目が覚めたら何もないダンジョンで魔王はダンジョン運営をする

ルセイ

第一章 始まり

第1話

何もない、ただの部屋だった。


否――それは「部屋」と呼ぶことすら烏滸がましい、“何もない空間”と言うべきかもしれない。天井も床も壁も、すべてが純白に染められており、陰影すらないその様は、まるで現実の色と温度が全て削ぎ落とされた無機質な虚無の世界だった。


その中心に、一人の男が倒れていた。


「……んん……」


うっすらと意識が戻ってくる。まぶたが重い。ぼんやりとした感覚の中、脳裏に残る最後の記憶を掘り返す。


――確か、俺は……。


「……寝ていたはず……じゃ……俺の部屋……じゃないよな……?」


微かに口から漏れた言葉。だが、その続きを言葉にする前に、ゆっくりと開いた目が白い天井を捉える。


「……なんだ、ここは……?白……?」


視界に飛び込んできたのは、あまりにも無機質で、あまりにも無感情な世界だった。家具も装飾も窓もない。音も匂いも感じられない。まるで視覚以外の感覚が遮断されたかのような空間。


思わず起き上がり、辺りを見渡す。だが、どこまで行っても、目に入るのは白一色の世界。床、壁、天井の境界すら曖昧で、自分が空間の中にいるという感覚が希薄になる。


「ここは……どこだ……?」


理解が追いつかない。現実離れしている。だが、頬をつねっても痛いし、床に手をつけばひんやりとした冷たさが指先に伝わる。夢ではない……らしい。


記憶を辿っても、思い出せるのはベッドで横になっていたことだけだ。その後、突然この空間にいた。


「誘拐……か? いや、でも……」


これが誰かの仕掛けた罠だとしても、こんな空間を現実に作り出せるだろうか? 窓もない、出入口もない、しかも時間の感覚すら曖昧になるような場所。どう考えても人為的なものには思えなかった。


そうして思考を巡らせていると、視界の端に何かが見えた。


「……ん?」


赤い球体。それは、異質な存在だった。直径はおそらく1メートル強。体育館のイベントで使われる大玉転がしの球に似ているが、色が違う。深紅に艶めくその球体は、無機質な白の世界において、異様なほど存在感を放っていた。


警戒すべきか? だが、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、懐かしさにも似た安堵感さえある。導かれるように、その球体に手を伸ばす。


触れた瞬間、空中にふわりと映像が浮かび上がった。


「……ステータス……画面……?」


淡く輝く青白い光。そこに現れたのは――ゲームのような“ステータス画面”だった。


【ステータス】


名前:黒崎 四(くろさき・あづま)

年齢:0

種族:上位竜種(グレーター・ドラゴン)

称号:魔王/竜の魔王/上位竜種/ダンジョンの支配者

レベル:1

体力:12

魔力:14

攻撃力:6

防御力:4

運:9

スキル:なし

スキルポイント:100


「……は?」


あまりに唐突で、内容が現実離れしていて、すぐに理解できなかった。


ステータス?画面から写しされている情報は俺の思考を苦しめる。狂わされる思考、俺は何を見ているんだ……?


俺は人間だ。高校三年生で、つい昨日まで中間試験の範囲に頭を抱えていたはずだ。それがどうして、今ここで“竜”になってるんだ?


しかも、年齢は“0歳”。


「俺が……赤ん坊?」


そう呟きながら、ふと自分の手を見る。小さい。異様なほどに。指は短く、肌は滑らかすぎるほどに滑らかで、まるで模型のようだ。立っているはずなのに、視点が妙に低いことにも今さら気づく。


まさか、俺は――人間としての身体を失い、“竜の赤ん坊”として生まれ変わったのか?


そんなわけがない。体を失ったとかそんな記憶は全くない。覚えている頭の中の記憶から俺が何かが原因で亡くなったような記憶がない。


「意味がわからない……」


だが、否応なしに突きつけられたこの現実を前に、認めざるを得なかった。これは夢じゃない。体温も、触覚も、あまりに生々しい。


「……異世界転生……とか、そういうやつかよ……?」


バカげている。だが、目の前のステータスが、それを裏付けていた。


思考を止めたくなる。だが、同時に感じるのは、今この状況の中で“何か”が始まろうとしている予感だった。


俺は、ステータス画面に再び目を向ける。そして、ある項目に目が留まる。


「スキルポイント……100」


ゲームでいう成長要素か、スキルの取得に使えるリソースだろう。とりあえず、タップしてみる。


新たな画面が表示された。そこには、ひとつのシンプルな言葉。


【ガチャ】

1回:10ポイント

10回:100ポイント

50回:500ポイント


「……まじかよ、ガチャって……」


完全にゲーム仕様だ。どういう基準でこの世界が構成されているのか分からないが、今はこの選択肢しかないように思えた。ガチャに期待を寄せる。


俺は“10回100ポイント”のガチャを選択し、恐る恐るタップする。


エフェクトとともに、結果が表示された。


1回目:古びた扉

2回目:古びた椅子 ×2

3回目:古びた剣 ×5

4回目:ゴブリン ×1

5回目:ゴブリン ×1

6回目:ゴブリン ×1

7回目:古びた鎧 ×2

8回目:スライム ×2

9回目:竜の仮面

10回目:銅の鎧


「……なんだこれ……」


しばらく目を疑った。いや、モンスターが出たことも驚きだが――


「……え、いるじゃん……」


気づけば、ガチャ結果にあったゴブリン三体とスライム二体が、俺の周囲を囲むように立っていた。全く気配がなかったはずなのに、いつの間に?


俺が気配に気づかなかったとはあるとしてもどこから現れたんだ?


……どうやら、出現したユニットはそのまま“召喚”される仕組みのようだ。ガチャを引くだけで配下が得られるのはありがたいが、同時に恐ろしい。これが敵対勢力でも同様に可能なら、戦力差が恐ろしく跳ね上がる。


俺は地面に落ちていた“竜の仮面”を拾い、装着してみた。見た目は立派だが――


「……何も起きねえ……」


ステータス変化も特殊効果も感じない。ただの装飾品か? それとも、条件付きのアイテムなのか?


少なくとも今は使えそうにない。仮面はとりあえず手元に残し、他のアイテムや召喚ユニットを確認してみる。


だが、そのとき、重大な問題に気づいた。


「……待て。スキルポイントって、どうやって稼ぐんだ?」


焦燥が胸を刺す。最初の100ポイントを使い切ってしまった今、再入手手段が不明なのだ。


もしこのポイントが限定で、もう増やせないのだとしたら……俺は最初の選択で詰んだことになる。


「……うそだろ……?」


絶望が喉元まで込み上げたそのとき、不意にガチャ画面に文字が浮かび上がる。


【スキルポイントの獲得条件】

・魔物の撃破

・侵入者討伐

・称号の取得

・ダンジョン支配領域の拡張


「……なるほど。そういうことか」


つまり、動かなければ何も得られないということだ。何もしなければスキルポイントは手に入らず、成長も止まる。だが、逆に言えば――


「行動さえすれば、道は開けるってことだな……」


俺は再びステータス画面を見つめ、静かに息を吐いた。


始まりは最悪だ。だが、ここが“始まり”である限り、やり直しは効く。


異世界で竜の赤子として生まれた黒崎 四――


俺の新たな人生が、ここから幕を開ける。

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