『吾輩はゴブである 〜奇妙なバディ!異世界人と紡ぐ、知恵と絆の旅路〜』
椎茸猫
【第1話 吾輩はゴブである】
深い森の奥、小さな小屋の中。
そこには、レッサーゴブリンの青年がひとり、埃をかぶった棚を拭いていた。
「……爺、もう何度も掃除したのだ」
ひとりごちた声に応えるものはない。
棚には薬草の束や古い本、かつて冒険者だったという爺――エルダーゴブリンの遺品が静かに並んでいる。
その中に、ひとつの巻物があった。地図のようだ。
ゴブはそれを広げると、指でルートをなぞった。
「この先には……村があるのだ。
爺が言ってた、人間の村……最後にもう一度見たかった場所、なのだ……」
腹の虫が鳴いた。
保存食は底をつき、森の狩りもうまくいかなくなっている。
孤独と不安、そして何かを変えたいという思いが胸を突く。
「ゴブ……もうここにはいられないのだ。世界を、見に行くのだ」
誰に言うでもなく呟き、ゴブは小さな背嚢を背負った。
その晩、眠りにつく前にぽつりと呟いた。
「……おやすみ、爺。ゴブ、がんばるのだ」
*
森を抜ける途中、風が止まり、木々がざわめいた。
何かに見られている気配がする。
ゴブが周囲を警戒しながら進むと、突如として空間が歪み、眩い光が広がった。
反射的に身を伏せたゴブは、しばらくして様子を伺う。
光の中心に、人間の青年が倒れていた。
……いや、よく見ると、奇妙な薄手の上下――ゆるゆるのパジャマのような格好をしている。
「……生きてる、のだ?」
恐る恐る近づくと、青年――シンが目を開けた。
「うわっ、まぶしっ……って、え? 君、しゃべってる?」
その瞬間、ゴブは硬直した。
自分の言葉が、通じている。
「なんで……人間なのに、ゴブ語がわかるのだ……?」
「いや、こっちが聞きたいよ。ていうか、君……めちゃくちゃかわいいな?
……てか、俺、パジャマで異世界!? 嘘でしょ!?
目覚まし壊れたのが原因か? マジか〜」
「……ゴブは、ゴブなのだ。かわいくは、ないのだ……」
妙な空気のまま、二人はしばらく見つめ合った。
そして、ひとまず火を起こし、簡単な食事を共にすることになる。
「君、名前は?」
「ゴブ、なのだ」
「……まんまじゃん。俺はシン。よろしく」
焚き火を囲みながら、シンがふと袋からクッキーのようなものを差し出した。
「甘いもの、嫌いじゃなければどうぞ。お腹、減ってるでしょ?」
ゴブはきょとんとした顔で受け取ると、恐る恐る一口。
「……あまい。……おいしいのだ」
「だろ?」と笑うシンの顔が、少しだけ優しく見えた。
「俺もさ……なんか、逃げてきたようなもんだし。
だから今ここで会えたの、たぶん運命ってやつかもな」
不思議な出会いの夜、森の奥に小さな焚き火が揺れていた。
*
夜半、またあの気配が戻ってきた。
茂みが揺れ、野犬のようなモンスターが現れた。
「シン、下がるのだ!」
ゴブは震えながらも、爺から教わった罠を木陰に仕掛けた。
シンをかばいつつ、枝を折り、石を投げ、最後は自ら囮となって誘導する。
カシャリ。罠が作動し、モンスターが拘束された。
「や、やった……のだ……」
「ゴブ、すごいじゃん! 命の恩人だよ」
「ゴブじゃなくて、爺がすごいのだ……でも、助けられてよかったのだ」
夜明け、二人は肩を並べて歩き出す。
「行くあて、ないんだよね。よかったら、しばらく一緒に旅してもいい?」
「ゴブも……ひとりは、さびしいのだ」
初めての友と歩く森。
はじまりの朝が、静かに訪れていた。
太陽の光が、少しだけ暖かく感じられた。
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