虚構三叉路帰路日記
凡皮丈知
Day 1 虚構三叉路帰路日記
俺は浅葉浩二。北海道の田舎から大学で北海道を出て今は京都で働いている。これは本邦初公開の大変貴重な情報なのだが、俺は社会人五年目にして会社の飲み会、食事会、その他諸々有象無象のイベントで誰一人として一緒に帰路を共にしたことがない。というか、そもそも帰りくらいは一人で帰りたいという思想が根底にあるのだ。よって仮に同じ方向で帰る人がいた場合、俺は本来とは違う方向で遠回りをして帰る。何を言っているかわからない方もおられるとは思うが、私にとってはこれが最善の生存戦略なのだ。ただでさえ会社でもずっと顔を見合わせているのだから、帰りくらいは一人で帰っても罪はないだろうと俺は思う。ただやはり人脈、人間関係の構築は社会で生きていくために肝要であるため、飲み会や食事その他諸々有象無象のイベントには必ず顔を出すようにはしているのだ。幸いにもここ五年間、俺が指差した虚構の帰路にお供する人はいなかった。”ここ五年間は。”
俺の帰路は正直、とてもと言うよりもかなり遠回りである。本来二十分の帰路を四、五十分かけて帰っているのだから、ほぼ倍に等しい。だからこそ同じ帰路を選ぶ人がいなかったのだと思う。そう、ここ五年間はいなかったのだ。
二◯十九年の春、突然俺の帰路の平穏はリニアよりも早く目の前から消えてしまった。
そうなった原因はこの後輩、友沢に端を発する。彼はこの五年間誰も選ばなかった、俺の帰路を共にする男だったのだ。。
ある日の飲み会の帰り、新入りも迎えいつもより少々大所帯で一通り新入りの顔形を覚え、終電が近くなった時ごろ、俺はいつも通り三叉路で、
「じゃあ、僕こっちなんで、お疲れ様です。」
と言った。
同僚や上司も
「お疲れ様〜。」
と言葉を返し、これからいざ一人の帰り道なり。というところだった。これから四、五十分私はバスに揺られ好きな音楽を聴きながら感傷に浸ってバスの窓から移りゆく景色を眺めるのだ。
「先輩待ってください!自分もそっちなんですよ〜一緒に帰りましょ!」
なんということだろうか。俺が五年間守ってきた唯一の一人の帰路は突然終わったのだ。
返す言葉には困ったものだった。なぜなら
「今日はでもみんなと同じ方向から帰ろうかな。」
と言うのは先輩としての面子が芳しくない。くわえて一緒に帰ろうものならこの五年間ずっと同じ方向だったのを隠していたことに勘づかれてしまう可能性だってある。かといって
「ごめん、今日は一人で帰りたいんだ。」
と言えばそれこそ新入荷の後輩を突き放す先輩になり、本来俺が持っている優しい心とは相反した人間に見られかねない。そこに選択肢などはなく、五年間守り続けてきた一人の帰路は無くなり、後輩、友沢との帰路が始まった。出会いの春とも言うが、やかましいものである。
同僚、上司との別れを終え、俺と友沢はバスへ乗り込んだ。ただ、バスの旅は何度も触れているが四、五十分続く。数分帰り道を共にするならお互い黙っていてもいいかもしれないが、その長さとなれば何か少しでも先輩として話題をふりかけなければならない。会社での会話にはなれているものの、帰り道の会話という経験が極端に少ない俺は頭の中で話題のスロットを回し続けていた。
そうしているうちに、
「浅葉先輩は一人旅したことありますか?」
俺は答えに少し悩んだ。だってある意味毎日の帰りは一人旅とも言えるのかもしれないという考えが頭を少しよぎってしまったからである。それはそれとして、一人旅というと、大学生時代によくやっていた記憶があった。北海道にはなかった(函館までは通ってはいるが)新幹線を使い、北は東北の青森まで、南は鹿児島まで行ったものだ。そう思いふけながら
「僕は結構大学生時代に行ってたかな。結構日本中行っていたよ。」
と、割と無難な答えをした。
「浅葉先輩ってどちら出身なんですか?先輩って関西弁あんまり喋らないですよね。僕は標準語圏だったのであれですけど。」
「僕は北海道だよ。だいぶ田舎の街だけどね。多分名前言っても聞いたことないレベルのところさ。」
「だからかな、なんかずうっと田舎の街で過ごしてきたから大学生になって行動範囲も自由度も上がって、日本中回ってたね。」
あの頃の少し青い時代に思いを馳せながらそう俺は言った。
「はえ〜そうなんですか、、!すごい。」
一バス停ほどの沈黙ののち、友沢は何かを思い出したような顔をしたのち、
「そういえば僕も去年車で一人旅行ったんですよ。」
「そうなんだ。」
「そうなんですよ。その時僕は香川に行ったんです。あの、うどんの。」
「わかってるよ。」
「なんか事前情報なしで行ったらコンビニ感覚でうどん屋の看板が出てきて怖くて調べてみたら香川の名物ってうどんだったんですね。」
「逆に何目的で香川に行ったんだよ、、。」
「それで、調べてみたら香川のうどん屋は正直どこに入っても美味しい。ってネットに書いてあったので、どっかのタイミングで入ろ!って思ったんです。」
「ほう。」
「それでそろそろ入ってみっか!って思っていざ入ってみたんです。そして店主におすすめのうどんありますかって言ったら、そのお店のじゃなくてなんかそこから近くの近所の店をお勧めされたんです。」
「え、嫌われてない?それ。」
「僕もそう思ったんですよ!ただ、お勧めしてもらったのはありがたかったので一旦お店を出て後ろを振り返ったんです。そうしたら何があっただと思います?」
「え、なんだろ。」
少し彼の話の仕方が上手いもので、少し聞き入ってしまった。
「実はそのお店の看板、”うどん”屋じゃなくて、”ふとん”屋だったんですよ、、、。」
彼がいたって真面目な顔でそう言ったため、思わず笑ってしまった。その話を耳にしていただろう前座席のマダムも少しニヤッとしていた記憶がある。
僕は
「なんでやねん!普通そこら気づくがな!」
と思わずツッコんでしまった。
「お、関西弁でちゃいましたね笑」
「やかましいわ。そりゃ他の店おすすめされるわ。」
そう言うと友沢は目元をくしゃっとさせながら、
「先輩って意外とおもしろい人なんですね。僕バス停ここなんで降ります。お疲れ様です。」
と言って新品の背広とリュックの後ろ姿で降りていった。今までは一人で帰っていたけれど、少し、誰かと帰るのも悪くないな、と思った。これから俺の帰路はどうなってしまうんだろうか。
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