第13話
「じゃあ七十万! いや、六十万! もう一声、五十五万! ええいもってけ泥棒五十万!!」
俺はそんな掛け声を気に留めず通学路を歩いている。桜並木は相も変わらず美しい。ささくれ立った心を癒してくれるようだ。
「四十万! 三十九万! もうこれ以上ビタイチモンだってまけられないわよ!!」
勝手にふっかけて、勝手に値下げ交渉までこなした彼女は、息を切らしながらドヤ顔で俺を見つめた。俺はそんな彼女を一顧だにせず、黙々と学校へ向かう。
「三十九万!! 三十九万!! 三十九万七千円!!」
「上がってんじゃねぇか」
ハッ!
思わずツッコンでしまった……
少女の顔を見ると、みるみるうちに満面の笑みとなる。
「四十万よ! アタシの身体をキズモノにしたんだから、それなりの責任はとりなさいよ!」
「誤解しか産まない表現をするんじゃねぇよ!?」
天下の往来でなんてこと言いやがるんだ、このアマ!?
「大体、ただの学生がそんな額持ってるわけねぇだろ!? アホか? 馬鹿なのか!?」
「あ、アンタに出させるわけ無いじゃない! 親とか、そういうのに頼りなさいよ!」
「親も出すわけ無いだろ!? なんて説明すんだよ? 同級生の女子にぶつかったから四十万円支払うって? 病院連れてかれるわ!」
頭がおかしくなったと思われるだけだ!
「じゃ、じゃあ。に、妊娠させちゃった、とか? 言えば良いじゃない!」
「それこそ病院連れて行かれて、バレておわりだろう……」
「じゃあどうすれば良いのよ!?」
「どうもしなくてよろしくてよ!?」
コイツと話してると頭が痛くなってくる。本気で俺から金を毟ろうとしているのか?
自己紹介の時から残念だとは思っていたが、ここまでだったとは。
「金が欲しいならバイトでもしろ。そんだけ容姿が良けりゃあ、引くて数多だろう。……売りだけはするなよ?」
「売り? って何?」
「……分からないなら、それでいい」
「ふーん。ってかアンタ。アタシのこと可愛いと思ってるんだ?」
「可愛いとは言ってない。容姿が良いと言っただけだ」
そこには大きな違いがある。可愛いは主観だが、容姿が良いは客観的事実だ。俺の中ではそうなのだ。
「だったら付き合ってあげても、良いわよ?」
「はっ?」
「その代わり代金は、キッチリ貰うけどね」
「だからそれをするなって言ってんだよ!?」
話を聞け!?
「何でそんなに金がいるんだよ。学生に四十万なんて大金、必要ないだろ?」
遊ぶ金欲しさ、なんて言ったらマジでブッ飛ばす。
「それは……」
それまで流暢だった時田が初めて言葉に詰まった。ここで俺は察する。まず間違いなく面倒な案件だということを。
「やっぱり聞かない。コレやるから勘弁してくれ」
そう言って俺はナップサックの中から昼飯の焼きそばパンを取り出して渡した。ちなみにナップサックは新しいものだ。前のやつはビール臭くなったからな。
「え、ありがとう」
大人しく受け取る時田。まるでさっきまで金金と騒いでいた奴とは思えないほどに静かになった。
しかし、金が必要な理由か。踏み入ったところで碌なことにはならないだろう。触らぬ神に祟りなし。
俺は足早に通学路を駆けて行くのであった。
§
授業というのは退屈だ。それはもはや世の理と言って良い。前世の時からそれは変わらない、普遍の定理なのである。内容を既に理解しているから尚更だ。
では、この時間で一体俺に何ができるか。勿論将来に向けての計画を練るのである。
計画といっても将来設計などではない。幸せ家族計画でも断じてない。レインコート社の目論見をぶっ壊す為の計画である。俺はノートに、シコシコとプランを書き加えるのであった。
新たな計画も増えた事だしな。
チラ、と彼女を盗み見る。
神野しずかは、昨日のことなど無かったかのように、普通に授業を受けている。子供のように泣き喚いたあの姿なんて感じさせないような、凛とした佇まい。
若干、目が赤いような気もするが。
『私の弟を助けて』
彼女はあの夜、そう言った。それが、彼女の夜遊びの理由。半グレ集団に取り込まれてしまった親友を取り戻すことが、彼女の目的。
それさえ解決してしまえば、もう夜の街で出会うこともなくなる。邪魔者がない夜の世界で、思う存分暗躍できる。
ある意味では最優先に解決したい事柄である。
この二日、作業が滞って仕方がなかったのだ。根本的解決が出来るのならば是非そうしよう。
彼女曰く、弟の名前は神野翔。一つ年下の十四歳らしい。三ヶ月前に弟の様子がおかしいことに気が付き、色々と調べて行くうちに『蛇蝎会』に行き着いたらしい。ちなみに初日に彼女と出会った場所も『蛇蝎会』の集会所の一つだったようだ。
どうしてイチ女子高生である彼女にそんな捜査能力があるのかはさておき、その情報は非常に有用だ。
つまり『蛇蝎会』を潰せば全ての問題は解決すると言っても過言ではない。弟の目を覚まさせるのは、神野がやらなければならないことだ。そんな事まで解決してやる道理はない。
ならば、以前立てた計画が丸々活かせる。どうせそのうち壊滅させてやろうと考えていたところだ。計画が早まるくらい、他を調整すれば良いだけの話だ。
スマホをチラと見る。
今朝から都度確認している、地方紙の小さな報道についてだ。
N市内のゲームセンターの営業停止。
詳しい報道はなされていなかったが、内容は乱闘騒ぎによって市内のゲームセンターが営業停止状態であるというもの。
負傷者の数や被害状況などは書かれていないが、もしも死亡した者がいるならば真っ先に見出しに書くだろう。
つまり、庄田アキトは生きている可能性が高い。
面倒だ、と思う反面どこかホッとしてもいた。例え相手が人間の屑だとしても、俺の心は殺す事には抵抗があるらしい。それは昨夜で充分に学んだ。
だったら次はその経験を活かすだけだ。
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