第10話

第十階層:竜の魔王と、終焉の一撃


──また、死んでるし。


黒崎 四は、十階層の中央広間に降り立つと、あからさまに引いた声を漏らした。そこは氷に閉ざされた静寂の地。床一面に赤黒く染み付いた血痕は、時間が経っても消えない戦いの記憶を物語っていた。


「うわ……これ、えぐいな……」


高校生らしい素直な感性が、口を突いて出る。足元には三体の巨大な白銀の熊──ホワイトベアの死骸が転がっていた。毛並みは赤く染まり、牙は砕け、爪は地に突き刺さったままだ。


黒崎は片膝をついて死体に目をやった。


「これだけのやつを……倒して帰ったのか。しかも、四人で」


十階層の踏破は、ダンジョンにとって重大な出来事だった。過去にここに到達した冒険者たちは、いずれも全滅。だが、今回は違った。四人の冒険者がこの地獄を生き延びた。


「ポイズンスネイク二十体抜けて、これって……根性だけでなんとかなる難易度じゃないぞ」


思わず頬を掻く。彼にとって、このダンジョンは“創られた庭”に過ぎない。しかし、そこに挑む者たちの姿は、どこか胸を打つものがあった。


そんな時だった。


──ガアアアアアアッ!!!


「うおっ!? はっや!」


黒崎が跳び退く間もなく、死体だったホワイトベアたちが再生の光に包まれ、轟音と共に蘇った。氷を砕く咆哮が響き渡る。全身に走る殺意の奔流。


「ちょ、いやいや……俺が誰か、わかって──」


その言葉が終わるより早く、巨大な爪が振り下ろされた。空間を引き裂くほどの圧。だが──


「遅いって」


音が消える。黒崎の姿は、すでにホワイトベアたちの背後にあった。空気すら置き去りにする俊足と、残像、影移動の複合発動。そして──竜眼が捉えた急所を、彼は迷わず切り裂いた。


音速移動からの双剣一閃。竜人化と闇魔法の補正が乗った一撃は、三体のホワイトベアの首を同時に断ち切る。


──戦闘時間、1.8秒。


「マジかよ……ほんとに死ぬとは思わんかった」


黒崎は肩を竦め、剣を戻す。


【黒崎 四(くろさき・あづま)】

種族:上位竜種(グレーター・ドラゴン)

称号:魔王/竜の魔王/ダンジョンの支配者

レベル:24

体力:1407/魔力:1012

攻撃力:1040/防御力:982/運:240

スキル:炎・風・水・雷・土・闇魔法/俊足/転移/残像/影移動/竜化/竜人化/音速移動/竜眼/時止め/成長促進

装備:竜鱗の服/魔導の靴

アクセサリー:魔力障壁の指輪/斬撃の指輪

スキルポイント:1050


「てか、あの子たち……すごかったな」


黒崎はふと、冒険者たちの姿を思い浮かべた。


拳を前に進めた光貴。幻術を駆使し仲間を支えた遥。剣を振り抜き続けた涼。そして、皆の先を読み続けた智也。


「君ら、よく頑張ったよ……」


心からそう思えた。そして同時に──


「……でも、これが“限界”か」


声が自然と沈む。あれほどの努力、あれほどの戦意。それでも、たった三体のホワイトベアに一人を失ったという事実。


彼らはまだ“下層”にいる。


この先、十一階層以降には、ホワイトベアなど可愛く思える異形が待っている。異界の蟲、炎の悪魔、魂を喰らう鬼──。彼らに勝てる未来は、まだ遠い。


「あと何年……いや、何十年かかるんだろうな……」


四は小さく息を吐いた。


そんな折、倒れたはずのホワイトベアの死骸が、再び再生の兆しを見せ始める。


「え、ちょ、早すぎん? 復活条件ちょっと緩かったかも……」


呆れたようにそう呟き、彼は振り返ることなく歩き出した。


__________


──その頃、場所は変わり、冒険者組合・中央塔。


「報告書確認しました。第十階層、ホワイトベア三体との交戦を確認。……四名中、一名死亡。撤退成功です」


若い職員の報告に、幹部たちの表情が凍りついた。


「ホワイトベア三体……しかも、ポイズンスネイク二十体も突破したって? 正気か……?」


「彼ら、今のランクで挑んだのか? 無茶にも程がある……!」


「それでも、生きて帰った」


静かに告げられたその言葉が、空気を変えた。


「……竜の迷宮、再評価が必要だ。危険度A相当、否、最上級認定も検討すべきだ」


「すぐに封鎖を。一般の冒険者が踏み込める場所じゃない。……これはもう、異常域だ」


幹部たちは頷き、防衛体制の強化と調査隊の再編成を命じた。


__________


──一方その頃。


宿に戻った智也たちは、重たい沈黙の中で座っていた。四人の中に、かつての五人目はいない。それでも、誰も倒れてはいなかった。


「……進むしか、ない」


遥が、涙を押し殺して呟いた。


「美月が……命を賭けて、私たちを生かしてくれたんだから」


「ああ。だから、次は俺たちが守る番だ」


光貴の拳が、机の上で震えていた。


涼は静かに頷いた。


「次は──あいつを超える」


そして、智也が言った。


「十階層のその先へ。あの白い地獄を超えて、もっと強くなる」


彼らは、まだ未完成だった。


だが、確かに強くなっていた。


その背中を、竜の魔王は遠くから見つめる。


──彼らなら、いつか来るかもしれない。


ここより先の、真の深淵に──。


──続く。

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