第3話 剣を教えて(後編)

「てなわけで……やっちまったっす」

「就任早々面白いことになってるねー」


 ルージュとの瞬く間の指導を終えたその日の夜。

 クローリオは自宅でブラウニーと共にいた。


「何にも面白くねぇっすよ。初手で接し方ミスったのは結構るものが……」

「それが面白いんだわ」

「腹立つ〜」


 注がれた酒をあおりながら2人は言葉を交わしていく。


「それでルージュの機嫌を損ねちゃったって訳だ」

「クソッ相談に来たって言うのに……」

「初手で地雷踏んじゃうのは面白すぎんでしょ〜」

「仲良くなれるかと踏み込んだらこうなったんすよ……!」


 頭をかきながらクローリオは苦悩に悩む。

 揶揄われるのは心躍るところではないが、自分が原因であるのもまた事実なのだ。


「……でも実際、本当に失言してしまったことに関してはやっちまったとは思ってるんすよ」

「ふーん?」

「何かを目指す理由なんて何であってもいいって話なのに」

「…………アタシもこっちに来て長くいる訳じゃないから細かいことは知らないけどね。あの子の家の事情が関係してるんじゃないかな」

「事情?」


 クローリオは顔を上げてブラウニーの方を見る。


「教室に書類とかはないのかい? 生徒の家族構成とかそういうの」

「無いっすよ。あるのは前日に聞いておいて自作した名簿だけ。だから正直名前くらいしか現状把握できてることしかないんす」

「あー、そりゃまぁ大変なこって」

「いやマジで本当に」


 見知らぬ土地。初の教師。初の教えるという立場。

 初めて尽くしのこの環境での立ち回り方などわかるはずもない。


「んー……ほいじゃあ教えてしんぜようかな。ルージュのことについて」


 そんな状況においてもなんとかして距離を詰めようとするクローリオの姿を見て心を動かされでもしたのか、ブラウニーはゆっくりと口を開いてくれるのだった。






 〜〜〜翌日〜〜〜


「じゃあ今日はここまで。気をつけて帰れよ」


 コンコンと教卓で冊子を整えながらクローリオは授業の終わりを告げる。

 ゾロゾロと揃って教室から出ていこうとする少女達の背からクローリオは声をかけた。


「ルージュ。スマンがちょっと残ってくれてもいいか」

「…………は?」




「で、何か用? ウチは先生に用事なんてないんだけど」


 放課後の教室。

 露骨に嫌そうな顔を見せながらルージュは悪態をつく。


「それでも残ってくれたんだな。ありがとう。正直そのまま無視して帰られると思ったからな……」

「先生が残れって言ったんだけど!」

「そうか。そうだなすまん。とりあえず1つ言いたいことがあるんだ」

「な、なによ……」


 クローリオは手に持った資料を置いてルージュに向き合う。

 ルージュはそれに威圧感を覚えたのか半歩だけ無意識に後ろに下がってしまう。

 しかし、次にクローリオが取った行動はルージュの思いもよらないことだった。


「昨日はすまなかった! お前の事情を知らないとは言え軽々しく踏み込もうとしたことについてちゃんと謝っておきたかったんだ!」

「えっ?」


 目の前で勢いよく頭を下げられたルージュは困惑の色を隠せないままその頭頂部を眺めるばかりだった。



「べ、別にそこまで怒ってないからそこまでしなくてもいいんだけど」

「そう言ってくれると助かる」


 困惑の数瞬が経った後、ルージュの言葉を受けてクローリオは頭をあげる。


「……てゆーかなんでウチの事情を知ってるか気になるんだけど」

「それは、ちょっと小耳に挟んだというか……うん。そういう感じの」

「どーせブラウニーさんなんでしょ。先生知り合いまだ少ないだろうし」

「うっ……鋭いな……勘違いしないで欲しいがあの人も面白半分で言った訳じゃなくてだな」

「いいよ。どうせいつかはわかるし」


 諦観したような表情を以てルージュは目線を落とす。

 そのままそっと机に腰掛けながら自らのことを話し始めていく。


「ウチのママ、病気なんだ。ウチにはよく理解できなかったけどお医者さんが言うには治すことは難しい病気で長くは生きられないんだって。だからセントラルの病院にずっと居るの」

「……らしいな。不治の病ってやつか」

「うん。それでパパは探索者になっててママを治すためにずっと遺跡ダンジョンに入り浸ってる」

「親父さんも剣士らしいな。だからお前は」

「そうだよ。1日でも早くパパの役に立てるようになりたい。遺物レリックっていうのがあるんでしょ。それがあればママの病気も治るかもしれない。だから強くなりたいって訳だよ」


 沈んだ顔を見せながらもルージュは強い瞳でその言葉を発していく。

 瞳の奥の暗い闇を見つめながらクローリオはただ頷く他できることはありはしなかった。しかし……。


「馬鹿みたいでしょ。こんな子供がそんなすぐに強くなれる訳がないし、それに……」

「馬鹿な訳があるか」


 その瞳を見捨てるという選択肢はクローリオには無かった。


「お母さんのために頑張ろうとしてるんだろ。それは間違いなく素晴らしいことであれ、馬鹿にされることじゃない」

「そうかな……」

「そうだとも。俺はお母さんのために、お父さんのためにと頑張ろうとすることができる優しいルージュお前は凄いと思うよ」

「…………」


 少しだけ、ルージュの瞳の奥に光が戻った。そんな気がした。

 認められたことで、肯定されることで、ほんの少しだけルージュの心は軽くなっていった。


「じゃあ、頑張るために教えて欲しいことがあるんだけど」

「おう。いつでも付き合うぞ」



 その日から放課後の中庭で木刀を振るい鍛錬に励むルージュの姿があった。

 傍らにはそれを見て時に口を挟み、時に励まし、時に相手をするクローリオの姿もそこにはあった。






「…………」


 そんな2人のことを見つめる人影に2人は気づきはしなかった。


「……ルージュ。その先生は信頼できませんよ」

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