つらつら短編集【SF】

ゆめの

この風景にさようなら(1)

「何を見ているのですか?」


わたしは、窓辺に立つ博士にそっと近づいて、尋ねる。

彼は何を言うでもなく空を指差した。


窓の外から見える雲はとても大きく、そして真っ白だった。


遠い昔に観た映画では、雷雲の中に城があったことを思い出す。

もしかしたら、あの雲の中にも何か隠されているのかもしれない。



それは、城じゃなくてもいい。

いや、城であれば素敵だとは思うけど。



暫く雲を眺める。

雲は動くことなく、一ヶ所にとどまっている。



例えば、あの雲が何かを隠しているのだと想定してみよう。

それは、一体何だろうか。



小さな街があれば、博士と一緒に住んでみたい。

そこでもわたしは、彼の心に寄り添いながら暮らすのだ。



空に浮かんだ雲に囲まれた景色は、どんな風に映るのだろう。

真っ白な靄みたく見えるのだろうか。




山であれば、博士と一緒に登ってみたい。

彼は、インドア派だから嫌がるかもしれない。


それでもきっと、最後にはわたしのワガママにもつき合ってくれるだろう。


山頂に辿り着いたときは、二人して感嘆の声を漏らすことだろう。

彼は、景色を眺めるのが好きだから。




水の塊なんかもあれば、海のかわりになるかもしれない。

わたしは海を知らないけれど、博士は知っているだろうか。


ずいぶんと長く一緒にいたけれど、聞いたことがなかったな。

こうやって、思考を巡らせるのは楽しい。


あれこれと膨らませていると、博士は窓辺から離れていってしまった。

彼は、イスに座るとリモコンを手に取った。



「どうやら、風景がフリーズしてしまったようだ」



ポツリと言う。

リモコンのボタンを押すと、窓に広がっていた景色は真っ暗になってしまった。

当然、雲も消える。


 


「最近は、機械が壊れやすくなっているな」


「そのようですね」



雲が動かなかったのもそのせいだ。

もともと、液晶モニターで作られた景色ではあったが、いつもならば本物のように雲も流れていく。



わたしたちは、〝本物〟を知らないけれど。


机に飾られた写真立てを見る。

仏頂面の博士の隣に、笑顔のわたしが立っている。

これを撮ったのは、どのぐらい前になるのだろうか。



「そろそろ、ガタがきているようだ」



何の?と聞かなくてもわかる。

博士のことだ。



「今度は、博士の番なのですね」


「ああ。今回で……。いや、いつものように記憶を新しい本体へと移しておいてくれ」


「わかりました」



そう答えてから、奥の部屋へと向かう。


そこには、無数の博士の身体が置いてある。

アンドロイドだ。

その中の一体に近づくと、メンテナンスを始めた。




オリジナルは、当の昔に亡くなっている。


生前、博士は性格を引き継いだアンドロイドの製作に力を注いでいた。

そのときはまだ、わたしは彼の側にはいなかった。


でも、彼がそうなる要因はわたしにあった。

いや、わたしのオリジナルと言うべきか。

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