り過ぎキャッチャーのミットに飛び込んだ。



「あばばばばばばば!」



 電光を纏ったボールを受け取ったキャッチャーが声を上げる。感電したのか、彼も少女と同じように骨身の姿を周囲に晒している。だが、彼はそんな有様になりながらもボールを取りこぼさない。まるで覚悟していたかのように飛び込んできたボールをミットで受け止めた後、それを抱きかかえるようにして抑え込む。


 そうやっていじらしいほどの男気でキャッチした球を、キャッチャーはカタカタと震えながら審判に見せるように掲げた。その動きに、いきなり目の前に雷が落ちた事に動転していた主審は思わず、条件反射のように声を張り上げる。



「ス、スットラーイク! バッターアウッ!」


「は?」



 主審のコールにまたも呆けるように声を出し、網走は振り返って主審を見る。網走に見られた主審が我に返り、大きな声で「タイム!!!」とコールをかける。



「成し遂げた……ぜ……」



 試合が一時中断したのを確認したからか。男気を見せたキャッチャー、田中コータがそう言ってニヒルに笑い、バタリと仰向けに倒れ伏す。



「た、たんか! 担架ー!」



 キャッチャーが倒れた瞬間、彼らのチームの監督が血相を変えてベンチから飛び出してきた。いや、そうだよな。今とんでもない事故が起きたよな。目の前で起きた信じられない出来事に網走は自分の感性がおかしくなってはいないことを確認する。



 ――というか、余波を受けたキャッチャーがぶっ倒れたなら直撃したピッチャーはもっとヤバいのでは? ていうかもしや死――



 そんな簡単な事に今更ながらに気付いた網走が慌ててピッチャーマウンドに目を向けると、そこには電光を纏った相手のピッチャー、権藤あまねが時折光って骨身を晒しながらマウンド上で仁王立ちしていた。



「――マジかよ」



 明らかに雷を受けたというのに、見た目だけは五体満足でマウンド上に立つ少女の姿に、網走は大きな音を立てて唾を飲み込んだ。野球の実力とかそんなものではなく、かの少女が放つ迫力に自分は気圧されている。


 格下の投手だと思っていた権藤あまねの名前が、彼の心に深く刻まれた瞬間だった。


 そんな網走の心情など露知らず。権藤あまねは時折バリバリと電光を放ちながら、グラブをはめていない左手を高々と頭上に掲げる。



「2アウトー!」


「「「いやいやいや」」」



 自軍の守備陣、相手側のベンチ、そして審判に両チームの応援団に至るまで。全員の心が一つになった瞬間である。







「負けたぁ」



 病院のベッドに縛り付けられた僕は、ベッドの上でチームの勝敗を耳にすることになる。相手の怪物くんはなんとか打ち取った?ものの正捕手の田中くんが抜けた穴は大きく、僕の後続で投げた4番手投手が打たれて逆転サヨナラ負けになったそうだ。


 いやぁ、そうだよな。そうなるよな。雷落ちて当たったら普通病院に担ぎ込まれるよな。普通こうなるんですよ? 女神様?


 虚空に向かってそう語り掛けるも返事はない。聞こえてないわけじゃない。ばつが悪くて聞こえてないふりをしているだけだ。


 僕が相手の4番を打ち取った瞬間は遠くの空から「うぉぉぉ! サンダーイナズマボール! 相手は死ぬ!」とかテンション高めな女神さまの声が響いてきたんだが、そのままマウンドから引きずり降ろされた辺りから聞こえなくなった。相手を殺してどうすんだよ野球だぞ。しかも死んだのは味方のキャッチャーだし。


 あ、死んだっていうのは例えの話ね。キャッチャーの田中のコーちゃんは元気にピンピンしてる。女神様の魔球は焼けたり痺れたりと受けた瞬間は動けないほどのダメージが来るけど試合が終わったらケロっと治る仕様らしい。過去の4回も全てコーちゃんが受けてくれてたし、彼の言葉に間違いはないだろう。実世界にギャグ補正を適用させるなとあまねは声を大にして言いたい。


 そして、だからこそ女神様は毎回毎回とんでもなく使いづらい魔球を僕に投げさせてくるのだ。後に響かなければ良いだろと本気で考えてる節がある。いや、それで負けてたら意味ないと思うんだけど結局のところ、かの女神さまはあまねが魔球を投げて敵をバッタバッタとなぎ倒すのが見たいのだ。そこに行くまでのあれやこれやとかその後のあれやこれやはあんまり気にならないのだろう。


 権藤あまねは。あまねの前世は、多種多様な変化球を駆使する両手投げの投手だった。その変幻自在の投法から在学中は魔球使いと呼ばれ、一度はプロに声がかかった事もあった。


 だから彼女の。女神さまの、魔球という存在に対する愛というか、執着はなんとなく理解できるのだ。自身も魔球と呼ばれるものを身に着けようとあがきにあがいた経験があったから。



「ただ。ただ、解釈が違うんだよなぁ」



 魔球はただ投げればいいわけではない。それを投じるに至るまでの過程が重要なのだ。ひらめき、特訓、強敵との対戦、そして完成。このステップを踏まなければ魔球のロマンは完成しないとあまねは考えている。ただ与えられたものをポイッと投げるのはなんか違う。


 そして女神さまがポイッと与えてくるものは、あまねにとって重要な過程を飛ばしているからか大体が荒唐無稽な、ただただド派手なだけで使いづらいものだったりする。使いづらいどころじゃないな。一球投げるたびにキャッチャーがぶっ倒れてどうすんだよ。


 結果としてあまねたちの所属するハラキリトルベースボール倶楽部は全国大会決勝を敗退した。勝てば官軍なんて言葉もあるが、どんだけ凄いことが出来ても負ければ終わりだ。あまねたちは勝負に負け、1番になれなかったのだ。



「これ絶対に評価が微妙になる奴だよなぁ。ただでさえ女って事で色々ハードル高いのに」



 中学時代に強豪クラブに入れるかどうかで、その後の進路は間違いなく大きく変わるのだ。そのために育成重視のチームに所属しているのに、その計算が全部ご破算になりかねない状況である。


 ブーたれるように愚痴を言うと、遠い空のかなたから僕にだけ聞こえるように小さくごめんなさいという声が届く。悪いとは思っているのだが、テンション上がるとまた同じことをやるんだよな、という確信がある。まぁ、生まれ変わらせてくれてもう一度野球をやれるようにしてくれた恩があるため、僕としても強く女神さまを非難する気持ちはない。


 ただ、普通に野球をやらせてくれた方が目的達成には近道なんだけどなぁ。甲子園までの道は果てしなく険しいよほんと。


 病院のベッドの上で、権藤あまねは呟くようにぼやいた。


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ラーメンが食べたくて 異世界転生ハードモードとんこつ味

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