最終話 おばあちゃんの手紙。

 あれから2ヶ月が経った。


 何とかリンネちゃんに連絡を取りたいと思ったが、イギリスにいる住所もわからない子相手に、ただの高校生の俺ができることなんて、何もなかった。



 毎日、リンネちゃんのことばかり考えているのだけれど、俺にはどうすることもできない。


 もう明らかに終わってるし。

 ずっと引きずっても、意味がないよ。


 きっと、リンネちゃんは、俺のことなんてもう忘れてるし、思い出の品だって、きっともう処分しちゃってるに決まっている。


 俺だけリンネちゃんを想っていても、きっと迷惑だと思われるだけだ。


 だって、うちらは。


 偽の恋人で。

 ほんの一瞬でも、本物にはなれなかったのだから。


 だから、早く忘れたい。

 辛いから、早く忘れたい。



 そんなある日、星宮さんの用事に誘われた。

 星宮さんは、俺のことを心配してくれているみたいで、最近は、前にも増してよく声をかけてくれる。


 会うなり、星宮さんは俺の顔を覗き込んできた。


 「結人くん。元気ないよ?」   


 顔に思いっきり出ているらしい。

 ちゃんと鏡を見て、整えてきたのだけれど。


 「そんなことないよ? ところで、今日はどんな用事?」


 「サラサラのお迎えに行くの♡」


 星宮さんはネコの写真を見せてくれた。


 あぁ、あの時に捨てられていた子猫。

 こんなに大きくなったのか。


 星宮さんは言葉を続けた。


 「結人くん。サラサラのこと覚えてますか? わたしたちの出会いのキッカケの子だよ♡」


 どうやら、ニャンコはペットクリニックで健診を受けていて、これからお迎えに行くらしい。


 お迎えにいくと、控室みたいなところで先生が健診の結果について説明してくれた。俺も控室に入れてもらえたのでニャンコと遊んでいると、先生が驚いた顔をした。


 「サラサラちゃんは本当に人見知りで、わたしたちもいつも警戒されちゃって大変なんですけれど。ご友人には懐いてるみたいでビックリです」


 星宮さんはウンウンと頷いている。


 たしかにサラサラは、いま、俺の前でお腹をみせてひっくり返っている。警戒心なんて皆無だ。


 すると星宮さんは言った。


 「この人は、サラサラの命の恩人だから。サラサラも分かってるんだと思います」


 ペットクリニックは、ショッピングモールに入っていて、敷地内に観覧車がある。


 俺は星宮さんに誘われて、せっかくだからと観覧車に乗ることにした。ニャンコはもう少しだけ病院で留守番だ。


 観覧車にのると、星宮さんは俺の隣に座った。

 星宮さんは、らしくもなく、窓の外を落ち着かない様子で見ている。


 観覧車がてっぺんになった頃、星宮さんは俺のことを見つめた。


 「前にしてた話。結人くんからって言ってたけれど、辛い気持ちの結人くんの力になりたいの……。わたしと付き合ってもらえませんか?」


 え?

 

 星宮さんは続けた。


 「わたしは、居なくなったりしないよ。ずっと結人くんと一緒にいるから」


 「ずっとって?」


 「ずっとずーっとだよ!!」


 「おれを捨てたりしない?」


 「するわけない。一生大切にする」


 そういうと、星宮さんはキスをしてきた。

 ずっとキスをして、ゴンドラが地上につくと星宮さんは身体を離した。

  

 ゴンドラの扉が開くと、星宮さんは言った。


 「……わたし、本気だから」


 本気なの?

 だったら、星宮さんはリンネちゃんと違って、本当にいなくなったりしないのかな。


 星宮さんと付き合ったら、もう二度とこんな辛い思いをしなくていいのかな。


 俺はずっと星宮さんを好きだったのだ。

 そして、その子が彼女になってくれると言っている。

 

 偽りではない本物の恋人に、だ。 


 可愛くて、性格が良くて。

 スタイルが良くて、気が利いて。

 お金持ちで、成績が良くて。 


 およそ、なにも欠点がない完璧な女の子。


 そして何より、俺のことを大好きでいてくれて、俺を捨てたりしない女の子。



 だったら、何も迷うことはないではないか。

 こんなに良い話しは、もう2度とないぞ?


 

 でも、でも。


 俺は、不完全でも。

 いつも富士蔵を抱っこしてる変な子でも。


 恥ずかしがり屋で素直じゃなくて。

 いつも天然で。たまに俺の肩によだれをたらすけれど。


 でも、いつも俺を楽しませてくれる。

 ずっと側で見ていたい子。


 俺はリンネちゃんが好きだ。

 世界一、誰よりも。大好きなのだ。


 だから。



 「ごめん、星宮さん。星宮さんの気持ちには応えられない」



 俺は家に帰ると、父さんと母さんに土下座した。


 「父さん、母さん。一生のお願いだ。リンネちゃんを迎えに行きたいんだ。飛行機に乗りたいから、一生分のお年玉を前借りさせてくれ!!」


 すると、母さんは苦笑いをした。


 「我が子ながらに、ほんとにバカね。あんたパスポートないでしょ。ビザは? 航空券の買い方はわかるの? リンネちゃんの住所は? っていうか、あんたもう高一でしょ? もう前借りするほどのお年玉残高ないわよ」


 「そ、それは……。靴磨きでもなんでもするから」


 すると、父さんも苦笑いした。


 「ママ。結人をあまりいじめるなよ」


 父さんは、ゴソゴソとカバンに手をつっこむと何かを差し出した。パスポートだった。


 「え? なんで?」


 「木之下のお婆さんに頼まれてな。代理で申請しておいたんだよ」


 母さんは、ため息まじりに言った。


 「ほんとにお婆さんの言った通りになったわね。ほら、ETA(電子渡航認証)も申請しといてあげたから、このお金で航空券を買って、とっととイギリスでもなんでも行ってきなさいな」

 

 そして俺は今、ロンドン行きの飛行機に乗っている。


 母さんの話しだと、小梅ばあちゃんから届いた手紙には、俺のことも書いてあったらしい。ばあちゃんはリンネちゃんがイギリスに連れて行かれることを予想していて、もし、俺が本気でイギリスに行きたいと頼んできたら、追いかけることを許してやってほしい、と書いてあったそうだ。


 そして、封筒には飛行機代も入っていて、パスポートの申請等の手伝いをしてあげて欲しいとも書いてあったと。


 なんか、ばあちゃんのお世話になりっぱなしだ。


 (あ、そうだ。手紙)


 ばあちゃんからの手紙には、俺宛の手紙が入っていたらしく、母さんに渡されたのだ。


 手紙にはこうあった。


 「結人くん。凛音のこと本当に好き? だったら追いかけなさい。本気で気持ちを伝えなさい。……って、この手紙を読んでるってことは、君は、もう飛行機の中なのかな。あのね、君にお礼を言いたくてこの手紙を書きました」


 俺は便箋をめくった。


 「本当はね。最初に凛音が貴方を連れてきた時から、貴方たちが本当は付き合ってないって分かっていたの。でも、わたしは貴方のことを気に入っちゃったから、2人が、いつか本当の恋人になってほしいなって願ってた。本当は、わたしが生きているうちにそうなって欲しかったのだけれど。でも、貴方が自分の気持ちに気づいてくれたのなら、これほど嬉しいことはないです」


 手紙はまだ続いていた。


 「そして、最後まで嘘をついてくれてありがとう。3人での時間は、わたしの人生の最後の宝物です。それとね、凛音は結人くんのことが大好きなの。わたしは家族だから分かる。だから、あとは貴方の気持ち次第かな。追伸 もし、フラれちゃったらごめんなさいね。その場合には、飛行機代は返金不要です♡」



 ……。

 飛行機代、くれたのかと思ってた(笑)


 でも、誰に返せばいいんだ?



 んっ。機内アナウンスだ。

 

 ……「この飛行機はあと20分ほどで目的地のヒースロー空港に到着する予定です。現地の天候は晴れ。皆様の素敵な旅を……」



 (さて、気合を入れるか)


 すると、アナウンスは続いた。


 「さて、この飛行機には、とある女の子に告白にするために、遠いイギリスの地を目指す勇気ある少年が乗っています。みなさま、彼の幸せな前途を祝して、盛大なる拍手をお願いします」


 その後、ご丁寧に英語でのアナウンスが続いた。

  

 アナウンスが終わると、一斉に俺に注目が集まった。俺だとバレバレらしい。すぐに、割れんばかりの拍手が沸き起こった。


 でも、なんで?


 あっ。


 出国する時にカウンターで渡航の理由を聞かれたんだ。俺は何やらアドレナリンが出ちゃって、馬鹿正直に「好きな子に告白するため」と答えたんだった。あの時、受付のお姉さんは笑っていたけれど、まさかこんなことになるとは。


 いや、応援されて嬉しいんだけどね。

 これで振られたら、人生一番の黒歴史ですよ。



 飛行機が到着してゲートから出た。



 ふぅ。


 こんな何もわからない異国の地で、ちゃんと会えるのかな。


 そう思って振り返ると。



 リンネちゃんがいた。



 「え? どうして?」


 すると、リンネちゃんはバツが悪そうな顔をした。


 「結衣ちゃんからメッセージがきて、おにいがいくから迎えに行ってあげてって」


 「それで来てくれたの?」


 「だって、しょうがないし。結人くん英語できないし、ウチがお迎えしなかったら、たぶん行方不明になって死んじゃう、って言われたんだもん」


 どいつもこいつも親切だな。

 そして俺、なんだか最高にカッコ悪いぞ。


 えっと、でも。

 せっかく会えたのだ。


 気持ちをちゃんと伝えないと。


 でも、リンネちゃんは俺に何の連絡もしないで居なくなったのだ。それはきっと、会いたくないってことだし。


 だから、たぶん。

 俺はフラれるのだろう。



 すると、俺と同じ飛行機の乗客が俺に気付いたらしく、俺とリンネちゃんの周りに集まってきた。


 彼らは、機内アナウンスの相手がリンネちゃんだと気付いたらしい。


 人だかりの中には日本人もいて「告白、がんばってー!!」、「特攻あるのみ!!」と応援してくれた。


 さらに野次馬も集まってきて、俺とリンネちゃんは、100人近い人に囲まれていた。もはや、ちょっとしたイベント状態だ。


 っていうか、なんの羞恥プレイだよ。

 無駄に難易度が上がっているんだが。


 いや、でも。

 やるしかない。


 ここで言わなかったら、もうチャンスは2度とないかも知れない。



 「リ、リンネちゃん」


 「はい……」


 あぁ。

 何やら口の中がすごく乾く。

 俺は少ない唾液をごくりと飲み込んだ。  



 言うぞ。


 「大好きです。俺と付き合ってください!!」



 すると、リンネちゃんはクスッと笑った。


 「イギリスまで来てそれなの? ウチ、もうちょっとカッコいいの期待しちゃった。でも、こんなに人が集まっちゃって、断れないし?」


 リンネちゃんは身体を左右に振ったが、すぐに動きを止めて、俺をまっすぐ見つめた。



 「……だから、OKです。あのね。ウチ、結人くんのこと。大大大好きやよ♡」



 俺がリンネちゃんに抱きつこうとすると、そのへんの知らない人に囲まれて、抱きつかれまくった。さらには、見知らぬグラマラス美人オネーサンに祝福のキスをされる始末。



 そして、その様子を見て俺の彼女は。


 交際歴10秒にして、眉間に皺を寄せて膨れている。


 でも、もう手放さないし。


 きっと、明日の俺は今日よりもっと。

 明後日の俺は、もっともっともっと。


 リンネちゃんのことが大好きだから。

 




 (おわり)

 

 


※応援ありがとうございました。

本作を気に入ってもらえたら、評価★★★をいただけると嬉しいです。


では、また違う作品で。


 

↓↓↓こそっと新連載です。

どうぞ宜しくお願いします(*´꒳`*)


『俺は彼女に嘘をついている。』

https://kakuyomu.jp/works/16818915110291625408


突然、恋人を失った女の子と、そんな彼女にずっと思いを寄せていた主人公のお話です。

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リンネちゃんは、みんなに優しい。 白井 緒望(おもち) @omochi1111

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