夢見月のアリス

猫柳蝉丸

本編

 水族館に遊びに行った、お月様が照らす帰り道。

 お土産屋さんで買ったクリオネちゃんのキーホルダーをプレゼントした。

 流氷の天使。

 水の中を小さく身体で可愛らしく泳ぐ姿は本当に天使みたいだなって思う。

 わたしも大好きなクリオネちゃん。

 雅人さんも笑顔で受け取ってくれた。二人だけの思い出。二人だけのひみつ。

 笑顔に、幸せに包まれるわたしたち。こんな毎日がずっと続いたらいいなって考える。


 だけど、わたしは知っている。

 雅人さんがわたしに隠れてあの女と遊びに行っていることを。

 雅人さんはあの女と図書館、動物園、デパート、公園、野球場にまで遊びに行っている。

 ひどいよ、雅人さん。わたしだってまだその半分も遊びに行ってないのに。

 どうして?

 雅人さんはわたしのことが好きなんじゃないの?

 好きでデートに誘ってくれるんじゃないの?

 わたしよりあの女の方が好きなの?

 許せない……、許したくない……。そんなの許しちゃいけない。


 だからね、わたしは今日クリオネちゃんのキーホルダーをプレゼントしたんだよ?

 ねえ、雅人さん。雅人さんはクリオネちゃんのひみつを知ってる?

 クリオネちゃんはね、天使みたいに可愛くてね、みんな可愛らしいって思っているけどね……。

 ご飯を食べる時にね、すごい形になるんだよ?

 全身を広げて、ご飯を取り込んで吸収する、まるでホラー漫画にでも描いてあるみたいなグロテスクな姿。

 一度その姿を見た時にはびっくりしちゃったけれど、すぐに思い直したの。

 クリオネちゃんって、わたしみたいだなって。

 わたしもね、いつもは可愛く無邪気なだけど、本気を出したらすっごく怖いんだよ?

 絶対……、絶対絶対絶対……、雅人さんをあの女に渡したりなんかしない!

 わたしから離れようとしたら、クリオネちゃんみたいに雅人さんに飛びついて食べちゃうんだから……!

 わたし、本当は怖いんだよ?

 そう、クリオネのキーホルダーはわたしから雅人さんへの決意表明。絶対に渡さないってあの女への果たし状なんだ。

 うふふ、鈍い雅人さんは気付きもしないだろけど、そこも雅人さんの魅力。

 そんな魅力的な雅人さんはわたしのもの。誰にも渡したりなんかしないよ、絶対に。












     ☆



「……みたいなことをどうせ考えてるんだろう、ありすちゃん」


「ナッ、ナンノコトカナー……」


「ありすちゃん昔から何考えてるか顔に出るからね。それはもう事細かに。そんな悪い顔されたら嫌でも気付くよ」


「そ……、それなら話が早いわ! あの女と浮気するのはやめてよ、雅人さん!」


「自分のお姉ちゃんをあの女って呼ぶのは感心しないな、ありすちゃん。大体、友子は俺の幼なじみなんだから遊んだっていいじゃないか」


「嫌よ! 雅人さんをあの女なんかに渡したくない! わたしを見て、雅人さん!」


「そんなありすちゃんに問題です。俺は今年何歳になったでしょうか」


「二十三歳でしょう? わたしを試しているの? 知らないはずないじゃない」


「それではもう一つ問題です。ありすちゃんは今年何歳になるのかな?」


「十一歳!」


「この歳の差について何か思うことないのかな、ありすちゃん」


「女の子はいつだって年上の男性に惹かれるものだよ、雅人さん」


「年上過ぎるわ!」


「何が問題なの!」


「一言で言えば時代が許さなかった……。あと俺も年上の方が好みだし。あっ友子のことを言ってるんじゃないよ。何度も言ってるけど、俺の好みはもっと年上のセクシーなタイプなんだ」


「ちょっと待っててよ、雅人さん! 中学生になったら身長百七十センチくらいになる予定だし!」


「それはそれで年齢の問題は解決してないけど大丈夫か?」


「愛があるなら歳の差なんて無いわ!」


「残念ながらそこに愛は無い……」


「これから芽生えるの!」


「まあ、この話はいつまで経っても平行線だから置いとくとして、ちょっと話を変えていいかなありすちゃん」


「いいけど……、何なの雅人さん?」


「このクリオネのキーホルダー……、浮気したら俺を捕食するって意味でプレゼントしてくれたんだろう?」


「そこまで分かってもらえるなんて、わたしたち通じ合っているのね……!」


「残念ながら通じ合ってはいない。ありすちゃんは画期的なアイディアだと思ってるのかもしれないけど……、今どき擦られ過ぎててクリオネの捕食時の姿を知らない人の方が少ないんだよね。友達とかにドヤ顔で話さない方がいいよ。これは近所のお兄さんからのアドバイスだ」


「えっ」


「おっとそろそろありすちゃんちだね。水族館くらいなら付き合ってあげるから、行きたくなったらまた呼んでよね」


「えっえっ」


「クリオネのキーホルダーありがとう。大切に使わせてもらうよ。またね」


「えっえっえっ」







finis

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢見月のアリス 猫柳蝉丸 @necosemimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ