【掌編】ツクモな炊飯器

笹村平六

1

「おなか、すいた……」


 時計は午前一時を指し示していた。冷蔵庫には何もない。コンビニまで五分、行けなくはない。でも、気がのらない。ベッドと一体化した体が起き上がる気配はない。


 そのとき——


「ピッ」


 部屋の隅で、小さな電子音が鳴った。まさかと思って振り向くと、三日前に米を切らして以来使っていなかった炊飯器が、全体的にぼんやりとした光を宿していた。


「炊きあがりました」とでも言いたげに。


「……え? 米、入れてないよな?」

 恐る恐る蓋を開けてみた。そこには——


 つやつやの、炊きたての白米。


 ふわりと、甘い湯気が立ちのぼる。ゆらりと立ちのぼるあまやかな湯気に、腹の虫が雄叫びを上げる。香ばしい、でもやさしい。湯気の香りだけで、なぜか涙が出そうだった。


「……誰だよ、炊いたの」


 そんなことを呟きながらも、茶碗を取り出し、よそう。しゃもじが入った瞬間、米がかがやきを増した。米のひとつぶひとつぶが自己主張してくるようだ。


 そのまま、何もかけずに口に運ぶ。


 ——ほわっ。


 甘い。ふっくらして、噛むほどに味が広がる。喉を通るとき、なぜか胸がいっぱいになる。


「うま……っ」


 気がつくと、二杯目をよそっていた。今度は飯の友のふりかけ類の引き出しの奥にあった塩昆布を添える。こんなに贅沢な食事があるだろうかと、深夜の台所で震えながら思った。


「……ありがとう」


 誰に言ったのか、自分でもわからない。でも、ふたたび鳴った「ピッ」という電子音が、それに応えるようだった。


それからというもの、空腹で眠れぬ夜が来るたびに、あの炊飯器は勝手にごはんを炊いてくれるようになった。


 近所の神社の宮司に話したら、ぽつりとこう言った。


「そりゃあ、あんたの炊飯器には“ツクモ化”したんだろうねぇ。大切に扱われて、飯の神様の力が宿ったんだよきっと。そうなった道具類は、腹の虫よりよく働くもんさ」


 今日もまた、夜が更ける。部屋の片隅、ぽわんと光る炊飯器。

 その蓋を開ければ、たったひとくちで救われる夜が、きっと待っている。


(了)

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