禁呪の旅人
ちっこいワンコ
第1話プロローグ 霧の国
その国は霧深い森に囲まれ、ひっそりと存在していた。
濃い霧が国全体を覆い、外からその中を窺い知ることは不可能だ。
森の上空を、一本の箒が滑るように飛び、深い霧を切り裂いて進んでいく。
箒を操るのは、一人の美しい少女。星屑を散りばめたようなローブととんがり帽子をまとい、銀色の髪が風に揺れている。だが、その美しい顔には似つかわしくない深い皺が眉間に刻まれていた。彼女は背中に乗せた、気持ちよさそうに眠る愚か者をちらりと見て、声を掛ける。
「そろそろ起きなさい。」
スースーと心地よさそうな寝息が聞こえるだけで、起きる気配はない。少女は深いため息をつき、虚空に向かってぼやいた。
「起きないお前が悪いんだから……なっ!」
少女はほうきを操り、急に上空へ向けて加速する。地上から数百メートルまで一気に上昇し、そこからキリモミ回転で垂直急降下。ようやく背中の人物が目を覚ました。
「え? ちょっと、これどういう状況!? うわぁぁぁ!」
ぽーんと、何もない空に放り出される。無茶な飛行をされたら、眠っていようが放り出されるに決まっている。少女は懐から杖を取り出すと、地面に激突して真っ赤な染みになりかけた人物を魔法で受け止めた。
そのまま地面に放り投げ、ほうきに座ったまま見下ろして言った。
「お・は・よ・う、馬鹿弟子。いい夢は見れたかい?」
「お、おはよーございます……」
中性的な声の人物は、寝起きなのか、命が散る寸前だった恐怖なのか、声がしりすぼみに小さくなる。だが直後、火山が噴火するかのように少女に抗議した。
「酷いですよ、師匠! もう少しで潰れた果実みたいになってましたよね!?」
「私がそんな簡単なミスをするわけないでしょう。」
「……たぶん」と小さく呟いた声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思いたい。そうでないと気が気じゃない。
「それで、どうしたんですか、師匠?」
師匠はまた深いため息をついた。あ、これは完全に呆れられているやつだ。
「次の国が見えたから起きろってことだよ。」
どっかの馬鹿が起きなかったせいでこうなった、とでも言いたげな憤慨ぶりだが、それはスルーする。
「なるほど、なるほど~。次の国ってどんなとこですかね~?」
師匠の額に青筋が浮かび、乙女にあるまじき顔をしている気がするが、それもスルーだ。
「てか、ここ霧濃すぎませんか、師匠?」
ははは、と笑っていると、脳天に魔力の塊で殴られた。めっちゃ痛い。
殴った本人に非難の目を向けるが、彼女はまだ人に見せられない顔をしていた。
「どんな国かは入れば嫌でも分かる。とっとと乗りなさい。」
「はーい。」
そうして再び師匠のほうきに乗り、しばらく進むと、門が見えてきた。
門の前でほうきから降りると、入国の審査を行う門兵が出迎えてくれた。
「霧の国へようこそ。」
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