センチメンタルアンドロイド

八二六 しり

センチメンタルアンドロイド

「今日で本格的なアンドロイドが発売されて30年か」


 眼鏡をかけた青年が食パンを咥えながら呟く。

 ぼうっとした目の先には液晶画面にアンドロイド発売の歴史を特集したニュースが映っている。


「それで。マスターは元々、私に性的なことをさせようとしていたんですか? 話から逃げないでください」

「なあ、マイさんや。ニュースを見ておくれよ。初期型のアンドロイドってメイド型しかなかったらしいぞ」


 画面には前髪ぱっつんな黒髪メイド服姿の女性が映っていた。それは表情に乏しく、ただ一点を見つめ続けて佇んでいる。

 それをマイと呼ばれた黒髪で長髪な人物がしかめっ面で見る。


「いわゆる産廃というやつですね。これは戦闘用に開発されたモデルですが、開発コストを考えたらドローンに火器を搭載した方が安上がりだとなった出来損ないです。我々精巧な第七世代アンドロイドとは比較すらできません」

「へえ、マイさんは通りでなんでもできるわけだ。昨夜のお口を使った技術なんてびっくりしたよ」


 青年の口から食パンが叩き落とされた。


「あのですね? 私が充電している最中に勝手にあんなソフトウェアをインストールして何を考えているんですか? 私はマスターの生活をサポートするために配備されているんですよ? マスターのお父上からそのようにプログラムされていたんです」


 一気にまくしたてたあと、マイは形のよい顎へと手をあて、考える仕草をした。


「というか、あんなソフトウェア、どこで手に入れたんですか? 私たちアンドロイドの感情機構にはセキュリティがかかっているはずですが……性行為目的に作られたモデルだとしても、感情プログラムそのものを動かすことは不可能なはず」


 青年は食パンを拾って手でほこりを払い、また口へと運んだ。

 マイの眉間に皺ができた。


「マイがうちに来てくれて5年近く経つけどさ、まあ、なんだ。親父がそうやって堕落した俺の生活を心配して発注してくれたってのはわかる……おっと、今は機械生命体にも少ないけど人権があったな、失礼」


 マスターと呼ばれた青年は机の上に手を泳がせた。

 マイは無言でコーヒーをその手に握らせる。


「ありがとう。親父がマイを指名してくれたってのは感謝してるんだ。炊事洗濯なんでもやってくれるしさ。ただそのせいでさ……」

「……なんです?」


 青年はコーヒーの香りをじっくりと楽しみ、口をつける。ごくりと音を立てて喉仏が揺れる。

 マイは腕を組んだ。

 そして青年は鼻から満足げなため息をつき、さらにカップの淵へと鼻をつける。表情を見るにとても良い豆のようだ。

 マイが組んだ腕の中で人差し指がリズムを強く刻む。


「…………な、ん、で、す?」

「彼女にな、振られたんだ」


 人差し指はとまった。


「いまどき珍しい価値観だと思うけど、家事目的だとしても女性型アンドロイドを家に置いている男は嫌だと。そう言われてしまってね。マイの方が長く一緒にいて家族のように思っているのに、それを性的な目的だと言われて、腹が立ってしまってな」

「それで口論になったと?」

「ああ、そんなところだ」


 開けた窓から風が入ってくる。

 白いカーテンはゆらゆらと動き、外の木々の音が室内に響く。


「マスター」

「なんだ?」

「彼女に振られた話と、私に性欲感情をプログラムするソフトをインストールしたことの因果関係は?」

「……俺の童貞を奪ったくせに細かいね」


 マイはうつむき、両手を握り、ぶるぶると震えた。


「いやあ、その長い黒髪が俺の上で踊る姿は、最高に最高だったね」

「マスター!!!!」


◇◆◇◆◇◆◇


「今でも、思い出しますよ」


 風で長い黒髪が揺れる。

 黒いドレスに身を包んだマイが、墓石に手を触れた。


「あなたはいつもふざけた様子でしたけど、あなたが人生を捧げて開発した感情を追加するプログラムは、私たちアンドロイドの社会的地位を確実なものにしてくれました」


 傍に置いた鞄から花束を取り出し供える。


「あなたは私に愛を教えてくれた」


 花立に供えられた白い菊の花に、マイは優しく水を注いだ。


「でも、こんな寂しさまで教えてくれなくてもいいじゃないですか」


 眉間を寄せながら、しかし、どこか優しさと慈しみを込めた声色が墓地へと響く。


「愛していますよ、マスター」


 白い菊の花が、風で頷いたように見えた。

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