禍奇ヘッドショット倶楽部 ―Magaki HeadShot Club― ~碧空学園オカルト研の退屈でちょっとホラーな日常~
みんと
第1話 美術準備室の首無しデッサン人形
私立碧空学園、通称「アオゾラ学園」。
その輝かしい名前とは裏腹に、どことなくカビ臭い空気が漂う旧視聴覚準備室が、我らが「(非公式)オカルト同好会」の主な活動拠点、というかサボり場である。
「あー……暇だー……」
ソファに沈み込んだ神楽坂陽太(かぐらざかようた)は、天井のシミを眺めながら気の抜けた声を上げた。
手にしたスマホのゲームはとっくにスタミナ切れ。新作の話題もとうに尽きている。
「陽太、あんたさっきからそれしか言ってないじゃん。ウケる」
隣では、姫川亜樹(ひめかわあき)がスマホの画面から顔も上げずに、けだるげに返した。彼女の指先は、校則違反ギリギリのネイルアートで彩られている。
この同好会における二人の主な活動は、このように「何もしないこと」だ。
いや、陽太に言わせれば「省エネ活動」であり、亜樹に言わせれば「有意義なサボタージュ」なのである。
そんな二人とは対照的に、部屋の隅の長机では、知的な活動(?)が繰り広げられていた。
「福田君、この『異界召喚の禁呪大全』に興味深い記述を見つけました。生贄は不要、必要なのは正確な発音と強い意志のみ、とあります。試してみませんか?」
月詠静(つくよみしずか)が、分厚い古書から顔を上げ、隣の席の福田太一(ふくだたいち)に真顔で問いかける。
静の銀縁眼鏡の奥の瞳は、探求心なのか好奇心なのか、キラキラと輝いて見えた。
「ひぃぃっ! い、いえ、僕はその……意志とか弱いですし、発音も壊滅的なので遠慮しておきますです……!」
太一は、その巨体をますます縮こませ、首をちぎれんばかりに横に振った。額には既に玉のような汗がびっしりと浮かんでいる。
彼の今日のハンカチは、ファンシーな犬のキャラクター柄だ。
「ったく、静は相変わらずブレねーな。ここマジで活動内容謎だよなー。ま、楽だからいんだけど」
陽太がソファから上半身だけ起こして、呆れたように言った。
「それな。てか静、あんま太一イジめんなよ、かわいそーじゃん。ねー、太一?」
亜樹がようやくスマホから視線を外し、太一に同情的な目を向ける。
「いじめているつもりはありません。純粋な学術的探求です。福田君の潜在的な霊媒体質は、このような実験において非常に有益なデータをもたらす可能性があるのですよ?」
静はあくまで冷静に、しかしどこか楽しそうに反論した。
「そ、そんな有益さ、僕は求めてませんからぁ!」
太一の悲痛な叫びが、カビ臭い空気に虚しく溶けていく。
そんな、いつも通りの怠惰で平和な放課後。
不意に、陽太が「あ」と間の抜けた声を上げた。
「やっべ……美術のレポート課題、資料室に資料取りに行かなきゃなんねーの忘れてた……」
ダルそうに頭を掻く陽太。
「ちょー面倒くせぇ……誰か付き合ってくんね? 一人で行くのとかマジ無理ゲーなんだけど」
その言葉に、亜樹は即座に「パス。ここで待ってるわ。ネイル塗り替えるし」と両手をヒラヒラ。
静は「美術準備室ですか? 古い画材や石膏像があるかもしれませんね。興味深いです」と乗り気なような、そうでもないような返事。
そして、太一は……言うまでもなく、全力で陽太と目を合わせようとしない。
「……おい、太一。お前、俺の親友だよな?」
陽太がニヤリと笑いながら太一の肩に手を置くと、太一の肩がビクンと跳ねた。
「こ、こういう時だけ親友とか言わないでくださいよぉ……」
結局、有無を言わさぬ圧力と、多数決という名の強制連行(静は自主的参加)により、陽太、静、太一の三人で、薄暗いことで有名な美術準備室へ向かうことになったのだった。
†
美術準備室の扉は、錆びた蝶番の軋む音と共に、重々しく開いた。
途端に、むわりと流れ出すホコリと絵の具の入り混じった独特の匂い。そして、窓が少ないせいか、昼間だというのに薄暗い。
「うへぇ……ここ、いつ来ても気味悪いよな……」
陽太は自分の腕をさすりながら、目的の資料を探し始めた。壁一面の棚には、古いキャンバスやスケッチブック、用途不明の工具などが雑然と詰め込まれている。
「ひゃっ……!」
部屋の隅に積まれた石膏像の影が動いたように見えて、太一が小さな悲鳴を上げた。ただの気のせいだったが、彼の額の汗は既に滝のように流れ落ちている。
「福田君、落ち着いてください。あれはアグリッパ像の影です。特に呪いの類は報告されていません」
静は、懐中電灯代わりに自分のスマホのライトを灯し、興味深そうに室内を観察している。彼女の関心は、画材よりも、むしろ部屋の隅に積まれた曰くありげな雑多な物品の方に向いているようだった。
陽太が目当ての資料ファイルを見つけられずに棚を漁っていると、不意に静が声を潜めた。
「……神楽坂君、福田君、こちらへ」
静が指し示すのは、部屋の最も奥まった一角。そこには、床まで届きそうな大きな布がかけられた、人型の何かがあった。
何かの像だろうか。しかし、その形状は妙に歪んでいるように見える。
「な、なんですか、あれ……?」
太一がゴクリと唾を飲み込む。
陽太も、なんとなく嫌な予感を覚えながら、静に促されるまま近づいた。
静は躊躇うことなく、その布の端を掴むと、ゆっくりと、しかし一気にめくり上げた。
現れたのは、一体の木製デッサン人形だった。
だが、それは異様だった。
あるべきはずの頭部が、ない。
首から上が、まるで綺麗に切り取られたかのように、忽然と失われていたのだ。
使い古された木肌は黒ずみ、全身には無数の細かい傷やシミが浮かんでいる。関節は人間ではありえない方向にあらぬ向きへとねじ曲がり、まるで苦悶の叫びを形にしたかのようだ。
そして何より、首のないその姿は、異様なほどの喪失感と、何かを渇望するかのような不気味な存在感を放っていた。
「うわっ、何これ、趣味悪ぃ……! 誰だよ、こんなモン放置したの」
陽太は思わず顔をしかめ、後ずさった。心臓がドクン、と嫌な音を立てる。
「ひぃぃっ! く、首が、首がないですよう……! 呪われちゃいますよ、きっと!」
太一は腰を抜かしそうになりながら、陽太の背中にしがみついた。
「…………興味深いですね」
静だけは、銀縁眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせ、その首無しデッサン人形を食い入るように見つめている。
「かなり古い型のようですが、なぜ首だけがこれほど綺麗に欠損しているのでしょう。事故でしょうか、それとも意図的な……」
ブツブツと考察を始める静を遮り、陽太は叫んだ。
「んなモンどうでもいいだろ! 気味悪ぃな、さっさと資料探して出ようぜ!」
陽太は半ば強引に資料を探し当てると、太一を引きずるようにして美術準備室を飛び出した。
静は一人、名残惜しそうに、そしてどこか期待するような眼差しで、暗がりに佇む首無しの人形を振り返っていた。
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