第8話

 式はつつがなく終わり、残すはホームルームだけ。流石に今朝の騒動も落ち着きを見せ、各々が隣の席の者と交流を深めている。


 さぁて、俺も隣の男子と交流しちゃおっかな!


「や、やぁ! 僕は真田純! これから一年間よろしくね!」


 俺の言葉を受け、隣の男子は無言で微笑んで、またもやジェスチャーでキルユーをした。気まずい沈黙が流れる。


 何でよりにもよってテメェが隣の席なんだよ!


 終わってる。俺の新生活はもう終わっている。


「おーい、席に着け」


 先生が入室する。相変わらずタイミングがすこぶる良い。それだけでも惚れそうになる。窮地を救われてトキメク例のあれだ。というか普通に美人だし。


「早速だが先ずは自己紹介をしてもらう。ちなみに私は藤田真奈美ふじたまなみと言う。担当は現国だ。じゃあ窓側から順番に––––」

「えー、それだけですか? 年齢は? 彼氏は? ぶっちゃけ男子高校生についてどう思いますか?」


 先生の言葉を遮って、一人の男子生徒がまくし立てる。ゲームキャラだけに整った顔をしているが、イケメンというほどの華はない。かと言ってモブほど個性が無いわけではなく、友人ポジションとかギャグ枠の人間なのかも知れない。


 あいつならば友達になってくれそう!


 俺は密かに心のノートにチェックを入れておくことにした。


 さて、藤田女史の回答はと言うと。


「ブチ殺すぞ貴様」

「ヒエっ!」


 との事だった。残念、俺も少し興味があったのに。何たってこの場においては俺と唯一の同年代だ。ぶっちゃけストライクゾーンど真ん中。いいよね、女教師。


「––––が趣味なんで、気が合う人は話しかけてくださいね!」


 なんて考えていたら俺の番が回ってきた。


 よぉし、ここは気合を入れて自己紹介だ!


「どうも、真田––––」

「あ゛〜〜〜〜!! あんた今朝のッ!!?」


 なんでこうも出鼻を挫かれるのだろう。俺の華麗なる自己紹介を遮って叫ぶのは、朝の金髪ツインテールだった。


 いや、こっちはとっくに気付いてたわ。目立つんだよ、その金髪。というか、なんでその髪色が許されてるの?


 取り敢えず俺は。


「……真田純です! 趣味は勉強と体を鍛えること! 授業で分からないことがあったら気軽に声かけてね! 絶賛友達募集中でーす!」


 無視することにした。


「ちょ、ちょっと! あんた––––」

「時田、うるさいぞ。静かにしなさい」


 なおも食い下がる金髪ツインテールに、先生がピシャリ。


 ヒュー! 

 カッケー!

 ますます惚れそうだ!


「ぐうう……!」


 ようやく口を閉ざした金ツイ(金髪ツインテールは長いからな)。しかし、ぐううって。普通ぐうの音は出ないって相場は決まってんだよ。


 その後何人かの自己紹介の後、ついに金ツイの番となる。


「あたしは時田美玲ときたみれい! サラダ? とか言う奴! 後で話があるから終わったら教室に残りなさい! 以上!!」


 そう言って満足そうに彼女は椅子に座った。後ろの席の成田なりたさんが気まずそうに自己紹介をしている。可哀想に。


 すでに残念臭が漂う彼女に、明らかに落胆する男たち。見てくれは良いもんな。黙っていれば天使のような愛らしい少女だし、何よりボンキュッボン。男どもが熱を上げていたのも頷ける。


 ただ、頭が残念なのだろう。たった三文字の名前すら覚えられないのだ。サラダが苗字だと、よくそんなこと思えたな。自分の発言を不思議に思わないのか?


「よし、これで全員終わったな。これから一年間よろしく。仲良くしろ、とは言わない。もうお前達もそんな歳では無いだろう。だが不和は起こすな。表面上だけでもいいから穏便にやれ。それが大人のやり方だ。もう子供では無い君たちには、ピッタリのやり方だろう?」


 そう言ってニヒルに笑う先生。要するに人間関係は円滑に、ってことか。現在進行形で虐められそうな俺はどうしたらいいですか?


「以上! 解散!」


 こうして怒涛の一日が終わりを告げた。

 みんなキャラ濃かったなぁ。俺が高校生の頃はもっと普通だったから新鮮だ。流石ゲームの世界だけはある。


 ん?


 はたと思う。


 というか、キャラ濃すぎじゃないか?


 まるで学園ラブコメでも始まったかと錯覚するほどに、キャラクターがクラスに集まっている。ここはオブザデの世界。正確にはオブザデの過去の世界だ。ストーリーはまだ始まっていない。だと言うのに、なんでこんなに物語的な展開で溢れている?


 不良に絡まれる少女。


 パンを咥えて角から現れる少女。


 古典的、テンプレ的な出来事が立て続けに起きている。これが意味することは一体何だ。


 不穏な考えが頭をよぎる。


 まさか、ここは、


 ……いや、やめよう。こんな無意味な思考は。考えすぎるのは俺の悪い癖だ。


 学校生活でくらい楽観的に行こう。純君には青春の思い出が必要なのだ。面白愉快な仲間達と過ごした過去こそ、かけがいの無いものだと、俺は充分に知っている。


 いいじゃないか、青春。


 大いに楽しもう。


 どうせこの世界は地獄になることは確定している。


 なんせ俺は既に、本編が始まるきっかけの事件を目の当たりにしているのだから。


 火蓋は切って下ろされている。残された平和な日々を、精々ありがたく享受していこうではないか。

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