【第2話 はじめての人間の村】
朝霧にけぶる森を抜けると、丘の向こうに人間の村が見えてきた。
瓦屋根の家々、小さな畑、木柵で囲われた外周。
それはゴブが爺の話でしか知らなかった、知らない世界の風景だった。
「おお……これが、人間の村……」
ゴブは緊張に手を震わせながらも、その光景を目に焼きつけた。
シンは隣で大あくびをしながら伸びをする。
「さーて、とりあえずパンとか手に入るといいな。ゴブ、何が食いたい?」
「パン……? ゴブ、食べたことないのだ」
「じゃあ、初パンが今日のミッションだな」
シンは軽く拳を突き出した。
ゴブはきょとんとしながらも、恐る恐るその拳に自分の小さな拳を合わせる。
ゴブの心は、期待と不安でぐるぐるしていた。
爺がかつてこの村で尊敬されていたという話を思い出すが、自分があの爺のようになれるとは思えなかった。
*
村の門に近づくと、門番の男たちが眉をひそめた。
彼らの目は、ゴブに向けられた瞬間、敵意と恐怖をあらわにした。
「なんだ、魔物じゃねぇか! ここは人間の村だぞ!」
「帰れ! どこから来た!」
怒号が飛び、ゴブは一歩、二歩と下がる。肩が震える。声が出ない。
だが、シンが前に立った。
「じゃあ、俺も入らなくていいです。友達なんで」
淡々と言い放ったその一言に、門番たちも呆気に取られる。
「え、いや……お前、人間……だよな?」
「見たまんまです。でも彼と一緒にいるのが俺の選択です」
ゴブは驚いたようにシンを見上げた。
しばらく沈黙が続いた後、門番たちは渋い顔をしたまま、何も言わずに門を閉じた。
その後ろ姿が、立ち去る直前に一瞬だけ振り返る。
言葉にはしないが、その視線には、ほんのわずかな戸惑いがあった。
*
二人は村の外れの小高い丘で野営をすることにした。
「ゴブ……やっぱり、迷惑なのだ……」
「迷惑なんて思ってない。俺が好きで一緒にいるんだし」
焚き火を見つめながら、シンはクッキーを半分こしてゴブに渡した。
ゴブは静かに受け取る。
「……ありがとう、なのだ」
「なーんかさ、世の中って合理的にできてないよな。
見た目とか、先入観で決めつけてさ。
俺もちょっとそういうのに疲れてたから……ゴブがいてくれて、助かってるよ」
ゴブは一瞬、言葉を失った。そして、小さく呟いた。
「ゴブも……ゴブのこと、そう言ってくれて、うれしいのだ」
火のゆらぎの中で、ゴブはふと空を見上げる。
「……爺なら、どうしただろう。ゴブ、もう少しだけ、頑張ってみるのだ」
*
その夜、村の奥で騒ぎが起きた。
子供が一人、森で行方不明になったという。
ゴブが森の構造を説明し、シンとともに捜索に向かう。
痕跡を追い、子供の悲鳴を聞いて駆けつけると、モンスターが子供を狙っていた。
「罠を仕掛けるのだ、時間を稼ぐのだ!」
ゴブは落とし穴と絡み罠を即席で組み始める。
だが焦りから縄が絡まり、仕掛けに失敗しかける。
「ゴブ、深呼吸して! 落ち着けば大丈夫!」
その瞬間、ゴブの脳裏に爺の声が蘇った。
『恐れるな、知恵は剣より強いぞ、ゴブ』
「……ゴブ、大丈夫なのだ」
罠を修正し、モンスターの動きに合わせて発動。
シンは小石を投げて注意を引き、囮になる。
カシャリ。罠が作動し、モンスターは拘束された。
だがその際、ゴブは転倒して腕を軽く擦りむく。
「ゴブ、大丈夫か!?」
「か、軽傷なのだ……少し、痛いだけ、なのだ」
駆けつけた村人たちは、魔物が助けたという状況に戸惑いながらも、子供を無事に連れ帰る。
村長はその夜、二人に礼を述べ、納屋での一夜の滞在を許可した。
「昔にも、危険を救った魔物がいたと聞いたことがある……思い出したよ」
*
納屋の中、粗末な藁のベッドに横たわりながら、ゴブはぽつりと呟いた。
「……ゴブ、ちょっとだけ……うれしいのだ」
「明日はパン、買えるかな?」
「買えなくても……もらえるかもしれないのだ」
翌朝、出発前。村の子供たちがこっそり、パンを差し出してくれた。
「これ……ありがとう、ゴブ」
「パン、買えなかったけど……」
「……もらった、のだ!」
ふたりは笑いながら、再び旅路へと歩き出した。
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