6−4



 ネオ大江戸城に到着した。太陽がちょうど地平線に沈んだところで、もうすでに月が顔を出している。


「まぁ、あきらかに『何かしています』という感じの雰囲気ですわね」と、カカさんが呆れ声を出して、

「これほどまでにあからさまに護衛を配置するなんて、ここで倒してくださいって言っているようなものだよね」と、スーさんはやる気満々で指を鳴らしている。


 私は一度、大きく息を吐き出した。


 まだ、引き返すことができる。そうすれば、私は何も見なかったことにして家出姫を続けることができる。私の領地だって、何も咎められることはないだろう。

 けれど、私が一歩を踏み出せば、それは、謀反と取られても仕方がない。


 すると、私がネオ大江戸城の前に到着したことを察したのだろう、すちゃっと銀之助が私の背後へと舞い降りた。

 私は振り返る。

 そこには、三人の従者が立っている。

 たった、三人。立ち向かう城の護衛はゆうに百を超えるだろう。

 成敗するは、先代、徳川煉弥。


 失敗したら、打ち首ものね……。いいえ、失敗しなくたって私の、そして私の従者の首は刎ねられるだろう。それでも、三人は私の目の前で膝を折り、首を垂れた。


「姫様──。我ら、あなた様の手となり、足となり、時には目となり、付き従うと心に誓い、あなた様のために命をかける者」と、カカさんが言葉を放つ。


「ぼくらは、あなた様に出会った瞬間より、あなた様の才に魅了される者。我らの長は国の長にあらず。我らが付き従うのは、姫様が姫様でいらっしゃるがゆえ──」

と、スーさんが言葉を続けて、


「どこまでついていきやしょう。そこがどんな地獄でも、あなた様と共にいられるその場所が、我らの桃源郷だ──」と、銀之助が言葉を締めた。


 私は、一歩足を踏み出して、胸を張る。顎を引き、前を見据えて、凛と声を放つ。

 これは、私が一番最初に覚えた姫作法。


右京花梨華うきょうかりんか左京鈴華さきょうすずか六道銀之助りくどうぎんのすけ。今宵、あなたたちの命、再び私に預けてもらいます。ついてきなさい。この国の膿を搾り出しますよ!」


「「「御意──!」」」



 そして、私たちはついにネオ大江戸城へと潜入した。



***



 城の最上階で行われるだろう悪行を暴くためには、私たちの侵入が敵に知られるわけにはいかない。最悪の事態──それは、敵がこちらの動きに察して、祝言の儀を予定よりも早く行い、私たちが駆けつける前に桜子様が瑳希との既成事実を終わらせてしまうこと。もしくは、敵が瑳希を連れて他の城へと逃げてしまうことだ。

 そうなれば、瑳希を救う出すことが不可能になるだろう。


 そして、実の息子を政治の駒として使うようなお方だ。瑳希を殺して、先代である自分が再び将軍の地位に就くことだって視野に入れていないわけがない。だから私たちは、瑳希と暗躍し彼を救い出そうとしているわけではない──と敵に知らしめなければいけない。私たちの勝手な犯行だと知らしめることで、瑳希の命は繋がれるだろうから。


 ……時間はないけれど、慎重にいかなければ。


 やっとの思いで、城の最上部までたどり着いた時、不穏なる鈴の音が鳴ったところだった。祝言の際に、花嫁が花婿へと向かう時に鳴らされる鈴の音だ。


「姫様! はじまりました! もう、時間がありませんわよ──!」


 カカさんに急かされるように、私は三人に指示を送る。


「ここまで来れたら、こちらのものです。みんな、計画通りに! 一気に討ち入ります!」


 廊下に張り付いていた護衛を薙ぎ倒し、そして私たちは城の最上階に広がるまつりごとをするための部屋、その襖を豪快に開いた。

 景色が視界に飛び込んできた瞬間に、胸が熱くなって、思わず涙が込み上げた。


 見事に飾られた大きな和室は、紅白美しい花々で飾られ、惜しげもなく金が使われた装飾で彩られており、それは将軍が祝言を挙げるに申し分ない豪華さだ。

 白無垢姿の娘が部屋の真ん中に立っている。上質な仕立ての白無垢には金糸で刺繍が施されている。

 白無垢姿の娘の隣には──、同じく祝言用の着物に身を包んだ彼の姿があった。


 祝言の景色──だと、心を切り替えられたらいいのに。

 それは、どこからどう見ても祝言の景色で、それだけで胸が破裂してしまいそうだ。


 もしも、彼がそれを望み、それが彼の幸せなのならば……私は謹んで身を引こう。


 だけど、こんなことは許せるはずがない。


 瑳希の両手は縄で拘束されて、その縄は天井の梁に括られており、瑳希は両手を持ち上げられた状態で身動きが取れなくなっている。まるで奴隷のように、両足にも重石つきの足枷が。

 着物の襟元は乱れており、はだけて晒さられ彼の胸筋を触るように、白無垢の娘、桜子様が指を這わせていた。

 それを、面白そうな顔をして眺めているのは、部屋の最奥の屏風の前で腰を下ろして扇子を仰いでいる──先代、徳川煉弥様。



「その祝言、先先代の意向に反すると、勝手ながら判断させていただきました!」


 私の言葉に呼ばれるように、瑳希が顔を上げる。驚きに眉を顰めながら、焦点の合わない瞳でしっかりと私を瞳孔の中に映してくれる。

 そんなになるまで、媚薬を盛られてしまったんだ。急がないと──!


「凛。バカ……お前、こんなところまで来るなんて……」


 瑳希の言葉にはいつもの覇気はなくて、だけど、この一言で私はわかってしまった。

 瑳希は、やっぱり瑳希なんだね。

 私の中の思い出のあなたが本当のあなたではなかったら──と、私は怖かった。だけどやっぱり、私、あなたに言われたすべての言葉を、信じたいの。


 力なく、瑳希が口角を持ち上げる。人をバカにするように笑ういつもの仕草は、彼が私の前では将軍としてではなく、ただの男の子として笑うからだ。


「あなたがそんなに覇気なく笑うなんて、謙虚すぎるわよ!」


「言うねぇ……」


 瑳希はそう言うと、両腕の拘束から抜け出そうと再び足掻き始めた。彼の手首からは血が滲んでいる。一体、どれだけの時間ここに拘束され、どれだけの痛みを持ってして、足掻いていたんだろうか。

 もっと早く、私があなたを追いかけていれば──!


「先代将軍、徳川煉弥様、あなた様の愚行、目に余るところがございます!」


「小娘の分際で生意気な! であえ、であえぇーーーー!」


 煉弥様の冷徹な顔が怒りに歪む。そうだった、先代のこのお方の二つ名は、烈玄れつげんの君。その暴君ぶりに、先先代からお役御免を言い渡され隠居をさせられた。


「私は、この祝言だけの話をしているのではありません! ですが、このままでしたら、お話は聞いてもらえなさそうですね!」


 私の両脇に、私の従者が立ち並ぶ。


「スーさん、カカさん、銀之助。懲らしめるから手伝ってちょうだい!」


「ぼくらの姫様は、国の元大将にも手厳しいね」

「あらん? だけど、そんな姫様だから好きなんですのよ」

「無茶ばっかり言うけど、仕方ねぇよな! 姫さんがやれって言うんだからよ!」


 言いながら、三人は煉弥様の従者をどんどん薙ぎ倒していく。

 踊るように華麗であれ。薙ぎ倒す時でも淑やかに。スーさんとカカさんの体術が、敵を圧倒していく。その隣で、豪快でかつ繊細な銀之助の忍術が披露される。三人が私に道を作ってくれるその中で、私は瑳希の元まで駆けつけた。


「瑳希に話すことはいっぱいあるけれど、その前に……」

「おい! 凛、危ねぇ!」


 瑳希の一驚とともに、私に振り落とされたのは、一振りの短刀。

 駿河桜子様が、白無垢の中に隠し持っていた短刀を私に振りかぶったのだ。右手で彼女の片腕を掴み上げ、左手で手刀を落とすと、桜子様はあっけなく短刀から手を離した。


「七姫であれば、これくらいの体術は護衛の一環では?」


 私は彼女に視線を落とす。私に拘束された彼女は、悔しそうに私を睨み返した。


「体術なんか習わないわよ! 姫とは、蝶よ花よと愛でられる象徴じゃない!」


「いいえ、桜子様。私たちは七姫。容姿、教養、知性と慈愛。そして生き様の全てを使い領民を導くべき者です。その先に、国の母となる未来があるかどうかは、この国の将軍様ただお一人だけが見定めるもの。そのための大奥制度です。それを悪手に取り、この国を図ろうなんて、言語道断。その悪秀、あなた様のご尊顔にも現れておりましてよ?」


 私は桜子様の両手首を後ろ出て括った。その頃の彼女はもう項垂れており、何も言葉を発しなかった。


「──瑳希ッ!」


 私は急いで彼の元へと向き直る。

 ダメダメ、泣いたらダメ。そうわかっているのに、彼の隣に立つだけで、涙が止まらなくなってしまう。


「バァカ。泣くなよ……」


「だって……だって! 瑳希、こんなことになってるなんて──」


 瑳希の手首には縄を食い込んでおり、瑳希の両手は青く鬱血していた。多分、私の想像なんて上回るくらい彼は足掻いたのだろう。彼の手首からは血が滴っており、数滴の血痕が畳を赤黒く染めている。声には覇気がなくて、息が上がっている。瞳の焦点は力なく泳いでおり、どれだけの媚薬と薬を盛られてしまったのか──想像すらしたくなかった。媚薬だって、盛られ過ぎれば後遺症が残る。

 私は桜子様が落とした短刀を拾い上げて、瑳希を縛り上げる縄にあてがう。


「すぐ、今すぐに、外してあげるからね──!」


 力いっぱい込めて、だけど瑳希に怪我をさせないように、縄を切り解いていく。縄の拘束が切れると、瑳希の両手がようやく解放される。

 すると、瑳希の腕が落ちてきて、彼が倒れ込むように──、

 私を抱きしめた。


 それは、いつもの強引な瑳希とは思えないほどに、力のない抱擁。


「バカ。こんなところに来やがって、お前に何かあったらどうすんだよ……」


 瑳希の胸元から咽上がるほどの麝香じゃこうの香りが立ち込めている。


「瑳希、ねぇ。これを飲んで?」


 私は胸元に隠していた、薬を手に取った。それは、カカさんに頼んでデンショバトを飛ばし、花の都、花京町から取り寄せた、媚薬を打ち消す調薬だ。

 媚薬、毒薬、堕胎薬と、裏の花町で転売されていた花京町の薬たち。私は彼らのその知識を逆手にとって、花の街を香の生産地だけとしてではなくて、薬師の都へと育ててあげていた。優秀な薬師が育つ土地は、自然と治安も良くなる。花京町は、今は最も安心して訪れることの出来る花の街になった。

 

「安心して? 媚薬の効果を消すことのできる、お薬だから」


 薬紙を開いて、調合された薬を瑳希の口元にあてがう。けれど、体力の落ちた彼は咽せるだけで薬をうまく飲み込めないようだ。


「瑳希、目瞑って?」


 瑳希は言われるままに瞳を閉じる。私は薬を自分の口元に運び、そして、瑳希の唇に口づけを落とした。私の唾液を絡めた深い接吻を通じて、彼の口内に薬を口移しする。彼の喉元が嚥下したのを確認して、私は、唇を離した。


「なぁ? もう一回して?」


「んもう! 今は、それどころじゃないんだから!」


 私を揶揄うように声を出す瑳希を諭そうとすると、瑳希が私の腕を引っ張った。


「それって、今じゃなければ、お前に何度でも口づけていいってことか?」


 倒れ込むように彼の胸元に引き寄せられて、彼が私の顎を引く。


「ん……っ!」


 奪われるように唇を押し付けられる。一瞬でそれが離れてしまったのは、瑳希の体力がそれだけ落ちてしまっているから。

 だけど、それでも瑳希はいつものように意地悪な笑顔を顔に浮かべた。


「凛、お前。祝言の儀ここに来るってことは、そういうことだぞ? オレと婚儀を結ぶってことだって、わかってんのかよ?」


「それは……」と、私は言葉を濁す。


「それに、そんなに綺麗な格好してきちゃって……。似合ってるよ。本物の花嫁みたいだ……」


 瑳希は私の反物にそっと指を這わせた。それは、カカさんに用意してもらった、純白の着物だった。白無垢姿には負けるけれど、それでも、この衣を選んでしまったのは、私の無意識の願望だったのかもしれない。


「なぁ、凛? このままここにいろよ、オレがお前を溺愛してやるから……」


 縋るように、瑳希が私を見つめ返した。

 そんなに切ない顔をしないで。だって、私の心はとっくにあなたのものなのに。


 だけど、私はまだ仕事が残っているからと、瑳希をそっとその場に横にさせた。


「瑳希は待ってて?」


 私は彼に笑顔を送る。いつも、彼が私に向けてくれるみたいに、くしゃっと笑う微笑みだ。それは七姫としての私の笑顔じゃなくて、ただの凛の笑顔。


 そして、私は彼に背中を向けた。もう、私の顔は凛じゃない。


 一歩を踏み出す。背筋を正せ、この先の私の反逆で、たとえ先代が私の首を打ち落とそうとも。

 

「ニホンノクニ、先代将軍! あなたの悪行の数々、この七姫の一人皇凛が許しません!」


 私は、慧花の姫。

 生き様で正義を示したいの。


 だから、今、ニホンノクニの最大の悪代官を成敗するわ!

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る