愛せるように

嶺。

第1話 性同一性障害。

ピピピ ピピピ ピピピ ピピ


 んぁ....


五月蠅い目覚まし時計を寝起きの力いっぱいの右手で止める。

だるい気持ちを切り替えようとしながら足をベッドから放り出す。

意識が朦朧な中で全身鏡に写った女の俺を見る。

ああ....

俺は朝から夢は夢で現実は現実だという事を思い知らさせる。

俺の体は男になることもないし、俺の心が女になることもない。

その気持ち悪い現実と向き合わなければならない。


クローゼットを開き、女物の沢山の下着、洋服が目に入る。

俺は高校の女物の制服に着替える。

見たくもない体を見て吐きそうになりながら。


高校の準備をして階段を下りる。

一歩一歩ゆっくりと

いつか転んでそのまま死ねることを少し期待しながら


一番下まで安全についてしまうと

リビングには母さんと弟がいた。

彼女らには正しい心、正しい体がある。


 あ!花蓮ちゃん!朝ご飯の準備できてるわよ!


母さんが俺の名前を呼んだ。

花蓮。嫌だ。聞きたくもない。そんな女の子みたいな名前。


 うん。ありがとう。母さん。


この女の声も嫌だ。高くて柔らかいこんな声。嫌だ。

そんな日常茶飯事に考える事で悩みながら俺は席に着いた。


俺の朝飯は弟のより少ない。

この女みたいな小さな胃も大嫌いだ。

もう少しこの体が大食いだったらこんなこと考えなくてよかったのに


 あ、花蓮ちゃん。髪が耳に掛かってないわよ。


 ホントだ。


そう言って俺はこのセミロングの髪を耳に掛ける。

この髪も大嫌いだ。ツヤツヤで長くて少し茶髪なこの髪が。

本当は切ってしまいたいが、母さんがヒステリックになりそうなのでやめた。

なんで切ったの!?あんなに可愛かったのにぃ!それじゃまるで男よ!あの人みたいじゃない!なんでぇ!なんでよぉ....

と泣き叫ぶ母さんが脳裏に浮かぶ。


母さんと父さんは俺が中一の時に離婚した。

父さんは酒癖とDVが酷くて、俺でも耐えられなかった。

ギャンブル好きで、なんで母さんはあいつと結婚したのか分からないほどだった。


少ない量でおなかいっぱいになった俺の胃にため息をつきながらソファにあるバッグに手を伸ばした。


 歯磨きしてから行きなさいねー


急な母親の声に少し驚いて俺は頷いた。

息を吸い込みながら前かがみだった体を戻し、

息を吐きながら洗面所へ歩いて行った。


母さんが選んだピンク色の可愛らしい歯磨きに青い歯磨き粉をつけて歯を擦る。

無心になりながら鏡に写った自分を見る。

自分で言うのも何だが俺は女としては結構可愛い。

白い肌に茶色がかった髪、並行二重に大きい瞳、長い睫毛。どれも母さんと父さんの遺伝子だ。

顔がいい父さんは昔からモテていたし、可愛らしい母さんは父さんの恋愛対象になり、父さんを恋愛対象にした。

可愛くなかったら、もっと男として振舞えたのだろうか。

そんなことを考えながら口の中の少し辛い泡を吐き出した。

苦しみを吐き出すように。


口の周りを拭き、もう一度鏡の自分を見て、俺はリビングへ戻った。


弟がニュース番組を見ながら靴下を履いている。


 蓮ー?貴方も歯磨きしちゃいなさいー。


 んー分かったー


その弟の男の声、男の顔、男の体、が欲しい。

欲しくてたまらない。


俺は弟の顔から目を逸らしながら女物のバッグを手に取った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


学校門に着くといつも通り沢山の人が下駄箱に向かって行っていた。

俺も一呼吸した後、下駄箱へと足を踏み出した。


 あっ!花蓮ちゃ~ん!おはようー!


頬を少し赤らめながら俺に向かってそう言う。

彼は俺の心が男だという事を知らないんだろうな...


 おはよ~、悠太君~


俺は笑顔で彼の方を向いて答える。

女みたいに

可愛らしく


 マジで花蓮ちゃん今日も可愛い~マジ天使~


彼は俺に近づきながら頬を赤らめて言う

その男の目が少しばかり気持ち悪いと思った。


 え~そうかなぁ~?でもありがと~


俺は彼から離れるために

会話を切って早歩きで下駄箱に向かった。


一番上のギリギリ届く下駄箱に背伸びをしながら手を伸ばし自分の上履きを取る。

足を後ろに回して履く女の子のポーズで小さい足に小さい上履きをはめ込む。その行動は周りから見たら可愛い物だろう。だが俺はこれがどれほど気持ち悪い物か。


長い階段を体力を消耗しながら一歩一歩上り、やっと二階に着いた。

口で息をしながらもうふらふらになってしまった足でクラスへと向かう。


五月蠅い、面倒くさい、生きずらいということを覚悟しながら教室へ入る。

ドアを開け、一歩踏み出し、口を笑顔にする。


 あー!花蓮ー!遅いよぉー!

 あー、きょーも可愛い!

 ねぇ~マジ可愛い~


一軍の陽キャたちが俺に話しかけてくる。

その可愛いという言葉がどれほど俺を傷付けるかも知らずに。

彼女らは俺のいつメンだ。


入学初日に可愛いからと自分らのグループに引き込んだ。

彼女らは俗に言う陽キャで、目立つので本来であれば関わりたくなかった。

しかし仲を遠ざけるとイジメられそうだったので友達になった。

ちやほやしてくれているし、悪い気はしない。


 ありがと~。みんなもかわいいよぉ~。


笑顔で口を綻ばせながら言う。


 もぉ~ありがとぉ~。


と俺の頬を摩りながら彩夏が言う。


 ねぇ~花蓮~宿題やってきた~?


俺の机に手を置いてしゃがみながら由愛が言う。


 見せてもらおうとしてるでしょ~。自分でやりな~


由愛の頭に軽くチョップを入れてから凜々花が言う。


彼女たちは頭からつま先までおしゃれを欠かさない。月に二回美容室へ行き、まつエクをして、ブランドの服とメイク用品を買って、ネイルをし、マッサージに行く。


始めはどこからそんなお金が出てくるのかと驚いた。

聞いた。

さらに驚いた。


 ねぇ~由愛~?昨日はいくら稼いだ?www

 ちょっとぉ~学校でやめてよ~。24だよ

 え~マジ?稼ぎすぎ。私15なんだけど。

 由愛のパパはマジ金持ちだからね~


そうパパ活だ。

お金のために体をささげる行為。

彼女たちは容姿が整っているため、かなり稼げるそうだ。

気持ち悪い。


 はぁ~い。みんな~席に着け~。


先生の声が教室に轟く。

彼女らは少し離れた自分の席にそれぞれ戻っていった。


 ホームルーム始めるぞ~

 みんな知ってると思うが来月には文化祭がある。だからこれから何するかを決めて  

 いくぞ~。じゃ委員長宜しく


担任が委員長に丸投げをした。


 ちょっすず先~ww丸投げすぎ~ww

 凜々花困っちゃうじゃぁ~んww


由愛と彩夏が友達に言うように担任に言った。

一軍女子というものは大体こういうものなのだろうか。


 ん?難しいか?凜々花。


担任が馴れ馴れしく凜々花と名前で言う。

何かあるのだろうか。


 いえ、大丈夫です。任せてください。

 ちょっ凜々花優しすぎ~

 マジかっこいい~


一軍だけが喋る空間になると誰も入ってこれなくなる。

彼女は気にしないように黒板の前に行き、

文化祭アイディア

と綺麗で大きい字で書いた。

 

 では。始めていきます。案のある人は?


堂々とした凛々しい声で言った。


 は~い!ありま~す!


彩夏が手をピンと伸ばして大きな声で言った。


 じゃ彩夏。


慣れたような雰囲気で彩夏の名前を呼ぶ。


 メイド喫茶!


彼女は自信ありげに言った。

続けて由愛も


 私もメイド喫茶がい~


二人が自信ありげに大きな声で会話をしている。


 ねぇ~やっぱりメイド喫茶しかないっしょ!

 マジで花蓮のメイド見たいし!


ここで私を出してきた。

私まで彼女たちのような迷惑な人だと思われしまう。


 花蓮もメイド喫茶がいいよね!?

 うん、楽しそう。


私は文化祭が何でもよかったので適当に返事をした。


 オッケー書いておくね。じゃ他に案のある人ー?


凜々花がそういうと二軍の真ん中ほどの立ち位置の女の子が手を挙げた。


 じゃあ前田さん。どうぞ


彼女は彩夏とは全く違う言葉遣いで言った。


 ww凜々花よくあんな陰キャの名前覚えてたねww

 ちょっ彩夏声大きいww凜々花委員長なんだから当たり前じゃんww


彩夏と由愛は斜め後ろの前田さんにギリギリ届くくらいの声量で笑いながら言った。


 ////っ


そのせいで前田さんは悔しそうな、今にも泣きだしそうな顔になってしまった。


 えっと私は....お化け屋敷がいいと..思います。


前田さんは下を向きながら言った。


 お化け屋敷ね、書いておきます。


凜々花がそういった時、再び始まった。


 委員ちょー私お化け屋敷嫌だー


由愛が手をあげながらにやついて言った。

前田さんは下を向いていた。私は一粒の雫が前田さんの机に落ちるのを見ていた。


 えっちょっ由愛....


凜々花はさすがに混乱していた。


 私も嫌だ―wwwなんかお化け屋敷ってダサくない?可愛くないしww


合わせるように彩夏が言う。


 マジそれーwww


前田さんはついに大量の涙を流し、手でそれを拭っていた。

鼻をすする音も聞こえていた。

ここで大丈夫?と声を掛けたら自分がいじめられる。それは全員が分かっていた。

そんな中。


 ちょっとーそれはひどいでしょー大丈夫?前田さん


朝校門で私に声をかけてきた悠太が一個前の前田さんの隣に行き、ティッシュを渡していた。


悠太は泣いている女の子に声をかけるタイプではない。

何なら女の子を泣かせるタイプだ。


それに由愛たちが悠太を睨んでいないのもおかしい。

というよりむしろ笑っている...?


私はそんな彼と彼女たちの行動に嫌な予感がしていた。





















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