第6話 真の悪徳貴族登場……!?
「俺と、とびきりの悪事を働かないか……?」
ハラス・レイコック伯爵からのその申し出に、俺は心躍らせていた。
とびきりの悪事……なんだそれ……!
めちゃくちゃ面白そうじゃんか!
それをすれば、俺も悪として箔が付くというものだ。
俺はあくまで、破滅しないために悪に染まろうとしている人間だ。一方で、ハラスはゲーム内でも屈指の悪人。つまり、本物の悪人ということだ。
そんな本物の悪人と一緒に悪事をすれば、俺もたくさん悪について学ぶことができるだろう。
最初、ハラスに話しかけられたときは、また俺をお人好し扱いして利用する気なのかと思った。
だけど、ハラスは俺を悪と認めてくれたのだ。
このまま一緒にハラスと悪事を働けば、利用されることもないだろう。
つまり、破滅フラグ回避のためにも、この悪事は絶対に成功させなくてはならない……!
「実は会員制の秘密結社があってな」
「秘密結社……!?」
ハラスの口から飛び出したその言葉に、俺はさらに胸躍らせる。
秘密結社なんて、めちゃくちゃかっこいいじゃないか……!
めちゃくちゃ悪っぽい。
「ああ、秘密結社『ハラミナティ』だ。国家の中枢にも入り込んで、さまざまな悪事を働く秘密の組織……。そこに入れば、さまざまな裏の世界の事情が知れる。知りたいか?」
「ああ、もちろんだ!」
そこに入れば、俺も真の悪と認められるだろう。
ついにこのときがきたのか……。
悪として名声を高めていけば、きっとそういう組織からもお声がけがあると思ったんだ。
アサシン教団だとか、なんたらメイソンだとか。
「だが、それにはお前が真の悪かどうかを見極めねばならん。これは中途半端な人間にはつとまらない仕事だからな。心を鬼にして、悪の道に染まることのできる人間でないと……。そういう特別なプロジェクトなんだ」
「だ、大丈夫だ! それなら俺はうってつけの人材だ! 俺ほどの悪はいないからな」
「そうか、なら、お前が本当に悪人だというのなら、俺ととんでもない悪事をしようではないか! それでどっちがより悪か、決めよう。俺に匹敵するほどの悪だとわかれば、入団を許可する」
「よし……! 望むところだ……! それで、その悪事ってのは、具体的になにをするつもりなんだ……?」
俺は、悪に染まれるなら、どんなことでもやるつもりだった。
もう善人として悪に利用されるのは御免だからな。
それに、ヒルデにもさんざん俺は善人だって馬鹿にされた。もうそんなのは嫌だ。
俺は本物の悪になってやるんだ……!
俺が尋ねると、ハラスは本当にとんでもないことを言いやがった。
「貧民街を焼き払って更地にし、貴族向けの娼館を建てる……とかってのはどうだ……?」
俺は絶句した……。
ハラスは続ける。
「それで、どっちがより儲けられるか、勝負しようじゃないか。まあ別に、勝つ必要はない。俺は最強の悪だからな。ただ、お前が本当に悪に染まれるのかを見るだけだ」
正直、ドン引きです。
……いやさすがに、それは悪すぎないか……?
もっとこう……普通のやつだと思ったんだが……。
さすがの俺もこう……躊躇してしまうというか……。
だってそれって……。
俺は思わず、
「えっ!? ちょっ、それってマジの極悪犯罪じゃ……!?」
「は……? だからどうしたというんだ……? 裏じゃあもっとヤバいことなんかいくらでもやってる。それともなにか? 怖気づいたとでもいうのか? お前は本当の悪ではないということか……?」
「い、いや……そ、そんなわけないだろう! このくらい、やってみせるさ」
「だよなぁ」
あぶねぇ……。危うく俺が根は善人だと思われるところだった。
そうだよ、このくらいで怖気づいていてどうする。
俺は前世での善人ぷりを捨て去って、今世では悪に染まると決めたんだ。
だったら、このくらい…………。
それに、ここでこいつに俺がビビり野郎だって思われると、またいいように利用されかねないからな。
悪人ってのは、すぐに善人につけ込んでくるんだ。ちょっとでも隙を見せたが最期。骨の髄まで利用されてしまう。俺はそういう悪人たちを嫌というほど見てきたんだ。
だから、絶対にこの悪行は成し遂げねばならない……。
そうじゃないと、俺は破滅フラグまっしぐらだ……。
今更やっぱやめますなんて言ったら、こいつ口先だけじゃね? って思われる。
だ、だがさすがに……貧民街を焼き払ってそこに娼館を建てるなんてのは、邪悪すぎる。
普通に貧民街を焼いたりなんかしたら、いったい何人死人が出るんだよ……。
たしかに俺は自分が生き残るため、他人をいくらでも利用して、搾取しようと決意した。
だけどそれは、あくまで金を搾取したり労働力を搾取したりってのであって、さすがに命を奪うまではやりすぎだ……。
自分が生き残るために、他人の命まで奪ってしまってもいいのだろうか……?
よし、別の案を提案しよう。
「な、なあ……他のにしないか……?」
「なんだ……? びびってるのか……?」
「ち、違う。その逆だ。貧民街を潰すだけではつまらんだろう? もっとどでかい悪を執行するのだ!」
「そうか……なにか考えがあるんだな……?」
「ああ、もちろんだ。俺はもっと壮大な悪の計画を企んでいるんだ。真の悪の計画をな……」
嘘です。
とにかくその場しのぎで言ってるだけです。
でも、なんとかここは誤魔化さないと……。
「ほう……なら、お手並み拝見といこうか。お前の"真の悪の計画"を聞かせてもらおうか」
「あ、ああ……」
やばい、どうしよう……!
なにも考えてない……!
ええい、ままよ。
俺は口から出まかせで、言っていた。
「債務者たちを死ぬまで働かせる『地下労働施設』を作る……! そういう計画だ……!」
「ほう…………それはなかなか、悪だな…………!」
「だろう……!」
俺の中で、悪といえばあの漫画のあの企業だった。
だから、なにも考えずにそんなことを口走っていた。
でも、どうやらハラスには認めてもらえたようだ。
「では、俺は貧民街を豪華な娼館に変えるという悪事を行う。お前は債務者たちの地下労働施設を作る。それによってどのような成果が出たかで勝敗を決めようじゃないか……!」
「いいだろう……!」
俺たちは硬い握手をして別れた。
ハラスが去ったあと、ヒルデが言った。
「なんででしょう……なぜだかルシアンさまが勝ってしまう予感がします……。秘密結社なんて、面倒なことにならなければいいですけど……」
「大丈夫だ。俺はいつも通り悪を執行するだけだ……!」
「……とかいいつつ、実際はただの善人なんですけどねぇ……。さっきの、貧民街を焼き払うのはさすがに躊躇われて、咄嗟に考えたんでしょう?」
「う…………そ、それは…………。ち、ちがう! とにかく、俺のほうが悪なんだ!」
「はいはい……」
ヒルデにはなにもかも、お見通しのようだった。
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