【2-3】 その女、『高嶺の花につき』
そして現在、俺はといえば、どうしようもない手の打ちどころについて思案していた。
HR前、全校生徒が寝ぼけ眼を擦りながら一斉に登校しだす時間だ。
慣れた足取りで正門をくぐり、玄関を抜け、靴を履き替え教室へ向かう。階段を上りながら、すれ違う知人と挨拶を交わし、他愛もない会話を展開したりする。
気だるげに足を踏み入れる者、友人と談笑しながら現れる者。朝から宿題に追われ、頭を抱える者。俺も例に漏れず、学生にとっての日常の風景へと溶け込んでいった。
「うぃ、
「おう」
教室の扉をくぐり、もはや自動的に喉から流れるような軽い挨拶を交わす。
俺より数分早く到着したのであろう
俺はその一つ後ろにある自分の席に荷物を置いて椅子に座る。
「今日は来んの早いじゃん?」
「二週連続で遅刻なんてしてみろ、
「しかし肝座ってるよなーお前。課題やるくらいだったら死ぬ気で起きるわ」
「勘違いすんな、人より向上意識の高い俺は自分から課題を受けに行っただけだ」
俺が昨日の晩に必死こいて片づけた宿題用紙をちらつかせると、滝田はぷっ、と吹き出して笑う。
「なにが向上意識だ。そういうのは特進行ってからほざけよ」
「バカにしやがって。次のテスト見とけよ」
「期待してるわ。特進のエリートを見返してやれ」
特進ね。
こう意識を向けてみると、意外にも学園法の影響は生徒間に根付いているように思える。人の噂や空気に流されないような滝田でさえ、話に持ち出す程度には。
廻戸先生が俺に、俺たちに課したのは、こういう現状の改善だ。いや、改変とでもいうべきか――善くするのではなく、無かったことにする。そのためには、学園法以上の影響力を持つ人間にならなくてはならない。
その線で行くならば、まず学校中の俺に対する評価を見直さなければいけない。大袈裟というか、自意識過剰というか。
まあでも? 内心、大して気にしていなかったりする。
なんせ俺は見ての通り基本スペックは高めなんだ。自他共に認めるイケメンだし? どんな奴とも話を合わせられるコミュニケーション能力に、大抵のことはできてしまう要領の良さ。勉強だって苦手じゃないし、運動神経もいい方だ。一介の男子高校生としてはなかなかの優良物件だと自負している。おまけに生涯で彼女いたことなし、つまりピチピチの初物なわけです! ……誰かもらってくれ。
要するに、俺という個人の人間的魅力においては、これからのセルフプロデュース次第。
だが、それは長期的な問題だ。
俺が取り組むべき目下の問題は――
「? どこ見てんだ天川」
「なんでもねえ」
ふと向けた視線の先を悟り、滝田がにやりと笑う。
「おいおい、あんま
「お前は花室をなんだと思ってんだ」
聞こえない声量で抑えつつ、だが目線は外さない。肘をついた手に顎を置き、ただじっと彼女を見つめる。
花室
朝の騒がしい空間の中で、誰と話すでもなく、凛とした姿勢でそこに佇んでいる。
季節は春。暦の上では晩春と呼べるはずなのに、彼女の周りは肌寒さの残る冬のような空気が漂っていた。とても普通科クラスとは思えない光景である。
「えらいねえ彼女。やっぱ普通科の中でも頭一つ抜けてるわ」
「それな。なんでうちいんのってレベル」
「それも含めて高嶺の花って感じだよなー」
花室はその容姿もさることながら、成績も上位層に位置している。
きわめて異質な彼女の存在のおかげか、『五組は花室さんがいるからまだマシ』『特進ほど優秀ではないが、普通科ほど落ちぶれていない』といった扱いをされ、俺たち二年五組は事実上特進クラスと普通科の中間に属しているような評価を受けている。
ともあれ、俺が彼女にこう注目しているのは、やはり昨日の一件をどう解決するか探っているからに過ぎない。
同じクラスとはいえ、あまり人を寄せ付けない彼女と関わったことはまだない。だってまだ五月だぞ。クラスの半分程度と言葉を交わしたことのない俺にとって、花室はもうボスみたいな認識だった。
「滝田って、花室と喋ったことある?」
「ちょっとだけな。そりゃ、かわいいコには声かけるさ」
「少しだけ羨ましいよ、お前のそういうとこ」
「それほどでもねえっす」
褒めてはないけどな。
かくいう俺も、滝田の人当たりの良さのおかげでこいつと仲良くなれた節がある。
だが、そんな滝田でも、対花室の手ごたえはなかったようで。
「会話は成立するんだけどな。ほぼ突っぱねられたよ」
「明らかに花室と相性悪そうだもんな、お前」
下心見透かされてんじゃねえか。
「なんだ天川、花室さんのこと狙ってんの?」
「そういうのじゃねえよ。……でも、仲良くなっとくに越したことはないか」
……ふむ。
一つ、作戦を思いついた。
ともすればうまくいくんじゃいないか。淡い期待を抱いて、俺は一限の授業へ向かった。
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