【2-1】 飯田の告白大作戦〈序〉


「俺は、五組の花室はなむろ冬歌ふゆかさんが好きなんだ!」


「「――……は?」」


 刹那、思考停止。


「俺の頭は彼女のことでいっぱいなんだ。彼女のことを考えると、胸が苦しくなって、なにも手につかなくなっちゃって……。これが恋なんだって、二人のおかげで気付けたんだ!」

「まてまて、飯田いいだ、一回タイム」


 想いがあふれ出す飯田を今度こそ抑制して、俺はもう一度思考を巡らせる。

 そして、会議机から身を乗り出し、目の前の少女をびしっと指さした。


「え、こいつじゃないの? 明らか桜川さくらがわに恋してる展開だったろ今の!」


 桜川の前で縮こまったり、やけに俺らの関係に迫ったり、OBT思わせぶりな態度張りまくってたろ! どんなミスリードだよ。考察のしがいなんてない長期連載でもなんでもない序盤の序盤だぞ。


「いやいや、桜川さんは俺には夢のまた夢だろ! 恋するだなんておこがましい真似できるかよ!」


 全力で手を振り首を振り否定する。ここまで来るとヒロインっつーかアイドルの域だろもう。


「つまり、桜川は恋愛対象として見られていない、と」

「わたしがフラれたみたいになってない……?」


 さしもの桜川も真っ向から否定されると心に来るものがあるらしい。



「飯田、お前さ。桜川は夢のまた夢とか言ってるけど、じゃあなんで花室なんだ?」

「うん? どういうことだ?」

「なんで花室ならいけると思ってんだ。お前とあの人が釣り合うと思ってんのか?」

「う」


 花室冬歌。

 海南高校二年五組、即ち俺のクラスメイトだ。


 彼女について述べるとすれば、まず脳裏によぎるのが、高嶺の花という単語である。

 評価するうえで単純かつ注目されがちな容姿について言えば、誰もがうらやむほどの美貌。桜川がかわいい寄りのルックスとすれば、花室冬歌は美しいという表現が最も似合う人物だ。


 それゆえに彼女に思いを寄せる男たちも多い。タチが悪いことに、桜川で玉砕した男どもが花室ならいけると勘違いして、それでも同じ失敗は繰り返さないように一歩を踏み出せず隠れファンみたいになることが多いのだ。単純な男性人気だけなら、桜川に引けを取らないのではないかと俺は踏んでいる。


「桜川で埋もれがちだが、あの高嶺の花はだいぶ難易度高いと思うぞ。そんな彼女がお前に振り向くかね?」

「こらこら、ネガティブに考えないの!」


 桜川が割って入る。というより俺を止めに来た。恋愛感情の対象が自分でないと分かった瞬間、都合よく態度を切り替えやがったぞこいつ。

 だが、事実だ。その事実はなにより、飯田自身が理解しているはずだ。


「天川の言う通りだ。分かってる、俺なんかが高嶺の花の心を射止めるのは難しいってことくらい」

「で、でも。恋愛って単純な魅力だけじゃなくて、なにが起こるか分からないから。まだ諦めるのは早いんじゃないかな?」

「いいや、諦めてなんかない」


 飯田は拳をぎゅっと握りしめ、熱い眼差しを俺たちに送る。


「でも、好きになってしまったんだ。たとえ釣り合わないとしても、俺は必ず彼女に思いを伝えたいと思ってる!」


 まっすぐな言葉だ。

 なんてまっすぐな人間なんだ、この男は。

 その姿に、思わず感化されてしまう。



「……相談内容ってのは、花室攻略の手助けでいいのか?」

「天川、協力してくれるのか?」

「そういう役目なんだから、やるしかねえだろ」


 まっすぐな目で見られるのが申し訳なくなって、目を逸らして答える。

 なにせ廻戸先生がこいつを仕向けた真意は、その『課題』のためだ。


『課題』――学園法を撤廃するために、カーストの頂点に立つこと。そのためには、こういった恋愛相談や悩み解決を通して民衆の信頼を稼ぐ必要がある。人徳を積み上げる。遠回りだが、俺にとってはそれが最善策だということには同意だ。


「わたしも協力するよ!」

「桜川さんまで、いいの?」

「もちろん、任せてよ」


 っち、やっぱこいつも出てくるか。

 まあいい。協力、なんて口では言っているが、やり方は俺と桜川で分かれるだろう。いかに邪魔されずに計画通りに進められるか。俺が考えるのはそれだけだ。


「二人とも、ありがとう!」


 もはや眩しいくらいの笑顔を飯田は浮かべていた。

 それに俺たちも努めて笑顔で応じる。


 ……裏でドス黒い欲望がうごめいているのは内緒だ。

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