【第2話 はじめての人間の村】

朝霧にけぶる森を抜けると、丘の向こうに人間の村が見えてきた。


瓦屋根の家々、小さな畑、木柵で囲われた外周。

それはゴブが爺の話でしか知らなかった、知らない世界の風景だった。


「おお……これが、人間の村……」


ゴブは緊張に手を震わせながらも、その光景を目に焼きつけた。

シンは隣で大あくびをしながら伸びをする。


「さーて、とりあえずパンとか手に入るといいな。ゴブ、何が食いたい?」


「パン……? ゴブ、食べたことないのだ」


「じゃあ、初パンが今日のミッションだな」


シンは軽く拳を突き出した。

ゴブはきょとんとしながらも、恐る恐るその拳に自分の小さな拳を合わせる。


ゴブの心は、期待と不安でぐるぐるしていた。

爺がかつてこの村で尊敬されていたという話を思い出すが、自分があの爺のようになれるとは思えなかった。



村の門に近づくと、門番の男たちが眉をひそめた。

彼らの目は、ゴブに向けられた瞬間、敵意と恐怖をあらわにした。


「なんだ、魔物じゃねぇか! ここは人間の村だぞ!」


「帰れ! どこから来た!」


怒号が飛び、ゴブは一歩、二歩と下がる。肩が震える。声が出ない。


だが、シンが前に立った。


「じゃあ、俺も入らなくていいです。友達なんで」


淡々と言い放ったその一言に、門番たちも呆気に取られる。


「え、いや……お前、人間……だよな?」


「見たまんまです。でも彼と一緒にいるのが俺の選択です」


ゴブは驚いたようにシンを見上げた。


しばらく沈黙が続いた後、門番たちは渋い顔をしたまま、何も言わずに門を閉じた。

その後ろ姿が、立ち去る直前に一瞬だけ振り返る。

言葉にはしないが、その視線には、ほんのわずかな戸惑いがあった。



二人は村の外れの小高い丘で野営をすることにした。


「ゴブ……やっぱり、迷惑なのだ……」


「迷惑なんて思ってない。俺が好きで一緒にいるんだし」


焚き火を見つめながら、シンはクッキーを半分こしてゴブに渡した。

ゴブは静かに受け取る。


「……ありがとう、なのだ」


「なーんかさ、世の中って合理的にできてないよな。

見た目とか、先入観で決めつけてさ。

俺もちょっとそういうのに疲れてたから……ゴブがいてくれて、助かってるよ」


ゴブは一瞬、言葉を失った。そして、小さく呟いた。


「ゴブも……ゴブのこと、そう言ってくれて、うれしいのだ」


火のゆらぎの中で、ゴブはふと空を見上げる。


「……爺なら、どうしただろう。ゴブ、もう少しだけ、頑張ってみるのだ」



その夜、村の奥で騒ぎが起きた。

子供が一人、森で行方不明になったという。


ゴブが森の構造を説明し、シンとともに捜索に向かう。

痕跡を追い、子供の悲鳴を聞いて駆けつけると、モンスターが子供を狙っていた。


「罠を仕掛けるのだ、時間を稼ぐのだ!」


ゴブは落とし穴と絡み罠を即席で組み始める。

だが焦りから縄が絡まり、仕掛けに失敗しかける。


「ゴブ、深呼吸して! 落ち着けば大丈夫!」


その瞬間、ゴブの脳裏に爺の声が蘇った。


『恐れるな、知恵は剣より強いぞ、ゴブ』


「……ゴブ、大丈夫なのだ」


罠を修正し、モンスターの動きに合わせて発動。

シンは小石を投げて注意を引き、囮になる。


カシャリ。罠が作動し、モンスターは拘束された。

だがその際、ゴブは転倒して腕を軽く擦りむく。


「ゴブ、大丈夫か!?」


「か、軽傷なのだ……少し、痛いだけ、なのだ」


駆けつけた村人たちは、魔物が助けたという状況に戸惑いながらも、子供を無事に連れ帰る。


村長はその夜、二人に礼を述べ、納屋での一夜の滞在を許可した。


「昔にも、危険を救った魔物がいたと聞いたことがある……思い出したよ」



納屋の中、粗末な藁のベッドに横たわりながら、ゴブはぽつりと呟いた。


「……ゴブ、ちょっとだけ……うれしいのだ」


「明日はパン、買えるかな?」


「買えなくても……もらえるかもしれないのだ」


翌朝、出発前。村の子供たちがこっそり、パンを差し出してくれた。


「これ……ありがとう、ゴブ」


「パン、買えなかったけど……」


「……もらった、のだ!」


ふたりは笑いながら、再び旅路へと歩き出した。

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