第18話 シャムという男・後編

 あの日、バークティ様が王都リリオスに出向いていて留守の時のことだ。

 領地内で小規模の暴動が起きた。

 小学校や養護施設の近くだったから、ちょっとした騒ぎになった。それを王女が聞きつけたんだ。


「子供たちの避難を助けるわ! シャム、車を出して!」

「いやしかし」

「一刻を争うの! 早く!」


 王女の気迫に圧しきられて、俺は車を出した。

 現地は凄い混乱で危険な状態だった。しかし王女は、あちこち火や煙を上げる中を走り回って、逃げ遅れている子供たちを救出して回った。

 時には暴徒に出くわして、襲われながらだ。しかし護身術が役に立って、王女は勇ましく難を逃れていた。

 俺も手伝いつつ、王女の勇敢な姿に感動すら覚えてたよ。内向的でオドオドしてた、あの王女がって。

 つい浮かれちまった。

 だが、死角から子供を突き刺そうとした暴徒の短剣を、王女は護身術ではなく、その身を挺して防いだんだ。

 あまりにも咄嗟だったんだろう、考えるよりも先に身体が動いちまった、ってやつだな。しかも最悪なことに、急所にドンピシャよ。

 俺は、見ていたのに、駆けつけるのが間に合わなかった。本当に、あと一歩だった。なのにダメだった。守って、やれなかった…。

 血だまりの中に仰向けに倒れてて、死に顔は微笑んでるようにも見えた。どこか誇らしげで…あの子なりに、何かを成し遂げたつもりだったのかもしれねえな。

 達成感、ってやつなのか? そうかもしれん。

 王女が生まれてからずっと、この15年間見守ってきた。大事に見守ってきたのに、俺はなんてことをしちまったんだろうな。

 内気でいい、オドオドしててもかまわねえ。

 健康に、元気に生きてくれてたら、それ以上は望んでいなかったんだ。



 《*シャム視点(シャムの独白)・終わり*》




 太々しいシャムの顔が、悲痛な色に塗り替わっていた。

 カエは何か言わねばと身を乗り出す。


「そ、それは、シャムのせいじゃないよ、暴徒のせいだよ!」

「いいや、俺のせいだ」

「なんで」

「護身術なんて教えて、褒めちまったから、だから王女はヘンな自信をつけちまったんだ。持たなくてもいい自信だ。なくてもいい」


 シャムは「クッ」と奥歯を噛みしめた。


「ソティラスを早めに作っておけば、暴動も≪分身トイネン≫の力を使って安全に鎮めることが出来たんだ。自分が危険の中へ飛び込まなくても≪トイネン≫が解決できた!」


 片手で乱暴に顔半分を覆う。


「それなのに、護身術なんて半端なものを身につけたから、無謀を発揮して死んじまった」

「……」

「俺のせいだよ」


 カエは何も言うことが出来ず、ただ隣に座り込んで黙っているだけだった。

 生まれた頃からずっと見守っていたシャンティ王女。

 本当に誰も悪くない。悪いのは子供を刺そうとした暴徒であって、不幸が重なり合って起こった悲劇としか言いようがない。


(シャムは少しも悪くないのに、責任を重く感じてるから、だから私にあんなに強く言ったんだね)

(二の舞にならないよう、同じ悲劇を起こさないように…)


 これまでカエにしてきたシャムの言動、態度、どれを思い起こしてもムカつくオッサンだ。しかし、内情が判れば、カエのことを心配してのことだと気づく。

 中にはただの嫌味もあったが、本気で心配してくれていたのだ。


(優しいんだ、シャムのくせに)


 カエは空を仰いだ。空はもう、色を深め始めていた。

 シャムは「ふぅっ」とタバコの煙を噴き出す。


「使いこなせ、子供たち…ソティラスと≪トイネン≫を。あいつら毎日必死に訓練しているぞ。おまえのためにってな。だから、うまく使いこなしてやれ」


(みんなが、私のために…)


 カエは目頭が熱くなるのを感じて、慌てて頭を振る。


「うん、そうだね。命がけで守ろうとしてくれてるんだもんね。みんなを信じなきゃだめだよね」

「そういうこった」


 話せてすっきりしたのか、シャムはいつもは見せない優しい表情かおになる。その表情かおを見た瞬間、カエの胸は鷲掴みされたように「きゅんっ」となった。

 急に、むさっくるしいシャムの顔が、ハンサムに見えてドキッとする。


(そ、そんな表情かおしたって、惚れてやらないんだからねっ!)

(錯覚よ、錯覚!)


 心臓がいきなり鼓動を速め、訳が判らなくなった。気がついたら、シャムの顔面を叩いていた。


「いだっ! いきなりなにしやがるテメーは!!」

「うっ、うるさいんだよシャムのくせに!」


 カエは真っ赤になって怒鳴った。


「ど、どうせ私は、子供たちも闇の異形も、片っ端からソティラスにしちゃってるんだから! 護身術なんてなくったって、みんなが私を護るから大丈夫なんだよっ」


 ふんっ! とカエはそっぽを向いた。


「そうしてくれ。そのほうがストレスが減って助かる」


 ワシャっと頭を掴まれて、カエは「ドッキーン」と心臓が跳ねた。そこへ、


「姫様!!」


 怒った顔でマドゥが駆けてきた。


「寝間着姿で邸内をうろつくなんて、はしたないにもほどがあります!!」

「あー…うん、ご、ごめ」


(マドゥがスニタ先生に見えたよ…)


「わっははははっ」


 シャムはもう一度寝転がって、大声で笑った。

 それを見て、カエもつられたように笑った。

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