『吾輩はゴブである 〜奇妙なバディ!異世界人と紡ぐ、知恵と絆の旅路〜』

椎茸猫

【第1話 吾輩はゴブである】

深い森の奥、小さな小屋の中。

そこには、レッサーゴブリンの青年がひとり、埃をかぶった棚を拭いていた。


「……爺、もう何度も掃除したのだ」


ひとりごちた声に応えるものはない。

棚には薬草の束や古い本、かつて冒険者だったという爺――エルダーゴブリンの遺品が静かに並んでいる。


その中に、ひとつの巻物があった。地図のようだ。

ゴブはそれを広げると、指でルートをなぞった。


「この先には……村があるのだ。

爺が言ってた、人間の村……最後にもう一度見たかった場所、なのだ……」


腹の虫が鳴いた。

保存食は底をつき、森の狩りもうまくいかなくなっている。

孤独と不安、そして何かを変えたいという思いが胸を突く。


「ゴブ……もうここにはいられないのだ。世界を、見に行くのだ」


誰に言うでもなく呟き、ゴブは小さな背嚢を背負った。

その晩、眠りにつく前にぽつりと呟いた。


「……おやすみ、爺。ゴブ、がんばるのだ」



森を抜ける途中、風が止まり、木々がざわめいた。

何かに見られている気配がする。


ゴブが周囲を警戒しながら進むと、突如として空間が歪み、眩い光が広がった。

反射的に身を伏せたゴブは、しばらくして様子を伺う。


光の中心に、人間の青年が倒れていた。

……いや、よく見ると、奇妙な薄手の上下――ゆるゆるのパジャマのような格好をしている。


「……生きてる、のだ?」


恐る恐る近づくと、青年――シンが目を開けた。


「うわっ、まぶしっ……って、え? 君、しゃべってる?」


その瞬間、ゴブは硬直した。

自分の言葉が、通じている。


「なんで……人間なのに、ゴブ語がわかるのだ……?」


「いや、こっちが聞きたいよ。ていうか、君……めちゃくちゃかわいいな?

……てか、俺、パジャマで異世界!? 嘘でしょ!?

目覚まし壊れたのが原因か? マジか〜」


「……ゴブは、ゴブなのだ。かわいくは、ないのだ……」


妙な空気のまま、二人はしばらく見つめ合った。

そして、ひとまず火を起こし、簡単な食事を共にすることになる。


「君、名前は?」


「ゴブ、なのだ」


「……まんまじゃん。俺はシン。よろしく」


焚き火を囲みながら、シンがふと袋からクッキーのようなものを差し出した。


「甘いもの、嫌いじゃなければどうぞ。お腹、減ってるでしょ?」


ゴブはきょとんとした顔で受け取ると、恐る恐る一口。


「……あまい。……おいしいのだ」


「だろ?」と笑うシンの顔が、少しだけ優しく見えた。


「俺もさ……なんか、逃げてきたようなもんだし。

だから今ここで会えたの、たぶん運命ってやつかもな」


不思議な出会いの夜、森の奥に小さな焚き火が揺れていた。



夜半、またあの気配が戻ってきた。

茂みが揺れ、野犬のようなモンスターが現れた。


「シン、下がるのだ!」


ゴブは震えながらも、爺から教わった罠を木陰に仕掛けた。

シンをかばいつつ、枝を折り、石を投げ、最後は自ら囮となって誘導する。


カシャリ。罠が作動し、モンスターが拘束された。


「や、やった……のだ……」


「ゴブ、すごいじゃん! 命の恩人だよ」


「ゴブじゃなくて、爺がすごいのだ……でも、助けられてよかったのだ」


夜明け、二人は肩を並べて歩き出す。


「行くあて、ないんだよね。よかったら、しばらく一緒に旅してもいい?」


「ゴブも……ひとりは、さびしいのだ」


初めての友と歩く森。

はじまりの朝が、静かに訪れていた。

太陽の光が、少しだけ暖かく感じられた。

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