森の中の駅
駅員さんと犬のマレ
地上と虹の橋を行き来するときは、銀河鉄道の「虹の架け橋路線」を使うと便利です。
虹の橋に行くには鉄道の他にも航路があります。でも、主流が渡し舟なので日数も掛かるし、舟には犬や猫、動物たちしか乗れません。
「どうして?」って訊かれても、そういう決まりだとしか、今はお答えできません。ごめんなさい。
虹の架け橋路線のちょうど真ん中あたりにある桑の木駅は、特急も急行も止まらない小さな駅です。駅からは美しい森が続いています。
桑の木駅に停車するのは、午前と午後に二本ずつある普通列車だけです。でも、無人駅ではありません。駅員さんが一人います。駅員さんは優し気で背が高くて痩せていて、おじいさんでもおじさんでもありませんでしたが、そんなに若くもなさそうでした。
駅員さんは、駅の横の宿舎に住んでいました。
その建物は宿舎というより山小屋のようで、板の間に物置と台所があるだけです。お手洗いとお風呂場は、台所の出入り口の外にありました。板の間には二段ベットと食卓兼用の机と椅子が二つ。
公休日に来る交代の人が宿舎に泊まっていくこともありましたが、一年のほとんどの日を駅員さんはこの古びた宿舎で暮らしていました。
でも、ひとりぼっちではありませんでした。一頭の大型犬といっしょに暮らしていたからです。
犬の名はマレと言いました。マレ—— mareには、海という意味があります。
マレは駅員さんが赴任して三年目の晩秋に、桑の木駅に突然現れた迷い犬です。根っからの野良犬ではなく、元々は飼い主がいたようでした。
最初は駅員さんも里親を探すつもりでいましたが、結局、番犬代わりに宿舎で飼うことにしました。もちろん、鉄道会社には許可を取りました。
マレは穏やかな優しい性格で、森からやって来た小さな動物たちや鳥たちがマレのごはんを突っついたり食べたりしても、決して追い払ったりはしませんでした。少し離れたところで、楽しげに見ているだけです。
駅員さんの
マレが迷い犬になる前はどんな名だったのかは分かりませんが、「マレ」という新しい名前がとても気に入っているようでした。少なくとも駅員さんには、そう見えました。
駅員さんは海辺の町出身で、桑の木駅に赴任するまでは月の海本線のターミナル駅に勤務していました。桑の木駅は故郷の海からも月の海本線からも遠く離れていたので、大好きな海がいつも近くにあるようにと迷い犬にマレと名付けたのでした。
時折、マレが駅員さんの帽子をかぶっていることがありました。
それを見て、マレに「駅長」とあだ名を付けたのはポストさんでした。この人は平日の決まった時間に、配達と駅の前のポストの集荷にやって来ます。駅員さんが「駅員さん」と呼ばれるように、この人もポストの集荷をするので「ポストさん」と呼ばれていました。
マレは「駅長」と声をかけられると、たとえ寝そべっていてもキリッと立ち上がり、「わん!」と元気よく返事をしました。きっと駅員さんといっしょに駅の仕事をしているつもりなのでしょう。
本来なら駅員さんの方が「駅長さん」なのでしたが、駅の利用客も親しい人たちもみんなマレを「駅長」と呼んで、駅長さんの方を「駅員さん」と呼んでいました。
ですから、あたしも彼を「駅員さん」と呼ぶことにします。
これを読んでくれているみなさんには、桑の木駅のこともマレ駅長のことも駅員さんのことも、たくさん知って仲良くなってもらいたいって、あたしは思っています—— え? 「あたし」は、誰のことですって?
えっ?! あっ! やん、あたしったら、口がすべっちゃった!
えっと、えっと、あたしは、えーと、その、えーと—— 今は、あたしのことは忘れてください! お願いします!
あたしは、もっとあとになって、お話の中盤以降から出てきます。取り敢えず、それまではというか、とにかくいったん、あたしのことは忘れてください。お願い、お願い、お願いします!!!
ちゃんと頼んだから、忘れるんだよ。いい? わかった? 忘れないと引っ掻いちゃうよ!
念のため、おまじないもしとこ。ちちんぷいぷい、忘れろ、忘れろ、忘れないと向こうのお山に飛んでって、虹の橋から落っこちちゃうよ〜! 忘れた? 忘れたよね?—— よし、お話の続き、行きます。
宿舎の前には、りっぱな犬小屋がありました。休みの日に何日もかけて、駅員さんがマレのために作ったのです。
「わたしの宿舎より、住み心地が良いはずだ。少なくとも、新築だし」
確かに犬小屋というより、マレの住まいといった方がふさわしい出来栄えでした。大きな体のマレにもゆったりサイズで、木の良い香りがして、ひなたぼっこ用のテラスまでついています。
それに引き換え、駅員さんの住む宿舎は駅と同時に建てられたとても古い建物でした。
「さすが、駅長さまにふさわしい立派なお住まいだ。部下の駅員さんの隙間風が吹くような部屋で駅長さまを寝起きさせては、
駅員さんは気を悪くするどころか、大工仕事をポストさんに褒められて得意満面でした。
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