異世界転生「魔王軍下っ端から成り上がる」

横綱にんじん

第1話

【最初のノルマと絶望の始まり】


それは、どこにでもある、ただの平日のはずだった。


「石井くん、例の契約、明日までにまとめておいてくれよな。」

「……はい。」


いつもと変わらない上司の無茶振り。

終電ギリギリで会社を出るのも、もう何度目だろうか。


帰り道、和正はコンビニのガラスに映る自分のやつれた顔を見て、小さくため息をつく。


(……何やってんだ、俺は……)


月収は手取り20万。休日はほぼなし。将来に希望なんて持てるはずもない。

それでも、生きるために働くしかなかった。


駅のホームに着く頃には、足が鉛のように重くなっていた。


——また、何も変わらない一日が終わる。

——俺の人生って、なんだったんだろうな……。


そんなことを考えた瞬間、不意に心臓がズキンと痛んだ。


「っ……あれ?」


目の前が真っ白に染まる。足がもつれ、そのまま意識は途切れた。


***


気がつくと、そこは白銀に輝く不思議な空間だった。


「ようこそ、魂の管理所へ。」


目の前には、白銀の髪を持つ美しい女神が立っていた。


「あなたは、先ほど命を終えました。」


「は? 俺、死んだんですか?」


「はい。心臓が耐えられなかったようですね。」


——まさか、これがアニメでよく観る“異世界転生イベント”ってやつか!?


「女神様!俺、次は最強の勇者にしてください!異世界で大活躍して、ハーレムも作っちゃって、世界も救っちゃうアレですよアレ!」


女神は深いため息をついた。


「またですか。現世で自分の環境すら変えようとしなかった魂が、異世界で都合よく変わるとでも?」


「ち、違いますって!だからこそ次は楽させてくださいって……!」


「却下です。」


女神は冷たく言い放つ。


「あなたは魔王軍の物資管理課にでも配属されなさい。」


「はあ!? 魔王軍って悪役ポジションじゃないですか!」


「良い人生を——いえ、良い社畜ライフを。」


和正の悲鳴を背に、世界は再び光に包まれた。




——目覚めた時、そこは石造りの薄暗い部屋だった。


「ここは……どこだ……?」


体を起こすと、目の前に現れたのは見るからに厳ついオークだった。


「ようやく目が覚めたか。新入り。」


その胸元のプレートにはこう刻まれていた。


《魔王軍・物資管理課 課長 オルガン》


和正は、自分が本当に魔王軍に送り込まれたことを理解する。


(あの女神……ふざけやがって……!絶対に見返してやる……!)


でも、今の自分にそんな大それた野望はない。

ただ——「もうこれ以上苦しみたくない」

それだけだった。




「まずは配属手続きをする。ついてこい。」


オルガン課長に連れられ、和正は薄暗い石造りの廊下を歩く。すれ違うのは、見たこともない異形の者たち。


「おい、まさか本当に人間か?」

「久々の新人じゃねぇか。持つのかねぇ?」


低く唸るような声があちこちから飛んでくる。


(……マジで地獄に来ちまったのか、俺……)


重い扉の向こうには、薄汚れたカウンターがあった。


「ここで登録する。名前は?」


「い、石井和正です……。」


受付のゴブリンは薄笑いを浮かべながら帳簿に名前を書き込む。


「新人の割り振りは……物資管理課ね。ノルマは——っと。」


羊皮紙が無造作に突き出された。


《物資管理課・新人等級:D》

《今月のノルマ》

・魔獣の牙:300本

・魔法石:500個


「……は?」


「これが、お前の仕事だ。ノルマ達成は新人の最低条件。」


「ま、待ってください!いきなりこんなの無理に決まって……!」


「できなきゃ、ここでの居場所はない。ただそれだけだ。」


和正は目の前の羊皮紙を握りしめ、崩れ落ちそうな膝を必死で支えた。


(……またか。前の世界と同じだ……)


結局、どこに行っても生きていくためには地獄を這いずり回るしかないのか。


それでも、やるしかなかった。ここで終わりたくはなかった。


「……クソッ、やってやるよ!」


牙300本、魔法石500個。

和正の、絶望のノルマ達成への戦いが今、始まった。

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