第40話 ニシャの決意

 《*ニシャ視点*》



 ニシャは、真っ暗な中に、ぽつんと立っていた。目の前にはアーモンド形の二つの穴があり、そこから外の光景を見ることが出来た。

 雲行きが怪しいスーリヤ宮の様子、目の前に書かれ続ける文字と魔法陣、そして、カエとアルジェン王子が、武器を持ってバトルを始めてしまった。


(どうしよう…姫様が……姫様が)


 カエを助けたいのに、全く身動きが出来ない。まるで、足裏が暗い地面に縫い付けられてしまったようだ。

 アンブロシア宮で1人待機していたら、あっさりと≪分身トイネン≫が倒されてしまい、スーリヤ宮に連れてこられた。そして妖術師により身体を乗っ取られて、ニシャの意志は抑え込まれ、異世界送還魔法陣を書かされ続けている。

 完成にはまだ時間がかかる。複雑で大がかりの魔法だから、そのための時間稼ぎをアルジェン王子はしていた。


「ニシャ! ニシャ!!」


 アルジェン王子の攻撃を防ぎながら、カエが自分に呼びかけ続けてくれている。透き通るような、空のような青い瞳で見つめながら。


(今すぐ姫様に加勢したい! あたしの≪トイネン≫を出すことが出来たら、アルジェン王子なんて、ポイポイって出来ちゃうのに!)


 王女を護るためにソティラスは存在している。カエの優しさに触れて、自分からカエのソティラスになりたいと望んでなったのだ。


(あたしは姫様だけの存在ものなの。アルジェン王子の為なんかじゃないわ!)


 手を伸ばせばすぐ届く位置にカエはいる。なのに、ニシャの意志で身体は動かせない。


(あたしの戦闘力はまだ未熟で、実戦はまだ早いから、だからみんなと一緒に戦いに行けなかった)



**


魔法士タイカは他の特性を圧する力があるが、それだけに実戦で動けるだけの経験が必然となる」


 そう、同じ魔法士タイカのアールシュは教えてくれた。


「ニシャ、君は決して弱いわけじゃない。ただ、今回は十二神将が相手になる。我々より経験も実力も上だ」

「はい…」

「有望な魔法士タイカを王女から奪いたくない。だから、君は残り、万が一に備えて王女を任せたい」

「!!」


 にっこり笑うアールシュに、仲間たちも信頼の目で頷いてくれた。


**



(あたしは任されたのに……信じてくれたのに)


 書き進む文字と魔法陣。


(妖術師の考えの断片が判る……、この魔法陣が完成すると、発動が止められなくなっちゃう。そしたら、この世界が別の世界に丸ごと送られちゃうわ。そうしたら)

(……みんな死んじゃうかもしれない)


 異世界召喚は必ず成功するわけじゃない。カエやアルジェン王子は奇跡的にこちらの世界に、五体満足で辿り着いた。

 運が良かったのだ。

 逆に、異世界へ人間だけじゃなく、世界そのものを送り込む場合、規模が大きすぎてどうなるか判らない。


(妖術師もアルジェン王子も、それが成功するかどうかなんて関係ないんだ…)

(王様になれないなら、全部壊しちゃう、姫様も殺すためにやってるんだ)


 ――そんなのダメ!


 ニシャの心は強く叫んだ。

 すると、文字を書くニシャの手の動きが若干鈍った。


(はっ!)


 それに気づいて、ニシャは目を見張る。


(止められる!!)


 ニシャは暗闇を打ち払うほどの強い意志で叫んだ。


壊れろヴィナシュ!!」


 すると、暗闇に白い亀裂が幾筋も走った。そしてニシャの手が、文字を書くことを止める。


(あたしの魔法が使える! なら)


 ニシャは≪分身トイネン≫を出すために念じる。

 動きを止めたニシャの足元から影が伸びて広がり、愛らしいニシャをそのまま大人にしたようなバリー・ニシャが現れた。


(おとなしくしていろ、小娘!!)

(うっ)


 重く老人の声が頭内に響く。――それは、身体の奥から圧するような、重く乾いたレヤンシュの声だった。

 神経に刺さるような声は激痛を伴い、ニシャは痛みのため目を瞑った。


(……負けない……)


 瞼を震わせながら目を開き、もう一度力強く叫んだ。


壊れろヴィナシュ!!」


 今度はニシャの身体が声を発した。


「ニシャ!?」


 ニシャの大声がして、カエとアルジェン王子がニシャを振り向く。


「ひ…姫様…」

「ニシャ! 良かった!」

「姫様……ごめんなさい、あたし…」

「オイ!! どうなってるレヤンシュ!!」


 ニシャ自身が身体の支配権を取り戻したことに気付き、アルジェン王子は怒鳴った。


「あたし、こんな…ほう…ほうでしか…」

「ニシャ?」


 ニシャの中で、レヤンシュがニシャの意志を抑え込もうとしてくる。それに必死に抗い、ニシャは最後の力を振り絞った。


(こんな形でお別れなんて、したくなかった…)

(でも、あたしは姫様のソティラスなの!!)


「バリー・ニシャ!!」

「…はい」


 バリー・ニシャが宙に文字を書く。


「我らを貫け!!」


 床から無数の金属のように硬質な太い針が突き出て、ニシャとバリー・ニシャの身体を刺し貫いた。


「どう…か……女王に…」


 バリー・ニシャは黒いタールのように溶けて消え、ニシャの小さな身体は太い針に貫かれたまま動かなくなった。



 《*ニシャ視点・終わり*》




「クソが!! レヤンシュは生きてるのか!?」


 アルジェン王子はパタの切っ先を床に叩きつけて怒鳴る。

 謁見の間に展開していた異世界送還魔法陣が動きを止めた。それと同時に、ウシャス宮殿全体を揺るがしていた震動も治まっていた。

 やがて、ニシャの手が、ヒク、ヒクっと動き出す。


「……少々…お待ち…ください…」

「おお、生きていたかレヤンシュ!」


 歓喜するアルジェン王子とは対照的に、カエの表情かおは凍り付いていた。


「ニ…シャ…?」


 目の前の光景が信じられなかった。


(みんなの中で一番の甘えっ子で、一番可愛くて……)


 カエにとてもなついていた。


 ――あたしに、お姉ちゃんが出来たみたい


 そう言って笑っていたニシャが、自ら命を絶つことで、異世界送還魔法陣の完成を阻止してくれた。


(そんなこと、望んでないのに――)


 震える頬に、涙の粒がいくつも流れていく。


「ニシャああああ!!」


 カエは絶叫した。


「ハハッ!! お前も一緒に死んじゃえよ!」


 カエが戦意を喪失したのを見て、アルジェン王子はパタをカエに突き出した。


「そうはいかねえんだよ!!」


 疾風のような影が、2人の間に飛び込む。

 アルジェン王子の剣はカエに突き刺さることなく、シャムの胸を深々と貫いた。

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