第3話

 真由美が出て行ったことを確認して、俺は飛び起きてノートを開いた。


 現状の把握とオブザデのストーリーや情報をできる限り書き出すためだ。熱心なファンでは無かったため、シリーズの中の数本しかプレイしたことはないが、それでも覚えている限りのことを脳みそほじくるように洗い出す。


 事件発生地はレインコート社が本拠を置くN県N市。とある実験の副産物として精製されたウィルスが事故により拡散。一週間の潜伏期間をおいて、N市の約二万人が発症。空気感染、接触感染によって全国に感染が拡大し、やがて全世界にウィルスは蔓延する。


 そして地上は地獄と化す。


 これがオブザデの大まかなストーリー。


 ここでペンがはたと止まる。


 ……時期が分からない。この事件が発生するのは何年の何月なのか。ゲーム中に説明があっただろうか。


 あったような気もするが、いちいちそんな細かいことは覚えていない。大半のプレイヤーにとっては時系列がどうのこうのなど関係がないのだ。どうやってゾンビを撃ち殺すか、どうやってギミックを解いて先に進むか。それこそがゲームの醍醐味であり、本質だと思っている。


 本編中のストーリーはともかく、世界観などの設定など枝葉末節に他ならないのである。


 その枝葉末節こそ重要だなんて!


「確か、主人公が持っていた携帯端末、あれはスマートフォンだったよな……」


 自分のスマホを手に持って記憶の中のそれを思い浮かべる。朧げだが、主人公の持っていたスマホは全面ディスプレイで薄さは俺の持っている物の半分以下だったような。


 オブザデの中でスマートフォンはしつこいくらいに描写されていた。通信機能は失って久しいが、中に入っている音楽が、地獄の世界の中で彼唯一の心の癒しとなっていたからだ。


 ……そうだ、確かに主人公の手の中にあるスマホを見て、折れそうだな、なんてくだらない感想を抱いた記憶がある。


 携帯会社の技術革新がどの程度の頻度で起こるのか分からないが、少なくともここ一、二年で半分以下の薄さに仕上げられることはないように思う。


 希望的観測ならば二十年、最悪でも十年はかかるのではないか。


 もちろん何の根拠もない推論ではあるが、まったく光のない中を進むよりはマシである。


 時期を仮設定してノートに書き込む。それから、この世界での目標を殴り書いた。


 生きる。


 これが第一目標であり、最大の目的だ。


 この身体は俺のものではない。俺の好き勝手にして良いものではないのだ。勝手に死ぬことなんて、あってはならない。


 生きねばならない。生きて、純少年に返さなければならない。


 返す手段は……ある。この世界では確かに存在している。してはいるが、しかしそれは生きるという目標とは相反するような選択肢ではないか。


 世界を敵にするようなそれは、果たして許される選択なのか。


 俺は頭を振る。今考えるべきは生き残る手段である。


 戦う?


 確かにオブザデの主人公は戦って生き残っていたが、しかしそれは主人公だけに許された言わば特殊能力みたいなものである。主人公補正というか、デウス・エクス・マキナというか。戦い続けて何年も生き続けるだなんて、普通の人間には実行不可能だ。それでは目的を達成できない。


 ならばいっそのこと事件自体を止めるか。


 少なくとも今現在ハザードが起こっていない以上、ここはオブザデにおいては過去の世界だ。ならばレインコート社に潜り込んでウィルス事故の発生を防ぐか、その要因となったとある研究を中止させるか。


 十年後、純少年は二十二歳。製薬会社に入社して研究部に潜り込むにはおそらく医学部か薬学部卒でなければならないだろう。しかし、どちらも卒業するならば最低でも二十四歳になっている計算だ。


 時間が足りない。


 勿論十年後に事件が必ずしも起こるわけではない。もっと未来の話の可能性もある。もっと直近で起こる可能性だって充分あるのだ。


「結局、時期が分からなければ計画の立てようもない、か」


 目の前が暗闇に包まれるようだ。世界から光が失われていくような、絶望的な感覚。


 まるでオブザデの世界だな、なんて逃避的な考えが頭に浮かぶ。あれはオブザデ第一作の最終盤。N市内でのパンデミックを辛くも生き残った主人公が、作中のラスボスに打ち勝ちいざトドメを刺そうとしたその刹那、世界から光が奪われた。


 皆既日食。文字通りその瞬間光が物理的に奪われたのだ。


 ラスボスはその混乱に乗じて逃走。そうしてシリーズは次作へと続いていく。


 プレイ当時は驚いたものだ。なんとラスボスに都合の良い展開なのだろうと。もしかするとラスボスこそがこの作品の真の主人公なのではないかと思ったほどだ。


 そこで取り逃した代償は大きく、その後世界は更なる破滅の一途を辿っていくのである。


 ヒロインでさえバンバン死んでいく容赦ない世界観であるが故に、本気で世界を変えなければ生き残る方法は皆無に等しい。


 あの皆既日食の日こそターニングポイント。あの日以降世界が崩壊していくジャッジメントデイ。


 あの日こそが……、


「そうかッ!! 皆既日食ッ!!」


 スマホを手に取り急いで皆既日食の周期を調べる。現在の西暦は2029年3月、そして次回の皆既日食がN市で観測されるのが2046年4月頃。


 十七年。俺に許された猶予はたったそれだけ。それだけではあるが。


「希望が見えてきた……!」


 レインコート社に入社し、研究部に入り込む。そしてこの世界の災厄の元凶たる、とある実験を中止させる。簡易的なフローチャートだが、これ以上のやり方は無いはずだ。


 だからこそ、俺が今すべきことは。

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